夏23日 ミズキ 商談と衣装と自己満足
私が通っていた高校はバイトが禁止だったから、私は働いたことがない。面接も受けたことがない。
今日はこれから、制服を注文してくれたお店のオーナーと商談です。
緊張しすぎて口からスライム産みそう。
祭の日に巨大スライムを食べて以来、まだお腹の中にスライムが住んでいるような気がしてならない王子、十八歳、独身女子です。
制服を注文してくれたお店なんだけど、祭の日にチラッと覗いてみたんだよね。
シックな内装にオープンカフェもある、おしゃれな感じのお店だった。
なので今日は、おしゃれな感じの制服デザインを数点描いて持参しているでござる。
うぅ……スライム産みそう。
王子、現在人生初のメイド喫茶にいます。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
メイドさんのスカートが長い。
萌え系メイドじゃなくて正統派のメイドさんだね!
ヴィクトリアンメイドってやつか!
「素敵なデザインだね」
私が持ってきたデザイン画に目を通し終わったオーナーが、ゆったりと話し始めた。
テーブルの向かいに座るオーナーは、前の世界で言えば外見は四十歳くらいの人だ。
私がこないだ見に行った店だけじゃなくて、このメイド喫茶もこの人が経営しているそうだ。
この年でいくつもお店を経営しているオーナーなんて結構なやり手だと思うけど、こっちの世界は寿命が長いんだし、普通のことなのかもなあ。
「だけど実はね、表通りの店の方じゃなくて、この店の制服を一新しようかと思ってるんだ」
オーナーはスケッチブックを閉じて私に返し、店内をさっと見渡した。
この店の制服をリニューアル……だと……?
たしかに、ちょっと辺鄙な道沿いにあるせいか、お客さんはあまりいないけれど。
だがしかし! 素晴らしいヴィクトリアンメイドなのにそれを無くすなんて勿体ない!
と私は思うけど、スーニさんもこんな感じのメイド服着ているし、この世界じゃ正統派メイドの服装って珍しくないんだろうなあ。
むしろ向こうでは食傷気味の萌え系メイドの方が真新しいのかも。
「具体的にはどんな感じに?」
私が問いかけると、オーナーは言いにくいのか少し目を泳がせて頬を指でポリポリと掻いた。
外見四十歳のおっさんに似合う仕草じゃないけれど、なんか可愛い。
似合う似合わないとは関係ない、記号的な可愛さってあるからなあ。
リボンは可愛い。猫耳は可愛い。首を傾げる仕草は可愛い。人差し指で頬を掻く仕草は可愛い。みたいな。
メイド服も、似合う似合わないに関係ない記号的な可愛さを持っている気がする。
オーナーはしばらく言いにくそうにしていたが、おずおずと口を開いた。
「その……なんと言っていいかわからないが、
そのだな……『はにゃーん』として『きゅんきゅんきゅん』な感じで頼む」
うん、キモイ。
『はにゃーん』と『きゅんきゅんきゅん』には記号的可愛さが無いせいか、外見四十歳のおっさんがその言葉を口にするととてつもなくキモイ。もはや犯罪の匂いさえする。
いやしかし、『はにゃーん』に『きゅんきゅんきゅん』か。
萌え系ってことでいいのかな。
「ちょっと描いてみてもいいですか?」
「おお、すまないがよろしくたぬむ」
赤くなって微妙に汗かいて噛んでるおっさんは、ちょっと可愛いかな。
私は持参した色鉛筆を使って、ささっと萌え系メイド服をスケッチブックに描いた。
ピンク系かブルー系か迷うなあ。
完全に萌え系にするんじゃなくて、ミニスカだけどクラシック寄りデザインのメイド服もいいよね。
とりあえず猫耳とかもついちゃいそうな、こってこての萌え系メイド服を提示してみた。
「おほっ。いいね!」
デザイン画を見たオーナーは鼻の下を伸ばした。「おほっ」て言うなよ。私も時々言うけど。
でもこの服、着る人選ぶよなあ。
スタイルの良い美少女が着ないと、「自己満足だからいいんですぅ」とか言ってる見苦しいことこの上ない悲惨なコスプレイヤーカフェになりかねない。
いや、私も王子コスプレをしている身だから人のコスプレにとやかく言うのも良くないのかもしれないが、私はやはり、コスプレは周囲が見たいと思うものを見せてこそだと思ってるからなあ。
「アンリ、ヴェルナーちょっと来て」
オーナーが店の奥に声をかけると、メイドさんが二人こちらにやってきた。
たれ目で鼻の頭にそばかすのあるやや小柄なメイドさんと、私と同じくらいの身長のグラマーなメイドさんだ。
「こんな感じの制服に変えようと思うんだけど、どうかな?」
オーナーがニコニコと二人に問いかけると、メイドさんはデザイン画を覗き込んで眉間に皺を寄せた。
「お化粧を工夫すればなんとかいけるかと。
胸がちょっと厳しいかなあ。詰め物を入れておいて欲しいです」
そばかすのメイドさんが言う。
痩せてるし化粧映えしそうな顔だから、確かに彼女なら大丈夫そうだ。
「私にこの制服は厳しいですね。
色を濃紺に変えて丈を伸ばしていただければ、いけるかもしれません」
グラマーメイドさんは二十代後半くらいの見た目年齢だから、キャピキャピフリフリした完全萌え系は厳しいとのこと。
結構自分たちのことを客観的に見れてるみたいだ。
これなら残念なお店にはならなさそうかな。
制服は五人分、期日は最大今年中、できれば秋の間にということで無事に契約を結んだ私は、馬車止めの近くでホセを待つことにした。
足が無いから連れてきてもらったんだよね。
今後のことを考えると、私も真剣に馬に載れるようになるべきだよなあ。
馬車止めのすぐ近くのオープンカフェでメイド服のデザインを練り直していると
「ミズキちゃん、商談終わった?」
リーンに声をかけられた。
夕方に隣町にいるなんて、もしかして心配して見に来てくれたのかな。
「終わったよ」
リーンに向かってVサイン。
それを見てリーンはふにゃりと笑った。
リーンとお茶を飲みながらホセを待っていると、ほどなくしてホセが戻ってきた。
「よお、終わったのか?」
「あ……ああ」
ホセは、別れた時とは違う格好をしていた。
今、夏だよな。すごく暑そうなんだが!
足元まである黒いコートにベルトの飾りと銀の鎖がいっぱいついている。
この前会った赤毛の騎士の格好と似ている。
あいつと出会ってホセの眠っていた厨二魂が再覚醒しちゃったのか?
二度寝しろ! あ、三度寝か。
リーンを見ると、ニコニコしてホセを見ていた。
「ホセくん、暑くない?」
「いや、そうでもねーよ」
「そっか。その服格好いいね」
「そうかー? 普通だろ」
そう言いつつも、ホセは褒められてまんざらでもない様子。
いや、うーん……まるっきり似合ってないわけじゃないんだが、TPOというものがあってだな。
馬車に向かったホセについて行こうとするリーンをひきとめて「あの服はないと思わない?」と尋ねる。
「そうだけど、なんか微笑ましいからいいかなって」
リーンは痛い子を微笑ましいの一言で片づけた!
「おい、そろそろ帰るぞ」
自己満足の塊の男が馬車止めで呼んでいる。
カフェが自己満足コスプレカフェになってしまうことを心配するよりも、私は身近な友人を心配するべきだったようだ。




