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夏25日 リーン ○ふたつ

基本魔道技術者試験は、いろいろな魔法関係の資格を取る時の前提となる試験。

魔法の道具を作るために必要となる魔法具作成資格は、基本魔道技術者試験に合格した後でさらに対人魔法技術者試験に合格してからじゃないと、資格取得試験を受けることができないのです。

ミズキちゃんのために空を飛べる魔法具を作りたいけど、そのためには三つの試験に合格しないといけないの。ロバくんを箒の後ろに乗せて飛ぶのには、二つかな。

基本魔道技術者試験は合格率十五パーセント程度だから、結構難しいみたい。

年に二回しか試験がなくて、申し込みは約一カ月前。春と秋に試験が行われています。

魔法の試験のはずなのに、基本魔道技術者試験は全て筆記試験らしいです。対人魔道技術者試験は実技があるらしいけれど。

ちょっとした魔法は使えても理論は理解していないって人は多いけど、筆記しかない基本魔道技術者試験は魔法が使えなくても理論さえ理解していれば合格できるみたい。

今日、試験の申込書を滑り込みで出してきました。

秋の末に試験があるので、勉強頑張ろう。



「『AかつB、もしくは、AではないかつBである』……。ナニコレ数学……?」


参考書を見ながらミズキちゃんは紙に図形を描きはじめました。

答えはBになるんだけど、わたしも図に表さないと答えを出すのが苦手です。

わたしは二つの四角を一部重ねて描いて、さらにそれを覆う様に大きな四角を描いて考えるようにしてるんだけど、ミズキちゃんは重ならない二つの○を描きました。


「えーと……どうするんだっけ……なんかこんなだよな……。

 あー駄目だ、わからんというよりめんどくさいんだけど、

 めんどくさいからもうわからんということでいい!」


そして描きかけた図に、線を足して


「眼鏡ー。ノビ太ー」


と絵を完成させていきました。

二つ描かれていた円に棒が足されて眼鏡になって、そこから円の中に点や周りに色々な線が描き足されていって、最後は人の顔っぽいものになりました。


「ミズキちゃん絵が上手だねえ」

「いや、こればかりはまったくそれほどでもないけどね……」


褒めるとどこまでも伸びるタイプのミズキちゃんにしては珍しく、謙虚です。


「こんなの落書きレベルだからね」


ミズキちゃんはそう言うけれど、見たことのない感じの素敵な絵です。


「たしかベン図とかいうやつを書こうとしたんだけど。

 ○を二つ描くのは合ってると思うんだけどなあ」


そう言いながらミズキちゃんは、また○を二つ描きました。そこに再び線を書き足して行きます。

二つの円の中には、ほぼ同じ顔のようなものが描かれました。

丸い大きな鼻とふっくらした頬をした、人のよさそうな顔です。

ただ左側の顔は、右上の部分が少し黒く塗り潰されて、顔つきもちょっと困った様な表情をしています。

比べて右側の顔は、右上の方に楕円と小さな円が描かれています。表情は笑顔で元気そうです。

ミズキちゃんは二つの○の間にいくつかシュッとした横棒を引くと


「『新しい顔よ!』」


と高い声で言いました。何かのお芝居かな。


「この塗りつぶしているのはなあに?」


左側の顔の右上を指さすと


「それは餡子だよ。顔が欠けて餡子が見えてるの」


とミズキちゃんは答えました。

アンコというのは、豆を煮て砂糖を加えたものです。前にユズさんが時々作ってくれました。

でも、顔が欠けてアンコが見えているって……。顔の中にはアンコが入っているということなのかな。

ん……狂気を感じます。

顔の中がアンコというところもそうだけど、顔が欠けるという発想も……。


「顔が欠けたら……ダメじゃない……?」


死んじゃうんじゃないの……かな?


