春11日 ヴァニラ 今一番ホットな話題
この村で一番の社交場と言えばー?
食堂兼酒場兼宿屋の「ロヴァ亭」!!!
看板娘のヴァニラでっす。
スマイル100点、ハートは満点、
お味の方はお兄ちゃんにお任せで、
お客様にあらゆる満足をお届けしますよっと。
ロヴァ亭は村一番の社交場だから、あらゆる情報が入ってくるの。
今一番ホットな情報は、やっぱり異世界人が住人になったことかな。
ミズキっていう女の子で、背が雑貨屋のホセと同じくらい高いんだって。
スラっとしたスタイル、優雅な物腰、時々背後に花が咲くとかとか。
「王子様みたーい」って、村の女の子たちが言ってるみたい。
でも女の子なのよね、変なの。
見た目だけならぜったい、あたしのお兄ちゃんの方が格好良いと思うんだけどな。
まあまだミズキって子の顔を見たことはないんだけどさ。
ミズキはリーンの所に居候することになったんだって。
そうそう、リーンと言えば、配達の仕事中は黒いドレスと帽子のコーデで、箒と一緒に空を飛び始めたらしいの。
服はともかく、箒はなんの意味があるのかな。変なの。
でもなんだか、村の男の人たちには密かに評判が良いらしいの。
今日の昼食の時も、男のお客さんたちが、リーンを「見た」だの「見えた」だの話してたし。
「見た」はともかく「見えた」ってなんかひっかかる言い方だけど……。
でもあたしが、「どの辺がそんなに良いの?」って聞くと、
「いやー、はっはっはっ」って全然答えてくれないし。変なの。
お兄ちゃんに聞けばわかるのかなあ。
「こんばんは」
「いらっしゃいませ! リーンどうしたの? 珍しいね」
噂をすれば!
仕事帰りなのか、件の黒い衣装のリーンが店に入ってきた。
「お、いらっしゃい。何か変わった格好してるね」
「うん、ミズキちゃんが作ってくれたの」
可愛い……かなあ? 可愛くないわけじゃないけど、あたしだったら、リーンにはもっとリボンとかフリルとか付けたいかも。
うちの制服みたいに!
「お兄ちゃん、リーンの格好どう思う?」
やっぱ、男にしかわからない魅力があるのかも。
「可愛いんじゃないか? なんかいつも以上に小さく見えるかな」
小さく……確かに。
「黒い服だから小さく見えるのかな」
「じゃあヴァニラは黒い服は着たらダメだな」
「お兄ちゃんうるさい」
あたしの身長は、たぶんこれから伸びるんだもん。そうだもん。きっと。たぶん。
「リーンのその恰好、店の男のお客さんたちにすごく評判いいみたいなの。お兄ちゃんも良いと思う?」
「そうなんだ? うーん? なんていうか不思議な魅力はあると思うけど……うちの制服の方が似合うんじゃないか?」
うちの制服はあたしがデザインしたものだけど、お兄ちゃんも同じ趣味だったみたい。やっぱり兄妹ね。
「それで、今日はどうしたの?」
「あ、そうなの。相談があるの」
リーンの相談は、ミズキの歓迎会をうちの店で開きたいということだった。
歓迎会についてリーンとあれこれ打合せをしていると、今度はノエルが入ってきた。
ま、うちは村一番の社交場だからね! お客さんもひっきりなしなのよ!
ノエルはいつも、早い時間に夕食を食べにくる。
お夕飯のピーク時になると、うちはお酒を飲む人が押し掛けるからね。
お酒が飲めないノエルは居心地が悪いみたい。
ノエルもご飯を食べながら、歓迎会の打ち合わせに参加する。
「そういえばずっと気になってたんだけど、ミズキさんというのは女の子なんだよね?」
ノエルがお皿のニンジンを選り分けながらリーンに尋ねる。
いい歳してまったくもー。
「はい、ノエルさんはまだ見かけてないですか?」
「見てないな。僕はほら、学校とこの店と自宅くらいしかいかないからね」
ノエルは学校で子どもたちに勉強を教えている。
あたしもちょっと前までノエルに勉強を見てもらっていたし、お兄ちゃんだってそうだ。
いわゆる、村で唯一の学校の先生ってやつなんだけど、この村で先生と言えば、お医者のグランツェ先生だ。
ノエルを先生と呼ぶ人は誰もいない。
あ、一人だけ、マリーが「ノエル先生」って呼んでたかな。
「女の子か!」
ノエルはなんでか嬉しそう。
教師とはいえノエルも男だし、やっぱり女の子に興味があるのね。
「えっと……それで……、そのミズキさんっていうのは女の子で、幼女なのかな?」
…………教師とはいえノエルも男だし、やっぱり幼女に興味があるのね。
て、無理ある無理ある!
いい年した大の男が幼女に興味をもつのはもちろんのこと、
教師が幼女に興味を持つのは、なんか絶対ダメな気がする!
ニンジン残すよりダメだよ!
「えっと……ミズキちゃんは、その……ノエルさん、幼女の方が嬉しいですか?」
ほら! リーンがどう答えようかって迷ってるじゃない!
そんなこと、気を遣わなくてもいいんだからね!
お兄ちゃん! 助けてあげて!
あたしはサッとお兄ちゃんに目くばせする。
お兄ちゃんからはバチコン☆とウインクが帰ってきた。
「ノエル、おれも見たことはないけど、ミズキって子は身長が170センチあるらしいよ」
「170センチ……それじゃあ彼女は……」
お兄ちゃんの言葉に、ノエルの顔が失望に染まる。
そんなノエルの肩に手を置いて、お兄ちゃんは深くうなずき言った。
「ああ、安心しろ。彼女は、身長が170センチある幼女だ」
え? ん? お兄ちゃん何て?
「そうか! 幼女か!」
とたんに明るくなるノエルの顔。
え? いいの? 変なの。
ノエルは上機嫌で「釣りはいらん! とっときな!」とテーブルにお金をそっと置いて(ノエルは貴族の出身らしく育ちは良い)お店を出ていった。
「お兄ちゃん?」
ノエルに負けない良い笑顔で、彼を送り出したお兄ちゃんに、あたしもスマイルマイナス100点。
スマイナッスル100!!
「ごめんヴァニラ。おれにはノエルの希望を打ち砕くことなんてできなかったよ」
俯きがちに答えるお兄ちゃん。
お兄ちゃん、口元笑ってるからね?
それでいそいそと、その破格の代金を懐に仕舞おうとしてるところ、妹は見てるからね?
その晩、村一番の社交場の話題に、
「異世界人は体長170センチメートルの幼女らしい。
巨人の国から来たらしく、成体になると四メートルくらいになるらしい」
という異世界人巨人説が追加された。
尾ひれついてるーーーー!!