夏17日 アシュレイ 将来の夢
休み時間、ミズキに突然将来の夢を聞かれた。
「クーはねっ、クーはアッシュと都に行って、ヒュー兄の作った道具を売るお店を開くですっ」
その質問に、クーが我先にと答える。
へえ、クーの夢ってそうだったんだ。
「やっぱり都の方が売れ行きがいいのかな?」
ミズキはこの世界の経済事情がわかってないから、そんな当たり前のことで首を傾げている。
こんな村で鍛冶屋開いたって、日用品の手入れくらいしか仕事ないんだよ。
日用品の手入れにしたって、都の方が人が多いし、その分いっぱい依頼があるはずだ。
運と実力があれば、軍の武器防具の手入れだって任せてもらえるかもしれない。
「売れ行きは知らないけど、アッシュが都に行きたいってっ。
だからクーも都に行って、ヒュー兄にお店を作ってあげるですっ」
「なるほど。クーリエちゃんはアシュレイくんと一緒がいいんだね」
クーの言葉に、納得したように頷くミズキ。
クーはクーでミズキの言葉に頷き返してるけど、ボクは都に行ってまでお前の面倒見るのなんてごめんだからな。
「アシュレイくんは都に行って何がしたいんだ? やっぱり騎士を目指してるのか?」
ミズキは今度はボクの方を向いて、寝言を言い出した。
「はあ? 馬鹿じゃねーの。そんなガキくさいもの、なりたいわけないだろ」
こないだボクが騎士には興味ないって言ったの、もう忘れたのかよ。
「ボクは学者になるんだよ。都の上級学校に行くつもり」
「なるほど」
もし学者になれなくても上級学校に行っておけば、下っ端文官とか銀行員とか、良い就職先に恵まれるはずだ。
「なんだか面白そうな話をしているね」
他のやつらが「ぼくは騎士」だの「お洋服屋さんの店員さん」だの将来の夢を話していると、ノエルが会話に入ってきた。
「そういえば、ノエルは昔から先生になりたかったのか?」
「先生と呼んでおくれよ……」
新参生徒のミズキにも先生と呼ばれないノエル。ノエルも諦めが悪いよな。
「僕は三男だったから家を継ぐ予定もなかったし、最初は文官になろうと思ったんだよ。
だから上級学校に進んだんだけど、そこでそれはそれは勉強のできないクラスメイトと知り合ったのさ」
「勉強できないって、そいつも上級学校の生徒なんだろ? どうやって上級学校に入ったんだよ」
ボクが当然の疑問を口にすると
「残念だけど、世界は清く正しくはない部分もあるからね」
ノエルは悲しそうな顔をした。
「なるほど、裏口入学か」
ミズキは訳知り顔。どういう意味だ?
「でもね、その子は勉強が出来るようになりたいと思っていたんだ。
それなのに教師はその子が質問しても『きみが理解する必要はない』と
取り合ってくれなかったらしい」
なんだよその教師。ちゃんと仕事しろよな。
「だから僕は、その子の勉強をみることにしたんだ。
やってみたら教えるのは結構楽しくてね。
僕がなんとなく理解したことがその子には理解できなかったりして、
どう順序立てて考えれば理解できるだろうって改めて考え直してみたりして。
その経験があって、僕は教師になったんだ」
なるほど、上級学校に行ったら教師って仕事もあるんだな。
まあボクはガキの面倒見るのなんてごめんだから、教師はないな。
「何年くらい教師を続けているんだ?」
ノエルの話を聞きつつ、ちょっと考え込んでいた様子のミズキが口を開いた。
「どうだろう、五十年くらいかな?
