夏21日 マリエッタ 虹の日の後のお客様
夏の二十一日、虹の日の片付けが終わったころに、あたくしの家に小さなお客さんがやってくる。
「こんにちは……マリー」
「いらっしゃい、ティーレ」
アッシュたちよりだいぶ幼い容姿のティーレは、もう何年も同じ姿。
きっととっても寿命が長い子なのね。
ティーレが遊びに来てくれるのを、あたしは毎年楽しみにしているのだけど、今年もティーレはちょっと元気がないみたいね。
「元気ないわね、ティーレ」
「うん……また遅刻しちゃったから……」
なぜか詳しくは教えてくれないのだけど、ティーレはとても遠い場所に住んでいるらしいの。
そして、本来ティーレは、毎年一昨日か昨日には村に着いている予定で旅行に出発しているらしいの。
でも毎年毎年、迷子になったり道中の観光に力が入っちゃったりして、この村への到着が予定より一、二日遅れちゃうみたい。
どこも昨日一昨日はお祭があったりして賑やかだから、ティーレみたいな小さな子ならつい寄り道しちゃう気持ちもわかるわ。
「それで、また帰りの旅費が足りなくなっちゃったのね?」
「うん……」
ティーレの家に帰るためには通行料がかかる場所を通らなければいけないそうなの。
夏の二十一日までなら通行料が免除されるのだけど、二十二日からは通常通り通行料がかかるみたいで、ティーレは予定より日程をオーバーして旅行をした結果、毎年通行料分の旅費が足りなくなっているのよね。
ティーレの親御さんもちょっと余分に旅費をあげといたほうが、万が一の時に安心だと思うのだけど。
「心配しないで、ティーレ。あたくしがなんとかしますわ。
それよりも、去年した約束、覚えてる?」
「……クッキー?」
「ええ。クッキー作りながらお話しましょ」
去年交わした約束で、今日はティーレと二人でジンジャークッキーを作ることになっている。
「アードルドは?」
キッチンに案内すると、ティーレは途中の部屋をちょいちょい覗いてお父様の所在を尋ねてきた。
「今日も隣町に出かけてしまっていて留守なのよ。今年はお父様に用事があったのかしら?」
ティーレはお父様のことを名前で呼ぶ。
アッシュも村の大人たちを呼び捨てにしているし、ティーレもちょっと生意気さんなのかもしれないわね。
「いいの。アードルドに会いに来たわけじゃないから。マリーは元気にしてた?」
「見てのとおり、とっても元気よ」
ティーレはお父様には会いたくないのか、毎年「ティーレが来たことは内緒にしてね」と言って帰っていく。
そして都合が良いことにティーレが来る日は毎年お父様もサトウも出かけていて、あたくしとティーレは誰にも知られず半日を一緒に過ごせているの。
たいした秘密ではないけれど、秘密を持つってちょっとドキドキしていいのよね。
「マリーは今年はどんな一年だったの?」
ティーレに聞かれて、一年を振り返る。
最近はお父様の草に悩まされたりもしたけれど、だいたいいつもどおりの穏やかな一年だったわよね。
ああ、そうそう。
「あたらしいお友だちができたわ」
「そうなの? すごい」
「ミズキっていう子よ。とっても楽しいの」
「そっか。よかったね、マリー」
ティーレは自分のことの様に嬉しそうに微笑んでくれる。
毎年あたくしの一年の出来事を聞いてくれて、「ティーレはどんな一年だったの?」とあたしが尋ね返せば「ティーレのことはいいの! 他には何があったの?」とさらに聞き返される。
そんな感じで、あたしにとっては毎年一回の一年の報告会みたいになっているの。
一緒にクッキーを作って判明したことだけれど、ティーレはうっかりさんだったわ。
毎年迷子になったりして遅刻をしていることから予想するべきうっかりさんだったわ。
材料をこぼす、分量を間違える、流しに卵を割りいれる、オーブンの温度を間違える、気になって一分おきにオーブンを開ける、脱ごうとしたエプロンの紐に絡まるなどなどなどなど。
なんとなくエメリア叔母さんを思い出すわね。
クッキーが焼き上がると、もう夕刻だった。
「そろそろ行かないと」
窓の外のやや傾き始めた日に気づいて、ティーレが名残惜しそうにクッキーとあたくしを見る。
「お茶をする時間がとれなかったのは残念だけど、今年もティーレとたくさんお話できて楽しかったわ」
クッキーを包んで、それを五百ゼル硬貨と一緒に渡す。
「また遊びに来てちょうだい」
「いいの? ありがとう」
五百ゼルは、ティーレが足りないと言った通行料。
あたくしの毎年のささやかな出費。
ティーレが帰ってしまいなんとなく寂しくなったあたくしは、クッキーを持って診療所に行くことにした。
エメリア叔母さんはあたくしの亡くなった母の妹で、つまりあたくしとルリは従妹なのよね。少しも似てないけど。
叔母さんの家に行くと、叔母さんがエプロンに縛られて床に転がっていて、ルリがキッチンの片付けをしている最中だった。
「加圧トレーニングを試していたのよぉ」
エプロンをほどくのを手伝うと叔母さんはそんなことを言ったけれど、なんだかさっきのティーレを思い出してしまうわ。
エプロンを脱いでテーブルに着いた叔母さんにクッキーを差し出すと、
「あらぁ。ジンジャークッキーじゃない。ワタシもさっき作ろうかなーって思ってたのよぉ」
と叔母さんは目を輝かせた。
思っただけで、作る前だったみたいね。
もしくはルリがキッチンの片付けをしていたということは、作ろうとしたものの失敗したってところかしら。
「お母さんの好物だって知ってたの?」
ルリがお茶を準備しながら聞いくる。
「そうだったの?」
あたくしが尋ねると、叔母さんは嬉しそうに笑った。
「昔よくティーレ姉さんが作ってくれたのよ」
ティーレ……姉さん?
不思議な一致にあたくしは首を傾げる。
「ティーレ姉さん、マリーちゃんのお母さんよ。
ああ、アードルド義兄さんはエリーって呼んでたけど、
姉さんはエリティーレ、ワタシがエメリアだったから、
ワタシと姉さんが小さい頃は親にティーレとリアって呼ばれてたのよ」
虹の日を少し過ぎたころ、あたくしの家に亡くなった母と同じ名前のお客さんがやってくる。
その子は本当は虹の日頃に到着する予定のところを、迷子になって遅れて到着してしまうような、ちょっとどじな女の子。
あたくしの叔母にどこか似たその子はもしかしたら……。




