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夏26日 ロバート 黒い手紙は不幸の手紙

カウンターで昼食をとっているディオと、雑談の一環で今度奥森にくる調査員について話している。

珍しい魔物が奥森に生息している可能性があるから、その調査に王都から人が来るって話だ。

毎年長期宿泊してくれるジジとニニが、今年はその魔物のことを王都に報告するために数日で引き揚げてしまったから、今年のうちの売り上げはちょっと芳しくない。調査員ってやつがうちに泊まってくれるといいんだけどな。

調査員は今月の末に到着予定らしい。一応部屋を準備しておくか。


「でさ、サトウのところに随時新情報が送られてきてるんだって」


飯を食い終わったディオに食後のコーヒーを出してやると、それを一口飲んでディオは話の続きを話し始めた。


「新情報ってどんな?」

「調査員の人数とか、誰が来るかとか」

「へえ。何人くるんだ?」


三百人しかいない村だ。空き家を使わせたり各家庭に居候させたりしても、五十人受け入れられるかどうかってところだ。


「テイマー姉妹も数に入れると四人か五人くらいで来るらしいよ」

「結構少ないな」

「まあ、ロイニーロイニーの実物を王都に送ったとはいえ、

 自分たちの用意した人間が直に奥森で生息を確認しない以上は、

 大人数で行っても無駄になる可能性があるとか考えてるんじゃない?」


ふーん。まあその人数ならこっちとしては都合がいいかな。たぶんうちに宿泊してくれるだろうし。


「調査員が来て奥森でロイニーロイニーが見つかってもさ、

 森の保全のためとか適当に理由つけて、

 追加の調査員の数は絞ってもらう方針で村長たちは考えてるみたいだよ。

 実際、大人数で森を荒らしたらロイニーロイニーだってどっかに行っちゃうかもしれないしね」


コーヒーを飲み終わったディオが、飯の代金を置いて立ち上がった。


「あ、そうそう。調査員のうち一人は騎士って情報があったんだけどさ、

 どうもそれアルらしいよ」


最後にディオは嫌な情報を残して店を出て行った。




「ロバくん、お手紙です」


午後四時、微妙な気分で夜の営業の準備をしていると、サボりに行ったヴァニラと入れ替わるように、リーンが手紙の配達にきた。


「さんきゅ」


礼を言って受け取った封筒は、黒かった。

全面真っ黒な封筒だ。さぞかし燃えやすいだろう。

このまま火にくべたいところだけど、そうもいかないだろうなあ。


「ロバくん、だいじょうぶ?」


リーンの声に封筒から意識を戻すと、リーンが帰らないまま眉を下げて心配そうにそこに立っていた。


「ああ、平気平気。仕事はもう終わったの?」

「うん」


黒い手紙をポケットに押し込んで尋ねると、リーンは頷き


「んと……お邪魔じゃなかったらしばらくここにいてもいい?」


少し首を傾げて上目遣いをした。


「い……もちろん」


一生ここにいてもいいけど! と言いそうになるのをすんでで堪えて笑いかけつつ席をすすめると、リーンは「じゃあお邪魔します」と言ってカウンター席に座った。

紅茶とプリンでいいかな。ヴァニラみたいなプリン狂ではないけど、リーンもプリンは好きだったはずだ。


「さっきのお手紙……嫌なお手紙だった……?」


