夏30日 ディオ 自警団の一芸披露
「え? こないの?」
夕方、街道のパトロールから戻ると、開口一番にシュシュに言われた言葉に、オレは目を丸くした。
今日で夏も終わり。
例年だったら特に何もなく終わっていくこの村の夏だけれど、今年は大々的な歓迎会が開かれる。
はずだったんだけど、シュシュの言葉によると今日来るはずだった調査員が来ないらしい。
「え? なんで?」
「来ないんじゃなくて、今日は来ないのー」
気分屋のシュシュはいつも理不尽に機嫌が良くない時があるんだけど、今日はまた一段とご機嫌よろしくないかんじだ。
スティック状のチョコレート菓子を一本ずつじゃなく数本まとめて噛み付いていることからも、機嫌の悪さが伺い知れる。
「なんかねー、道中トラブルがあったとかで、行程が一日遅れたんだって。
ついさっき村長のところに連絡がきたのよ。
村長自ら慌てて走ってアタシまで伝えにきたけど、
びっくりして村長の毛を引っこ抜きそうになったわ」
それは驚いたからではなく腹立ちまぎれにだったんじゃないの?
それにしても、もう少し早く連絡できなかったんだろうか。
こっちは今日到着する気満々でで、今もヒューたちの手で会場の設営が進んでいるはずだ。
「そうすると、今日の歓迎会は中止。もしくは明日以降に延期かな」
今日出すための料理の準備をしている人もいるとは思うけど、主役が誰もいないんじゃ、歓迎会にならない。
そうオレは思ったんだけど、シュシュは眉間の皺を揉み解しながら「むぉー……」と唸った。
むぉーってなんだ。でもむぉーって言ったんだ。
「会場設営はまだ後に引けるから延期しても問題ないんだけど、料理類の方がね……。
すでにお菓子のラッピングまで済ませて息巻いてる子もいると思うのよね」
あー……マリーとかマリーとかマリーとかか。
可もなく不可もなく器用でもなく特別不器用でもないマリーは、結構心配性だからいろいろ早め早めに準備するんだよね。小さい頃は学校の宿題が終わらないと絶対に遊びに行かなかったから、仕方なくオレもアンシーもそれに合わせて学校が終わったらまず宿題をやっていた。オレは本当は、学校が終わったら宿題より先に遊びたかったんだけどね。
えーと、思考が逸れた。料理の話だ。
マリー以外だと、ロバートも前日から仕込みとかはやってそうだけど、こっちは翌日に変更になってもなんとか対応してくれそうだ。
「そういう諸々を考えると、今日は今日で
有志による一芸披露と持ち寄り料理でパーッとやった方が良いかもね」
シュシュがイベント決行を決定すると、それまで黙って聞いていたアンシーが口を開いた。
「それなら、料理類の値段を変更したほうがいいんじゃないかな」
歓迎会で提供する飲食物の値段は、材料費程度という決まりだった。
一芸披露をする代わりに調理をする労働力を提供するってイメージだったからだ。
だけど今日は有志による一芸披露に変わったから、料理の提供だって値段設定は自由にするべきだって話だ。
「じゃ、それでいきましょ」
アンシーの提案にシュシュが頷く。
それにしても、有志による一芸披露か。
有志って……何人くらいいるんだ……?
まあ、誰もいなきゃいないで、イベントなんて飯と酒さえあればそれでいいのかもしれないけど。
「フッ……披露する筋肉をAバージョンとEバージョンで迷っていたが、
どうやらどちらも披露することができそうだな」
それまで黙って部屋の隅で筋トレしていたバトレイが、集まりが二回開かれることが決定し、自身の筋肉を満足そうに軽く叩いた。
オレとしてはB~Dのバージョンもあるということに戦慄を覚えるんだけど。
「アタシはよかバージョンの方が好きだけど」
「む、そうか……」
ん? え?
「よかバージョン」って……まさかAとEじゃなくて「ええバージョン」と「いいバージョン」とかいうオチじゃないよね?
「それから、有志って言っても期待薄だから、うちの団員は強制参加。
自警団恒例のアレを披露すること」
「りょーかい……」
「わかった」
オレとしては酒と料理があればそれでいいと思うんだけど、シュシュの指示でオレたち自警団員は芸を披露しなければならなくなった。
上司の指示だから仕方ない。サラリーマンですから……。
そして、オレは今、アンシーに矢を向けられている。
自警団恒例のアレというのは武芸披露で、ナイフ投げ、剣の一閃による木人切断、瓦割り、射的なんかがあるんだけど、あいにくオレはどれも出来ない。
出来ないので、いつも頭の上にリンゴを乗せてアンシーの射的の的になる役をしている。
アンシーの狙いがピタリと定まって、次の瞬間頭上に風と、背後の樹が揺れる振動を感じた。
放たれた矢によってりんごは背後の樹に縫い止められて、頭がちょっと軽くなる。
「おみごと」
相変わらずの無表情で弓を下ろすアンシーの腕前は今日もいつもどおり絶好調みたいで、的役のオレは安心だ。
これがアンシーじゃなかったら、とても的なんてやってられない。
「はあ……ディオも一閃くらい覚えなよ」
アンシーは無表情のまま溜息をつくと、オレが樹から引き抜いた矢とりんごを受け取った。
練習はこれで終わり。あとは本番だけだ。
「一閃って動きが大振りで隙が多いからどうも実用的じゃない気がして、習得する気がしないんだよね」
オレの武器は剣だから一芸として習得するなら一閃なんだけど、手数で勝負するオレの剣術スタイルにはどうにも合わない。
「わかるけど。でも、人に矢を向けるのって、結構嫌なんだよ」
アンシーの声も表情も、いつもと変わらない。
だけどなんとなくその声に、不服そうな、心底嫌そうな……気のせいかもしれないけど、ちょっとだけ不安そうな音も、混ざっているような気がした。
「えっと……ごめん」
たしかにオレも、友達の頭にりんご乗っけて、それに向かって全力で剣振り下ろして、りんごだけ切って頭の直前で寸止めしろなんて言われたら、絶対嫌だもんな。
的のオレはアンシーの腕を信頼しているから気楽なものだけど、アンシーは自分一人で射的の腕を披露するより負担が大きい。
オレの分を負担させてるってことだよね。
「本番、やっぱりオレ、なんか別のことするよ」
何をするかは決めてないけど。
でもまあ、最悪何も芸を披露できなくて上司の命令に背いたってことで減俸されても、女の子に負担をかけるよりはいいでしょ。
オレの言葉に、アンシーは小さく溜息をついた。
「いいよ、別に、今回は」
「でも……」
なおも言い募ろうとするオレに、アンシーがじとっとした半目を向ける。
「ただね……緊張感ない顔で頭の上にりんご乗っけて突っ立ってる人に対峙して、
笑わずに弓を射るの、大変なんだよ」
言われて、頭にりんごを乗せて普抜けた顔で棒立ちしている自分の姿を想像してみる。
「次から何とかしなよね」
「……はい、すみません」
本当に、すみませんでした。




