夏7日 ディオ オレの二人の幼馴染
理由はよくわからない。
わからないけど、なぜか、さっきから女の子たちに葉っぱを貰う。
「ディオ、これあげるー」
と、悪戯っぽい顔をした女の子たちは可愛い。
が、貰った葉っぱに書かれた願いは可愛くない!
『シャンテールのバッグが欲しい』だの『都に旅行に行きたい』だの。
手軽な男になったつもりはあれ、財布になったつもりはないんだけどなあ……。
ハア……新たな願いを押し付けられる前に帰ろうかな……。
「ディオ!」
帰ろうと踵を返した瞬間女の声で呼びとめられて、内心うんざりしながら振り返る。
顔には出さないけどね。笑顔を貼り付けろ。
振り返った先には、予想に反してマリーがいた。
「なんだ、マリーか」
「なんだとは何よ」
「いや、良い意味の『なんだ』だから」
マリーは派手な見た目と口調に反して、性格も行動もしょぼいからな、良い意味で。
この毒にも薬にもならなさ、落ちつくなあ。
「良い意味って何よ……。まあ、いいわ。これあげるわ」
「え゛」
マリーが右手を突き出してくる。その手には葉が乗っていた。
ちょっ……毒にも薬にもならないオレの幼馴染はどこに消えた!?
オレが固まっているのを見て、マリーは怪訝な顔をする。
そして自身の手のひらを確認し、真っ赤になった。
「ちちち違うわよ!? これはロバート流とかじゃなくて……!」
ロバート流? なんだそれ。
「こっち! 間違えたわ! こっちを渡したかったの!」
マリーは右手を背中の後ろに引っ込めて、左手を突き出した。
そこには小さなアロマキャンドルが乗っていた。
「ふ、二日酔いなんでしょ!? 使うと楽になるから!」
「ああ、なんだ……よかった……」
よかった、いつもの毒にも薬にもならないマリーだ。
とっくに収まった二日酔いに効くアイテムを持ってくるあたりが特に。
「よかったって……それはそれで微妙な気分ね」
オレがあからさまにほっとしていると、マリーが不服そうに呟いた。
「いや、なんかさっきから女の子に葉っぱもらうんだけどさ」
「何よそれ、モテる自慢?」
マリーが白い目で見てくる。
「は? いや、バッグが欲しいだのアクセが欲しいだの書かれた葉なんだけど。
これ、モテるっていう?」
オレだって出来ることならモテる自慢したいけどさ!
「……ふふっ、それは全然モテてないわね」
「でしょ。まったく、誰がこんなオネダリ方法考えたんだか……」
たしかに、川に流すより願いを叶える効果がありそうなところが辛い。
「たぶんロバートのせいね」
「ロバート?」
そういえばさっき、ロバート流がどうとか言っていたような。
「ロバートがリーンに告白したのよ。その時葉舟を渡したらしいの」
ロバートが……リーンに告白……。
「はあ、へー……ふーん……」
意外なような、そうでもないような。
ロバートとヴァニラは兄妹なだけあって何だかんだで似てるし、たぶん二人とも面食いなんだろう。
「結構周りに人がいる状況だったみたいね。
それで、願いを叶えて欲しい相手に対して葉舟を直に渡すっていう行動が、局地的に流行ってるのね」
局地……おそらくこの村の、人の噂とかが好きな女の子の間でだな。
それにしても葉舟かあ。
オレに渡してきた葉、舟の形にさえなってないんだけど……これ、どう思う?