紅茶用の火をかけて作業の手を止めると、やや聞きにくそうにリーンが尋ねてきた。


「嫌な手紙っていうか……どうして?」


嫌いじゃないけど色々複雑な気分になるやつからの手紙だったってだけで。


「虫歯を噛み潰したような顔してたから」


すごいな、それ。

噛み潰す顎の力に驚愕すればいいのか、不要な痛みに耐え抜く強靭なマゾヒズムに驚怖すればいいのか。


「苦虫ね」

「ん……」


恥ずかしがって俯くおれの彼女は今日も可愛い。

遠慮する彼女の前に、紅茶とプリンを置いておれは手紙を取り出した。


「ミズキちゃんのいた世界に、不幸の手紙っていうお手紙があるんだって。

 手紙を受け取ったら何人かに同じ文面の手紙を送らないと、

 受け取った人は不幸になるっていうものらしいの。

 不幸になるのは迷信というより嘘なんだと思うけど、

 お手紙を送られてきたこと自体が不幸っていうか、嫌だよね。

 そのお手紙、真っ黒だったから、もしかしてそういう感じのやつかな……って。

 だから配達してもいいのかなって、すごく迷ったんだけど……」


黒い手紙を見て、リーンは申し訳なさそうに項垂れた。


「ああ、そういうのじゃなくてさ。

 この手紙が黒いのは、単純にこの送り主の好きな色だからだよ」

「そうなの?」


まあたしかに、アルが村に来るってことを考えると微妙に不幸になってる気がしなくもないけれど、それはこの手紙と直接は関係がないことだ。


「ほら、ホセも最近黒いコート着てただろ。あんな感じのやつなんだよ」

「そっか」


ほっとしたのか、リーンはふわりと笑った。


「送って来たやつのことが嫌いなわけじゃないんだけどさ、

 今こいつから手紙がくるのは、ちょっと微妙な気分なんだ」

「そっか。ん……わたしも最近はちょっと嫌だなって思うお手紙ってあるから、わかるかも」


その手紙のことを思い浮かべたのか、リーンはまた視線を下に落とした。


「へえ、どんな?」


このあいだリーンに聞いた話だと、リーンが自分宛の手紙を受け取るのは、おれが送った手紙が初めてだって話だったけど、その後誰かからちょくちょく手紙を受け取っているのか?

一緒に住んでいながらミズキちゃんと文通しているとか?

……ありえそうだ。

でもミズキちゃんからの手紙なら、リーンは二十四時間年中無休で大喜びしそうだよね。


「ん……あの……、ロバくん宛のお手紙なんだけど、

 それに配達したくないな、なんて思ったらだめなんだけど……」


リーンは目を伏せたまま肩を小さくして、ぽそぽそと喋り出した。


「女の子からのロバくん宛のファンレターとか、あるでしょ?

 そういうの、配達したくないな……って」


このカウンター邪魔だなあ。



リーンにことわって手紙を開くと、暗号のような文章が書かれていた。

「闇」だの「暗黒」だの理解不能な単語が羅列されている。

ほとんど解読できないけれど、「ラスシャ村の側だというので調査員に立候補した。今月末にはこっちに来るから飯を食わせろ」という旨が書いてあった。

アルがこの村に着く前にどこかでアルに会って、リーンの記憶のことを口止めできるか?

今月末に到着予定ということは、すでに王都は出発済みだ。

居場所がわからないことには、手紙で連絡を取ることも、音声転送で連絡を取ることも出来ない。

当日朝から街道で待ち伏せるか?

