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夏16日 リーン とぶ勇気

雨戸の隙間から外を見ながら、

「水着回は永遠に中止なんじゃなかろうか」

とミズキちゃんがぼやいています。

今日はミズキちゃんと泉に行く約束だったのだけど、昨夜からあいにくの荒れ模様で、午前中は家を出ない方が良さそうです。午後もまだ危ないので、泉に行くのはやめておいた方がいいと思います。

だけど今日はもう十六日。あの泉は、夏の二十日を過ぎると背びれに毒を持つ魚が住んでいるの。

来週のわたしのお休みを待っていたら、泉に行けなくなってしまいます。

せっかくミズキちゃんに、おそろいの水着を作ってもらったのにな。

ミズキちゃんが作ってくれた水着は露出が多くてびっくりしたけど、ミズキちゃんの世界ではこれでも露出が少ない方らしいです。

下着より布が少ない水着もあるらしいです。

それって水着の意味あるのかな。

露出は多いけれど、わたしの我儘を聞いてくれて背中は隠れるようになっています。


そう……背中の傷と言えば、悩みがあるのです。

背中の傷はできるだけ人に見せたくないなと思っているのだけど、ロバくんと……その、そういうことになったら……どうしようかなって。

そういう事態になる可能性があることを全く考えずにお付き合いをOKしてしまって、キスしてようやくその事態に思い至ったのです。

傷を見せるのも嫌だけど、いざその時になって傷を見たロバくんに「無理」って言われる方が嫌です。




午後、風もだいぶやんで外に出られそうな天気になってきました。

家の中に避難させていた鉢植えを庭に戻す作業をしていると、


「増水した川を見に行ってくる……!」


とミズキちゃんが何やら決意を込めたような声で言い出しました。

増水した川は危ないから近寄っちゃダメなんだけど、ミズキちゃんもそれはわかってて言ってるような気がしたのでわたしもついて行くことにしました。

危ないことがあっても二人で行けば何とかなるかもしれません。


行ってみると、風が強かった割には雨はそれほどでもなかったみたいで、川の水位はいつもとほとんど変わらなそうでした。

ミズキちゃんが「なんだ……」と、ほっとしたような残念そうな声で呟きました。

ミズキちゃんの様子がどこかいつもと違うので

「どうして増水した川が見たかったの?」

と聞くと、ミズキちゃんは

「増水した川を見に行くって、死亡フラグだと思ったからかな」

と苦笑いしました。


苦笑い。最近ミズキちゃんは時々元気がありません。

こちらの世界に来て一カ月ほど経って、ホームシックなのかも。


「私さあ、前の世界では死んだんだと思うって言ったじゃん」


ミズキちゃんは川に背を向けるとぶらぶらと足を投げ出すようにして歩き始めました。

わたしもその後ろについて行きつつ相槌を打ちます。


「なんかさ……死亡フラグってやつが、怖くなっちゃったんだよね。

 私はバック転したら奈落に落ちて死んだんだと思うから、

 死亡フラグとはまるで関係ない死に方したんだけど、それでもさ。

 死が身近になっちゃって、それで死亡フラグも怖くなっちゃった」


前を歩くミズキちゃんの表情はわかりません。

でもいつもは姿勢よく張っている肩が、落ちているように感じます。


「私、嫌なんだよね。

 死亡フラグってネタだったはずなのに、ネタに感じられなくなっちゃたの。

 楽しいと感じていたものが減るの。

 バック転も前はしょっちゅうやってて、友達に『あんたのバク転はありがたみがない』

 とまで言われてたのに、なんか怖くてこっちに来てから一度もやってないし」


ミズキちゃんの悩みを、わたしは聞くことしかできません。

いくつかかける言葉を考えたけれど、どれも薄っぺらくてミズキちゃんの心に沿うとは思えないものばかり。

わたしが相槌しかうたないからか、ミズキちゃんは黙ってしまいました。

しばらくの間ミズキちゃんは足をぶらぶらさせて歩いていたけれど、だんだん歩みが遅くなって、やがて立ち止まりました。


「……跳ぼうかな」


前を向いたままのミズキちゃんが、呟くように言いました。


「死亡フラグを実践して『やっぱり何にもなかった、フラグなんてネタネタ!』って。

 そういうことすれば、怖くなくなるかもしれないって考えたけど。

 そんなまどろっこしいの、私の性分じゃないし。

 私、跳ぶ。跳ぼう。

 地面は絶対あるし、もし突然地盤沈下が起きても、きっとリーンが助けてくれるし!」


何かを決めた様子のミズキちゃんにわたしは慌てて返事をします。


「よ、よくわかんないけど!

 ミズキちゃんが危なそうなときはわたしは絶対助けるよっ!」

「うむ、私の足元は任せた!」


ミズキちゃんは振り返ると、親指をぐっと立てました。

そして


「跳べない王子はただの男装女子、だあ!!」


掛け声と一緒に勢いをつけて地面を強く蹴りました。

それは一瞬のことで、危ないとか危なくないとかわたしが判断する暇もないような、鋭くて鮮やかな後方転回でした。

地面にまっすぐに立って、ミズキちゃんは


「跳べた……」


と大きく息を吐きました。


「見てた!?」


とわたしに確認するミズキちゃんに、わたしは頭を上下に大きく振って答えます。


「見てたよ、すごかった!」

「格好良かった!?」

「うんっ!」


ミズキちゃんは満足そうに肯くと、二度、三度と後方転回を繰り返しました。

そして、


「あべしっ」


四回目の最中に失敗して、頭を打ってしまいました。


「ごめんねミズキちゃん! だいじょうぶ!?」


危なそうだったら絶対助けるって言ったのに、ミズキちゃんの慣れた様子にすっかり油断していました。


「いたた……失敗した。……でも、生きてる……! 痛い、生きてる!」


体を起こしたミズキちゃんは、歯をみせて笑いました。

さっき苦笑いした時とは全く違う、内側からキラキラしたものが滲み出ているような本当の笑顔です。


「わたしも、とぼうかな」


そんなミズキちゃんを見ていて、わたしもひとつ、決心しました。

怖いと思っていることを無くすために、わたしも立ち向かってみようって。



一度家に帰ってミズキちゃんの擦り傷の手当てをして、


「私、この服が売れたら都に行くんだ……!」


と言いながらお裁縫を始めたミズキちゃんを置いて、わたしはロバくんのところへと飛んでいきました。


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