「ディオはもう舟は浮かべたの?」
「いや、やってないけど、オレはいーや」
神頼みしたいような願いなんてないし。
まして誰かに叶えてほしい願いなんてもっとないし。
「そ。じゃあ、お大事にね」
「うん、コレありがとね」
もう二日酔いは収まってるけどね。
マリーは自分の葉舟を浮かべに川の方へ歩いて行った。
よし、オレは願いを押し付けられる前に帰ろう。
「ディオ」
そう思い歩き始めて十歩。また呼び止められた。
今度はこの冷めた声で誰だかわかる。
「アンシーさん」
まあ、アンシーはオレに良い意味でも悪い意味でも興味ないから、願い事を押し付けてくることもないだろう。
「リーン見かけなかった?」
なんだなんだ、今日はリーン人気だね。
ただの葉を押し付けられるオレとは大違いだね。
「さあ? 帰ったんじゃない?」
知らないけど。でもリア充は帰ればいいと、オレは思うよ。
「そっか。困ったな。
女の子のことならオレにお任せって言ってたから、てっきりディオに聞けばわかると思ったんだけど」
「あ、はい、すみません」
興味ないくせに、オレの一挙一動を記憶してるから恐い。
「いいよ、ごめん」
なんでかアンシーが謝ってくる。
「葉っぱ押し付けられる前に帰りたいのに、呼び止めてごめん」
いや、謝ってない。これは誤ってない。
……もう帰っていいだろうか。
「ま、わたしも村長に葉舟を押し付けられたから、人のことは言えないね」
「村長に?」
村長、アンシーにいったい何を頼んだんだ?
「わたし宛じゃないよ。リーンに渡してほしいって。託された葉舟、すごく重いんだ」
「へえ? よくわかんないけど、手伝おうか?」
葉舟に使う葉に、大きさの決まりはない。
さらに、一枚の葉で作らなければならないというわけでもない。
重たいって村長、どんなでっかい舟作ったんだ?
「うん……でも、こんなの渡されてもリーンも困るだろうから、村長には悪いけど、川に流すよ」
そう言って、アンシーは川に向かって歩き出した。
いつも通り、彼女の数歩後を追いかける。
その運ばなきゃいけないでっかい葉舟はどこにあるんだろう。川までの道中に置いてあるんだろうか。
しかしオレの予想に反し、でっかい葉舟を回収ることなくオレたちは川辺についてしまった。
アンシーはポケットから少しひしゃげた葉舟を取り出すと、形を整えはじめる。
「あれ? でっかい葉舟は?」
アンシーが持っている葉舟は、どちらかというと小さい葉でできている。
「重たい葉舟って言っただけで、大きいとは言ってないよ。重たいのはこれ。この願い」
アンシーに葉舟を手渡される。
葉舟には、「フサフサの白髪知らずで抜けない髪になりたい」と書いてあった。
「これは……うん……」
「重いでしょ」
「うん」
村長の願いを乗せた葉舟は、星の海を一メートルほど進んだところで、あっけなく沈んだ。
「それも流しなよ」
沈んだ舟に合掌していたアンシーが、振り返ってオレのポケットを指さす。
ポケットを漁ると、女の子たちのオネダリが書かれた葉が入っていた。
そういえばオレ、ポケットに突っ込んだっけ。
「そんなの、願いというより煩悩でしょ。川に運び去ってもらえばいいよ」
「……風が無いから?」
今日は凪いだ静かな夜だ。
「そうだね」
アンシーは無表情で頷く。
本当、興味ないくせによく覚えてるよなあ。
ポケットの葉を流したらなんだか気が楽になったオレは、明るい気分で家に帰った。
朝から晩まで微妙な気分で終わるかと思った一日は、毒にも薬にもならない幼馴染と、毒だけど稀に薬になる幼馴染のおかげで、どうやら和やかに終わりそうだ。
二日酔いはもうないけれど、せっかくなのでマリーに貰ったアロマキャンドルに火をつけてみる。
すぐに良い香りが部屋に漂ってきて、オレはベッドに横になりうとうとし始めた。
どれくらい経っただろう。
ふと、窓から冷たい風が入ってきた気がして閉じていた目を開ける。
何か重たいものが乗っているかのように、体が全く動かない。
唯一動く眼球を動かして周囲を見渡すと、マリーからもらったキャンドルの周りを踊るように、鬼火が二つ漂っているのが見えた。
マリーは毒にも薬にもならないくせに、霊媒体質であることを思い出しつつ、オレはロウソクが燃え尽きるまで身動きもできず、何とも言えない気分で鬼火を眺めていた。