ただ、たとえ口止めしたところで、アルのことだからボロが出そうなんだよな。

うっかりリーンに「テラ」と呼びかけたり、昔の思い出話とか始めそうだ。

リーンに目をやると、目が合った。コテンと首を傾げられる。


「むし……苦虫をすり潰したような顔してるよ?」


虫歯から苦虫には直ったみたいだけど、今度は後ろの方が言い間違えていた。


「たしかにすり潰すのも嫌だよね」

「ん……噛み潰すです……」


リーンは赤くなって俯く。


「この手紙さ」


おれは手紙を封筒にしまうと、封筒をひらひらと振った。

リーンが顔を上げて揺れる黒い封筒を見る。


「きみの……過去を知っているやつからの手紙なんだ」


おれの言葉に、封筒を見つめるリーンの目が大きく見開かれた。


「わたしの……過去……? それは、わたしがこの村に来るより前のこと?」

「そうだよ」


リーンはおれの言葉に、開いていた瞼をゆっくりと閉じて、そしてまたゆっくりと開いた。

目を開けたリーンはもう一度封筒に視線をやって、それから次におれと目を合わせた。


「それをどうして、ロバくんが知っているの?」


尋ねるリーンの顔は真剣だ。動揺している風でもなく、まっすぐにおれを見つめてくる。


「きみの過去を、おれも知っているから」


アルがボロを出して知られるくらいなら、このことは、おれから話した方がいい。

見つめるリーンの瞳が一瞬揺れた。

そして目を伏せて、「そっか」と呟いた。


「そっか……そうなんだ……」


リーンは俯いて、カップに残っていた紅茶を一口飲んで、それからまた顔を上げて、首を傾けた。


「昔のわたしはどんなだった?」


明るい声で尋ねてくる。

口の端は上がっているけれど、目は笑っていなかった。

たぶんそれは、不安だからだ。


「おれは、きみの過去は、思い出すべきものじゃないと思ってる。

 それでも、どうしても知りたい?」


彼女がどうしても知りたいと言うのなら話すけれど、そうでなければおれはこれからも具体的な過去の話をするつもりはないんだ。ただ「過去を知っている」ということを隠すのをやめただけで。

リーンは少し考えて


「どうしても知りたくは……ないかな」


リーンは今この村で、新しい社会で生きているように、おれは感じる。強く過去を知りたいとは、きっと思っていないのだろう。

リーンが紅茶をまた一口飲んで、カップが空になった。

これでこの話は終わりだろうと、茶を継ぎ足すために動き出すと、


「でも……」


とリーンが小さな声で言っておれを見た。


「でも、ロバくんとわたしがどういう関係だったのかは……知りたい。どうしても」


そう言うリーン声は、いつもよりしっかりしていた。

おれはリーンがこの件について「知りたい」と言う時、きっと「知りたい……かな」と言うだろうと予想していた。「どうしても」なんて、強い要望を彼女が口にするとは思っていなかった。


「おれと昔のきみはね……」


今までに、彼女にこのことを伝えたいと思ったことが一度もなかったかと言うと嘘になる。

別れたわけじゃない最愛の彼女が、行方不明になって、五年後におれの前に現れて、だけどその彼女は記憶を無くしていて。過去を思い出すべきじゃないとわかっていながらも、思い出してほしいと何度も思った。

だけど今は、彼女が再びおれの隣にいてくれる今は、思い出してほしいとはまったく思っていない。

記憶を取り戻して彼女が辛い思いをする方がおれは嫌だし、それに思い出はこれから作ればいいだけだ。


「恋人だったんだよ」


だから今おれがこれを伝えるのは、単に彼女が「どうしても」と言ったからだ。

おれの言葉に、リーンはどこか納得したような顔をして


「そっか」


と頷いた。

微かに落ち込んでいるようにも見えて声をかけようとしたところで


「お兄ちゃん聞いた!? アルフレッド・ヘルファイアが来るんだって! 有名人だよ!」


店の入り口を勢いよく開けて、騒がしく妹が飛び込んできた。


「あ、リーン。いらっしゃい」

「ヴァニラちゃん、こんにちは」


ヴァニラに挨拶を返すリーンは、すっかりいつもの調子に戻っている。


「それじゃあそろそろお暇しようかな。

 ロバくん、話してくれてありがとう。お茶とプリン、ごちそうさまでした」


こうしてヴァニラと入れ替わるようにリーンは帰っていき、プリン狂によるプリンの催促をかわしている間に夜の営業時間になった。


伝えたことが正解だったかなんてわからない。

だけどリーンのあの落ち込んだような表情を見るに、もっとちゃんと話をした方が良さそうだ。

明日はシュシュの依頼で急遽若人の日とすることになったから、その時にでも話してみるかな。


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