「だいじょうぶだいじょうぶ。そのためにほら、こっちから新しい顔が飛んできてるから」


ミズキちゃんが右側の顔を指さして得意気に言います。


「……ん……、この丸はなあに?」


「新しい顔」とか「顔が飛んでくる」というところにさらなる狂気を感じるけれど、追及してはいけない気がして、気になっていた右上の二つの円を指さします。


「ああー、これはテカリかな。

 ツヤツヤだよーとか、出来立てだよーとか、新鮮だよーっていうのを表してるのさ。

 まあ記号的表現だね。ええとほら……」


ミズキちゃんは部屋の中をキョロキョロ見回して、チェストの上に置かれた花瓶を指さしました。


「ちょっとツヤツヤして光ってるでしょ。

 あれを簡単に描き表わすとこんな感じになるわけ」


ミズキちゃんはささっと花瓶の形を紙に描いて、そこに楕円を二つ描きました。


「なるほど」


そう言われてみると、絵に描かれた花瓶にも光沢があるように見えてきました。

つまりこの右側のお顔は、光沢があるということで……

右上の方にに光沢があるっていうのは……ん……


「そか。髪の毛がないから」

「え? 何? なんか勘違いしてない?」

「ん……、この人は髪の毛がないから光ってるんだよね?」


村長さんもよく頭が輝いているし、そういう光を絵に表したんだよね?


「たしかに! たしかにハゲにもテカリを入れることはあるけど!

 でもこのテカリは『はげてますよ』じゃないから!」

「う、うん……そっか、ちゃんと生えてるんだね」

「生えてないから!」


むぅ。必死なミズキちゃんには申し訳ないけど、なんだかよくわかりません。


「あのね、この人は顔がパンで出来てるの。パンに髪の毛が生えてたらコワイでしょ?」

「う、うん……」


髪の毛以前に、顔がパンで出来てることが怖いです。


「この光は、焼きたてでツヤツヤな感じを表しているのさ」


ミズキちゃんは右側の顔の光の部分を人差し指でトントンと叩きました。


「か……体は……どうなってるの……?」


これはちょっとした怖いもの見たさです。

ミズキちゃんは「この人は顔がパンで出来ている」と言いました。

「この人はパンで出来ている」ではなく、「顔がパンで出来ている」ということは、顔以外は別の物で出来てるんじゃないのかな……?

ミズキちゃんは右の顔の下に、人間と同じ二本足と二本の腕がある体を描きました。


「上手く描けないけどマントとか付けてるんだよ。

 体は……空洞なんじゃないかな? 空飛ぶから軽いだろうし」

「そうなの……?」


わたしも空を飛べるけど、わたしは空洞じゃないよ?


「あ、ごめ、今てきとー言った。そーだなー。

 あ! 体は子どもたちの夢で出来てるんだよ!」

「そ……そうなの……?」


だったら顔も夢でできててもいいんじゃないの?


「ごめん、てきとー言った」


わたしが納得できずにいると、ミズキちゃんが笑いながら謝ってきました。

むぅ。からかわれてるのかなあ。あ、でも……


「そっか。つまり顔がパンで出来てるっていうのも、ミズキちゃんが適当に言ってるだけってこと?」

「いや、それは本当。大マジ。

 彼は困った人を助けるヒーローなんだよ」

「そ……そうなんだ……」


狂気です。

驚愕しているわたしをよそに、ミズキちゃんはまた新たに○を二つ描きます。

次はどんな狂気が生まれるのか、わたしは戦々恐々です。

ミズキちゃんはそれぞれの円の右上に小さな○を描きました。これも光なのかな?

内側の円の中を除いた外円の中を黒く塗りつぶして行きます。

そして、光が入った二つの黒い○の間にちょんと短めの線を引きました。

さらに、二つの黒円の斜め下ほどに、○を二つ描きます。

それからいくつか線を書き足したり塗りつぶしたりすると、見たことのない動物のようなものが描きあがりました。


「『野生のイタ電ネズミが飛び出してきた!』」


描きあがったミズキちゃんは叫びます。


「あ、イタ電ネズミって、悪戯電話ネズミじゃなくてイタズラ電気ネズミの略ね」


とのこと。

ん……よくわかんないけど、○二つから色々なものが描けてミズキちゃんはすごいです。

ミズキちゃんの絵を見ていてわたしの勉強はまったく進まなかったけど。



夜、夕飯後に時間があったので参考書を開くと、参考書の表紙裏に顔がパンの人の絵が描いてありました。

頭の右上が欠けてアンコが出ています。

そして、ミズキちゃんの世界の言葉で「ぼくの顔をお食べ」と書いてありました。

ミズキちゃんに習ったから、わたしは少しミズキちゃんの世界の言葉がわかるんだけど、そんなのは今はどうでもよくて……


この表紙裏に狂気を宿した参考書、どうしよう……。


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