最初は都の教会で孤児の子たちを相手に教えていたんだけど、
この村の教師が不在になったと聞いて、教師になってから結構すぐにこの村に来たんだよ」
昔この村は、ノエルの実家の領地だったらしいからな。その関係でノエルがここに来たんだな。
ちなみに現在、この村は王の所有物だ。
四十年前、奥森や各地の遺跡のような魔力溜まりとなる場所を王に返還するように、全国的な命令が下ったらしい。
魔力溜りの管理や騎士の派遣などを、各貴族の承認無しにスムーズに行えるようにしたかったとか。
魔力溜りで採れる魔石を国で管理したいというのが、一番の理由らしいけどね。
その時にこの村は魔力溜まりである奥森ごと、ヴァルドリー侯爵家から王に返還されたらしい。
「五十年もか……。日本だったらとっくに定年退職してるな」
ミズキは自分のいた世界と比べて驚いているみたいだ。
これはボクも驚いたことだけど、ミズキたちは百年くらいしか生きないんだって。
「ミズキさんは将来何になるんだい?」
ノエルの質問に、ミズキはたっぷり三十秒ほど悩んでから答えた。
「うーむ。私もみんなくらい寿命が長ければ、
とりあえず定職についてお金を貯めて、そのあと歌劇団の看板男役になって、
それからさらに第二、第三の人生を歩むんだが。
いかんせん長くてあと八十年くらいしか、私は生きないだろうしな」
「それって、ミズキさんの元の世界の寿命の話だよね?
異世界人だったユズさんは、普通に四百年くらい生きたらしいよ?」
ノエルの話によると、異世界人もこの世界に来ると、この世界の人間と同じような寿命を持つようになるらしい。
「む、ということは私も数百年生きるのか……。
おぅふ。それは……それはしんどいなあ……」
さっきは「第二、第三の人生」とか言ってたくせに、ミズキは今度は嫌そうな顔をした。
「まあそんなに気を張らなくても、いつの間にか何十年も経っているものさ」
「それはそれで嫌なんだが」
気楽な感じに微笑むノエルに、微妙そうな顔のミズキ。
ミズキはいったいどうしたいんだ。
「みんな、何百年も同じ仕事を続けるものなのか?」
ミズキが戸惑ったように尋ねた。
じいちゃんは三五〇年鍛冶一筋って話だけど、ホセは昔は冒険者だったらしいし、色々なんじゃねーの?
「いろいろだよ。さっきミズキさんが言っていたみたいに、第二、第三の人生を歩む人もいるし、
ずっと同じ場所で同じような生活を続ける人もいる。
結婚して寿命が変わったことで生活が変わる人もいるね。
それから、毎年みたいに仕事を変える人もいるよ」
「最後のはただのフリーター的なものではないのか?」
そうなにやらつっこみつつも、ミズキは納得したみたいだ。
「いや、私もそろそろ先立つものを用意しなければならなくてな。
服を売ろうかと思ったが、今一つ売れ行きが良くないし。就職を考え中なのだ」
なるほど、それで「将来の夢」なんて話になったわけか。
ミズキの場合、将来の夢っていうより明日の飯のタネって感じだけど。
「具体的にはどんな仕事に就きたいの?」
ノエルが尋ねると
「私は頭もあまり良くないし、ウェイトレス、いや、ウェイター? とかかなあ。
あ、まてまて! 今いいこと思いついたぞ!」
ミズキは頭の上で明かりを光らせた。『ピコン』という文字も出ている。
「私、異世界人、コレ重要」
ミズキはなぜか片言で喋り出す。たぶんテンションが上がってきたんだろうなあ。
「『さあミズキ、あなたにチートを授けましょう』『はい、女神様!』」
テンションうざいなあ。
そしてミズキはみんなを見回すと、堂々と宣言した。
「異世界で大人気の物語をパクって小説に起こせば、大ヒットするんじゃないかな!
私、小説家になる!」
まあたしかに大ヒットするかもしれないけど……堂々とパクるとか言うなよ……。
そこで休み時間は終わり、授業時間となった。
次の授業、各自の進捗に合わせてこの間行われた小テストが返された。
チラリと見えたミズキの書き方テストには、「私はペンが好きです」に大きくバツ印が入っていた。
ミズキの小説家への道のりは果てしなく遠いと、ボクは思った。




