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春12日 ホセ 服地の前に拘るところがあるはずだ

噂ってのは、当事者の元にはなかなか届かないものだ。


例えばこいつ、異世界から来たミズキが、

「身長170センチメートルの巨人族の幼女で、薔薇を背負った王子」

とかいう摩訶不思議生物にされてることなんて、本人は知らないだろう。

幼女か巨人か王子か、どれかひとつにしろよ。


「布地の仕入ってここでやってもらえるのかな?」

ミズキは今日は、服地の注文をしに来たらしい。

「うちの店にも多少の布なら置いてるけど、どんなのがいいか言ってくれれば仕入れるぞ」

「ほほー。

 リーンがホセに言えばいいとは言っていたけど、雑貨屋ってそんなに何でも扱ってるものか?」

「何でも扱ってるから雑貨屋なんだろ」


うちは、生活に必要な物なら何でも仕入れる。

おはようからおやすみまで、揺り篭から墓場まで、何でも売るのがうちのモットーだ。

冗談じゃなく、墓石も取り扱っている。

まあ客から注文受けて、専門業者に発注かけるだけだけどさ。


「布地のカタログとかはあるのか?」

「そういうのはないけど、どんな感じの布か言ってくれれば探してくるぞ」

隣町の服地屋で買ってくるか、それかちょっと足を延ばして都の問屋まで行くか……。

「ふむ……じゃあピンクのサテンを1mかける2mくらいで」

「……ピンクの生地な」

……なんかよくわかんねーこと言われたけど、つまりピンクの生地ならいいんだろ。

「いや、サテンで」

「…………」

サテン……さてん……茶店か?

ピンクの茶店って、なんかイカガワシイ店か?

「……ホセ、きみ、ベルベットはわかるか?」

「いや、よくわからんけど、この世界にはないものなんじゃないか?」

「ああ、そういう可能性もあるか」

他にどんな可能性が。

「すまない、単にきみが布地のことを全く知らないだけかと思ってしまった」

……まあ服地のことなんて、レースとかフリルとかチェックとか水玉くらいしかわかんねーけど。

いや、よく考えれば、レースとフリルの違いもわかんねーな。

「一瞬、生地の話をしているのに、柄や装飾の話をし出すくらい何もわかっていないんじゃないかと疑ってしまった。

 本当にすまない」

「いや、なんか、悪いな」

その通りで。


「自分で見た方が早そうだな。

 そうだな、来週あたりに隣町に仕入にいくから一緒に行くか?

 ああでも、さすがに一週間後じゃ遅すぎるか。

 あと一週間、その恰好のままってわけにもいかないしな」

ミズキは女だが、今は男の服を着ている。

ミズキは女にしては背が高いからリーンの服は着れなくて、今は、ユズさんの亡くなった旦那さんの服を着ているのだ。

あと、ここに来た時に来ていたやたら煌びやかな服。

爽やかながらも凛々しい印象になるように化粧していて、そのせいか村の女たちに王子だのなんだのと騒がれている。


「確かに急ぎではあるんだが。

 だが、私の服用の布ではないんだ。

 私にはユズさんとやらの旦那さんの服があるしね」

そういってミズキは、店に置かれた姿見の前でくるりと一回転した。

ついでに鏡に向かって作り笑いを浮かべるのも忘れない。

作り笑いには見えないほどの完成された笑顔で、村の女たちが「王子スマイル」と呼んでいるアレだ。


「でもそれ、男の服じゃねーか」

「うん、そうなんだが、でもまあ女の格好はいつでもできるしね。

 私はもともと女子校の王子だったんだけど、こっちに来て、王子キャラも卒業かなと思ってたんだ。

 でも、服が無くてとりあえず男物の服を着ることになって。

 男物の服を着るとつい王子スイッチが入ってしまうんだけどさ、そうしたら村のお嬢さんたちが喜んでくれてね。

 私の男装を喜んでくれる人がいるうちは、王子キャラを続けるつもりでいるんだよ。

 どうせ、あと数年もすれば、もうちょっと体も女っぽくなって男装も似合わなくなるだろうし、女っぽくするのはそれからでもいいさ」

「ふーん。まあお前がそれでいいならいいけど」

ふつーに女っぽくして男にモテた方がいいんじゃねーかとも思うけど。


「じゃあ布は何に使うんだ?」

「ああ、それはリーンの服をつくるのさ!」

よくぞ聞いてくれた! と言わんばかりにミズキは目を輝かせた。

なんだかちょっと眩しい。

気持ちの持ちようじゃなくて、実際ちょっとこいつ光ってないか……?


「私は、王子としての立振る舞い以外に特技と言うと、衣装作りくらいしかなくてね。

 この世界での生活の糧を得るために何ができるかと考えて、服を作って売ってみようと思ったのさ」

リーンが最近着ている黒いワンピースと帽子も、ミズキが作ったらしい。

服だけじゃなくて帽子も作れるとは、なかなか器用なんだな。

「それで宣伝も兼ねて、いろいろとリーンに着て仕事をしてもらおうと思ってるんだ」

「なるほど」

「まあ本音を言うと、リーンをいろいろ着せ替えして遊びたいってのもあるんだけどね」

そう本音を言うミズキは、その時だけは王子というより女の子っぽい感じがした。


「こんにちはー。頼んでた小麦粉くださいなー」

と、ドアをあけてリーンが入ってきた。

「はいよ。重いけど大丈夫か?」

ミズキの歓迎会で食べるパンやケーキの材料を取りに来たらしい。

調理するのはロバートだが、材料をリーンの方で用意することで、普通に店で料理を頼むより安く料理を提供してくれることになったそうだ。

飛んで運ぶから大丈夫だというので、ミズキと二人で店の外まで小麦粉を運んでやることにする。

こいつ結構力あるな。さすが王子……なのか?

「ありがとう、ホセくん、ミズキちゃん」

リーンは小麦の袋を箒の柄にくくりつけた。

そういえば上空を飛んでるのは見かけたけど、飛び立つところを見るのは初めてだ。

へー、浮いてる状態の箒に腰かけるのか。


リーンは重さを感じさせない様子でふわりと浮きあがり、ふよふよと飛んでいった。

だが、ふわりと浮きあがったのは、リーン自身だけではなかった。

俺にはわかる。

リーンの浮き上がったスカートと同時に、周囲にいた男どもの心も浮き上がったのが。

「おいミズキ」

「はい」

「明日服地を買いに行くぞ」

「はい」

「中が見えない服を作れ」

「はい」


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