夏23日 アシュレイ ボクが目指すべき男像
兄貴が「俺、鉄下駄職人になろうかな」とか言い出した。
この前ヴァニラへのお礼のために鉄下駄を作ってみたら、鉄下駄の魅力にハマったらしい。
ヴァニラが「足腰を鍛えたい」みたいなこと言ったのが原因だけど、だからって女への贈り物に鉄下駄はどうかと思うし、そこからさらに鉄下駄作りにハマるとか、我が兄貴ながらいい歳した男としてどうかと思う。
母さんが
「お兄ちゃんは顔と体だけは良いオタクだから、アッシュはお兄ちゃんみたいになっちゃダメよ」
って時々ボクに愚痴ってる。
あと「お父さんみたいになっちゃダメよ」とも。
お父さんっていうのは、じいちゃんのことじゃなくてボクたちの父親のこと。
母さんはじいちゃんのことも「お父さん」って呼ぶし、別れた父さんのことも「あの人」とか「お父さん」とか呼ぶから、ちょっと紛らわしい。
それにしても「お父さんみたいになっちゃダメ」って言われても、ボクとクーが赤ん坊の時に父親は蒸発したらしいから、ボクはどんな人か全然しらねーし。
兄貴の話に戻るけど、母さんとしては嫁をもらってさっさと独立して家を出て行って欲しいらしい。
「まったく、図体でかくて狭っ苦しいたらないわ」
とか言ってる。ボクも数年後にはそういうこと言われんのかも。
まあボクは数年後には都に行ってこの家を出ていくから関係ねーけど。
「ヒュー兄もダメ、お父さんもダメだったら、アッシュはどんな人になればいいの?」
兄貴大好きなクーが、ちょっと不服そうに母さんにつっかかった。
クーは兄貴が理想の男っぽいからな。
「そうねえ……」
母さんは頬に手をあてて考え込んだ。
兄貴の悪いところって、奥手なところだよな。ってことは
「ロバとか?」
ロバは見た目がいいし、ちゃんと女とも交流してるからいいんじゃねーの?
だけど母さんは「へっ」と鼻で笑った。
「馬鹿じゃないんだろうけど、あの子は勉強できないからダメね。
あと見た目がお母さんの好みじゃないわね」
勉強って……そういえばヴァニラも頭悪かったけど、ロバもかよ。
「じゃあ、サトウとか?」
頭が良いと言えばサトウだよな。
「偽名を名乗り続けてるような得体の知れない男はダメよ。
あとあの子、なんか変なもののマニアでしょ」
母さんはサトウも気に入らないらしい。まあ、気持ちはわかるかな。
「ホセは?」
「冒険者やってたのがちょっと気になるのよね。
風来坊はダメよ。奥さんが困るわ」
たしかボクたちの父親は冒険者だったって母さん言ってたっけ。
うーん、堅実でその地にとどまるような仕事してるやつって言うと……自警団とかか?
たしか自警団って国から給料出てるし、地方の兵士みたいなものだよな。
「自警団のバトレイ?」
「アッシュ、あんた筋肉と語り合いたいの?」
母さんがボクから心の距離を置いたのがわかった。
「ねーよ」
ボクはマッスルじゃなくてインテル方面に進むんだから。
「そうよね、良かったわ。
お母さん、誕生日プレゼントも聖夜祭のプレゼントもプロテインを希望されるなんてゴメンよ」
バトレイ、そんなことしてたのかよ。
「ディオはー?」
クーがもう一人いる若い男の自警団員をあげる。
「そうねえ。根は良い子なんだけど、チャラぶりたいのがちょっとねえ。
あとNOと言えないところも旦那にするには困るわよねえ」
ディオは女に親切だからな。
女に頼みごとされたら断れなくて、いろいろ面倒事も押し付けられてるらしい。
NOと言えずに母さんの昼ドラ談義にも付き合ったらしいし。
夫が他の女から面倒事押し付けられてたら、たしかに嫌かもな。
他に堅実でその地にとどまるような仕事をしてるやつって言うと、ノエルか。
母さんに聞くまでもなく、ボクはノエルみたいなぽややんとした男になるのは嫌だ。
それにしても、あれもダメこれもダメって、他に誰か良さそうな男いたか?
もしかして、意外な人物がOKだったりするのか?
「ジャン……?」
ジャンはあんまり良い評判きかねーけど、母さん評価じゃボロカスか、それとも意外と高評価になるのか……?
たとえ高評価でも、ボクはジャンみたいになりたいとは思わねーけど。
どんな評価が出てくるかと期待して母さんが口を開くのを待ったけど
「まず、身長が足りない。話はそれからよ」
母さんはジャンを一言で切り捨てた。
母さんの理想の男は、まずは身長が一六七センチ以上あることらしい。
ボクまだ身長一五〇センチしかないんだけど。
まとめると、見た目は兄貴で、奥手じゃなくて、勉強できて、堅実で定住性のある職についてて、マッスル教じゃなくて、チャラくない、身長一六七センチ以上の男を目指せばいいのか。
見た目と身長はまだわかんねーけど、ボクは学者か文官か銀行員になるつもりだし、筋肉好きじゃないし、たぶん奥手じゃないと思うし、かといってチャラくもないと思うし、ボク、このまま育てばいいんじゃねーのかな。
とりあえず母さんに「へっ」って笑われないように、牛乳嫌いだけどこれからは飲むようにしよう。
「牛乳嫌いだけど背が伸ばしてーんなら、これ飲んだらどうだ?」
雑貨屋に牛乳を買いに行くと、ホセが別のドリンクを出してきた。
ラベルには『ぐんぐん成長! ぐんぐにーる』と書いてある。ヨーグルト風味のドリンクらしい。
ためしに一本飲んでみると、案外うまい。
「これまじですげー身長伸びるらしいぞ」
味はいいけど、そういうのってだいたい誇大広告なんだよな。
「伸びるらしい」って噂はあっても、実際に伸びた人はいないんじゃねーの?
「嘘だろそれ」
「いや、うちの村にも伸びたやついるし」
ボクが疑いの眼差しで商品とホセを見ると、ホセはそんなことを言い出した。
「そいつ、二メートル近い身長まで伸びたんだぜ」
「え、だれそれ」
そんなノッポ、うちの村にいたっけ。
「バトレイ」
「ああ……」
ノッポと言うより巨漢だけど、たしかに身長は高いな。
ドリンクのボトルを回転させて裏側のラベルを見ると、「濃縮プロテインドリンク」と書いてあった。
その晩ボクは、バトレイと一緒に笑顔で筋トレをするボクの悪夢を見た。
そしてボクは、もう二度とプロテインは飲まないと固く誓うのだった。




