夏12日 ロバート 嫌な予感とタイムリミット
虫の知らせっていうのとは少し違うかもしれないけれど、嫌な予感がする。
一昨日ヴァニラがあいつのカードを持ってきたことにはじまり、ホセの話だと昨日あいつを町で見たらしいし、こうなんというか……あいつが次第に近づいてきているような、そんな気がするんだ。
あいつ……アルフレッド・ヘルファイアは、都でおれが修業をしていた店の常連で、テラの同僚だ。
あいつがテラを連れて店に来て、それでおれはテラと知り合った。
テラは引きこもり気質だったから、アルが連れてこなければ出会うこともなかっただろう。
その点では、おれはアルに感謝している。
だけど……あいつ、やたらとテラと仲が良いんだよ……。
あいつは何というか、子どもっぽい痛々しい言動をするやつで、友人は多くはない。
そうだ、たしか自分に友人が少ないことについて、
「ふっ……俺の炎は人を傷つける……。それなら俺は……一人の方がいい……」
とか言ってたな。
テラはテラで、冷たくて固い感じのやつなのに、なぜかアルのその言動にも根気よく付き合っていた。
なぜか。いや、単純に……おれとしては認めたくないことだけど……、あいつがテラの好みだからだ。
当時は同僚で一緒にいる時間が長いから仲が良いのかもしれないとも思っていたけれど、それだけの理由ではないと、彼女のホセに対する態度を見ていて確信した。
彼女は、ちょっと痛い奴が好きなんだ……。
ミズキちゃんにやたらと懐いているのも、そういう理由もあってのことかもしれない。
リーンは仕事で毎日町に行っている。
昨日リーンがあいつに会ったような素振りはなかったけど、今日ばったり会うかもしれない。
町で会うことがなかったとしても、今うちの村は奥森から出てきた魔物を探している。
自警団の手におえないとなれば、たまたま近くに来ていた騎士が派遣されてくる可能性もゼロじゃないのだ。
もしあいつが村までくれば、狭い村だ、確実にリーンと会うだろう。
それは、リーンの記憶のためにも、おれの恋の行方のためにも避けたい事態だ。
というわけで、今日は店は臨時休業にして町へ来た。
まあうちの休みはいつも臨時休業なんだけどさ。
町に来たのは、アルに会ってリーンの記憶のことを話すためだ。
会えるかどうかはわからないが、あいつは名の知れた騎士の上に目立つ容姿をしている。
人に聞いてまわれば、泊まってる場所くらいはわかるかもしれない。
そう考えていたのだが、ホセに借りた馬を車止めに止めていると、真っ赤な頭の野郎が近づいてきた。
「荘厳たる夕闇!! 無事だったのか!
は……! お前は……まさか……ロバ……!?
どうして荘厳たる夕闇を……?
ま……まさか、俺の相棒をあの赤毛の悪党から救い出してくれたのか……!?」
アルフレッドは大げさに片目を見開き、体を器用に震わせてこちらを見てきた。
もう片目には相変わらずの眼帯をしている。
「ロバ……! さすが俺の義兄弟、光の道標。
俺が闇の炎に飲まれそうになる時、いつもお前がその輝きで導いてくれる!」
それ(シャイニングレイ)久しぶりに聞いたな。
おそらくおれの髪色から付けた異名(?)なんだろうけど、髪色程度に導かれるなよ。
アルは相変わらず痛い奴らしい。
こんな人通りの多い場所でこいつと話したくないな。
「お前、時間ある? どっか店で話そう」
「ああ、常ならば俺の中の悪魔を抑えるために禁酒しているが
今日ばかりは再開を祝い杯を呷ろうではないか」
飲むな。お前酒飲めないだろう。
「それで、お前はどうしてこの町にいるんだ?」
アルの取りとめがなくわかりづらく痛々しい話を聞いた後、おれはアルがここにいる理由を尋ねた。
「うむ。これには深いわけがあるのだ。悪魔の手先、古の遊撃魚が……」
何か色々言っていたが、だいたいは聞き流した。
要約すると、この町のラスシャ村側じゃない街道のひとつにガルツ大橋という橋がかかっているが、その橋の下に巨大な水生の魔物が住みついたので退治に来たらしい。
退治自体は昨日終わったので今日は帰る予定だったが、ホセの馬のことが気になって出発を後らせていたところにおれが来たということだった。
そっか……もう帰るのか……。
今日帰るなら、こいつがリーンと鉢合わせすることもないかな。
むしろリーンのことを話すと、こいつのことだから村まで来そうな気がするし、おれの都合を考えれば話さない方がよさそうだ。
「ロバはここで何してるんだ?
そういえば、田舎のお袋さんが病気で地元に帰るって言ってたな」
「お袋が病気とは言ってない」
お袋なら親父と一緒に、嫁いだ姉を追いかけて都に引っ越すくらいピンシャンしてるよ。
「地元ってこの町か? 話を聞く限り、もっと田舎の村を想像してたんだがな。
そうだ、たしかラスシャ村だったか?」
「……そうだよ」
村に遊びに来るとか言われると厄介なんだけどな。
「そうか。残念だな。お前の飯食いたかったんだけどな。そろそろ戻らないとならない」
「そっか」
騎士が忙しいっていうのは良いことでもないんだろうが、おれにとっては良かったかな。
こいつのことが嫌いなわけじゃないけど、今村にこられるのはちょっと都合が悪い。
そろそろ町を出ないとならないとアルが言うので、車止めまでやってきた。
ホセの馬をみて、アルは「あ」という顔をする。
「あ、そういえば荘厳たる夕闇も連れて行かないといけねーんだった。
軍の馬も連れて帰らないといけねーし、どうすっかな」
「そういえば」って、お前この馬のために町に残ってたんじゃないのかよ。
まあ、この馬連れて行かれたらおれが帰る足がなくなるから阻止するけどな。
「この馬の持ち主さ、良い奴だから、安心して預けてくれないか?」
預けるも何も、お前の馬じゃないけどさ。
「ふぅん。まあ、ロバがそう言うなら……」
アルは渋々といった様子で、自分の馬に荷物が入った鞄を取り付け始めた。
「そうだ。今度時間ができたらお前の店行くからさ、連絡先教えてくれよ!
行く前に手紙だすからさ!」
そして鞄から豪奢な装飾の手帳を取り出し、ペンと一緒に差し出してきた。
手帳を受け取って開くと技の名前のようなものがいくつも乱雑に書かれており、その中のひとつ、『荘厳たる夕闇』を囲むように、ぐるぐると丸がついていた。
そのメモに自分の連絡先を並べて書く気にはなれなくて、別のページに書くと手帳を返す。
「変な暗号みたいな手紙送ってくんなよ?」
それにしてもこいつ、手紙なんて出すようなマメな性分だったのか。
こいつがおれに手紙を書いたら、その手紙はリーンが運ぶことになるんだよな。
アルが書いた手紙にリーンが触ったからといって、それで記憶が戻るようなこともないだろうけど、なんとなく微妙な気分だ。
リーンのことはある程度ゆっくりと時間をかけて良い返事をもらおうと考えていたけれど、アルの手紙が来るまえに、リーンをおれのものにしておきたくなってきた。
北門までアルを送って車止めに戻る途中、小洒落た雑貨屋を見つけて、おれは中に入った。
色とりどりに並ぶレターセットから、一番彼女に似合いそうな色を選ぶ。
さあ、おれも、手紙を書こうか。




