夏7日 ロバート 想いを届ける舟
二日酔いにならないからって、酒に酔わないわけじゃない。
良い感じに酒がまわったホセに、リーンの脈のなさをツラツラ述べられた翌日の今日。
凹んでないと言えば嘘だけど、まあそれほどのダメージはない。わかっていたことだし。
リーンの元の名前、テラと会ったのは十年前のことだけど、その時もまるで脈がなかった。たぶん本能的におれのことが好みのタイプじゃないんだろう。
それでもなんとか口説き落として、テラが行方不明になるまでの一年半ほどは付き合った。
ホセに聞いた話だと、幸いおれに対して悪い印象は持ってないみたいだし、脈がなくても勝算はそれなりにあるはずだ。
「ううー……書いたけど……書いちゃったけど……、流そうか……流すまいか……」
川辺に蹲って、妹が葉で作った小舟を川に置いたり持ち上げたりしている。
おそらく、昼間に話していたまじないの舟だろう。
ルリちゃんも一緒に来ていたが、自分の舟を流すと「眠いから帰る」と言ってさっさと帰ってしまった。
「書いたんならさっさと流せばいいだろ」
ルリちゃんはああ言っていたけれど、普通、人の流した願いごとを拾って見るやつはいない。
それに、この村のような小さな村ならまだしも人口の多い都会なら、いくつか舟を拾ったとしてもそれに知人の名前が書いてある確率はすごく小さいはずだ。
それこそ、その確率を引き当てるのは奇跡のようなものだ。
だからやはり、これはただのまじないなのだろう。
それでも、ヴァニラの植えたレック草に辿り着いたヒューのことだ。案外今回も上手くいくのかもしれない。
「お兄ちゃんは他人事だからそんなことが言えるんだよ!」
おれの言葉に、ヴァニラが立ち上がって抗議してくる。
そして「んっ」と俺の目の前に葉を差し出した。
目の前で揺れる葉が煩わしくて、それを受け取る。
「そんなに言うなら、お兄ちゃんがやってみてよね」
「やってみろって、そのまじないを?」
妹はまた余裕がない精神状態になっているらしく、妙につっかかってくる。
「そうだよ! そんな簡単なことじゃないんだから!」
「ふーん、いいけど。ペン貸して」
ヴァニラからペンを受け取ると、自分と彼女の名前を書く。
その様子を睨むように見ていたヴァニラが、急に我に返ったように慌てだした。
「え!? あれ!? お兄ちゃん、好きな人いたの!?
え!? だれ!? ヒューさん!? ホセ!?」
「お前一週間おやつ抜きな」
葉に爪で切れ込みを入れて舟を作る。
星の浮かぶ川面に葉舟を乗せつつ、舟が進む先、下流を見る。
この舟を流しても、たぶん誰の目にも留まらず、星の海を越えて、どこか遠くの岸辺に着くだろう。
舟から手を放そうとした時、下流の対岸にリーンがいることに気付いた。
おれは舟を持ったまま立ち上がる。
「ほっほらね! いざとなるとなかなかできないでしょ? ……ふぎゃ」
どこかほっとした様子のヴァニラの額を小突いて、おれは橋の方へ歩き出した。
「ちょっどこ行くの! お兄ちゃん!」
後ろからちょこちょこついてくる妹に
「まじないよりも効果がある方法、見せてやるよ」
と言って、おれは橋を渡った。
「リーン」
後ろから声をかけると、川面を眺めていたリーンが振り返った。
おれとヴァニラを見て、ちょっとはにかんだような顔をする。
「ロバくん、ヴァニラちゃん。どうしたの?」
昔、テラだった頃の彼女は、こんな風に誰にでも笑ったりしなかった。
冷静で、表情に乏しくて、固い感じのする人だった。
だからといって、リーンとテラが別人格だとは思わない。
軍属魔道師としての環境が彼女を固いテラにして、この村での環境が彼女を柔らかいリーンにした。
それだけのことで、彼女の本質はきっと変わっていない。
それでも……
そんなふうにきみが柔らかくとけていく時に、一番近くにいられなかったことが、おれは結構悔しいんだ。
リーンはおれとヴァニラを交互に見ている。
おれの斜め後ろに立っているヴァニラの様子はわからないが、たぶん狼狽えているのだろう。
「リーン、手を出して」
おれが手のひらを上に向けて左手を差し出すと、リーンは躊躇いがちに、そこに右手を乗せた。
その小さな手をそっとつかんで裏返す。
仰向けになった彼女の手に、おれは葉の舟を乗せた。
手を離すと、リーンが舟を覗きこんだ。
そこにはおれが書いた、おれとリーンの名前が書いてある。
その意味がわかったのか、リーンの耳がさっと赤く染まった。
「おれのこと、考えてみて」
リーンからしてみれば、思いもかけないことだろう。
だからまだ返事はいらない。
これから先、おれのことを意識してくれれば、それでいい。
顔を上げたリーンは真っ赤で、動揺しているのか、瞳が潤んでゆらゆら揺れている。
「いつかちゃんと告白するから、返事はその時きかせて」
リーンがコクリと小さく頷いたのを確認して、おれはその場を離れた。
後ろから慌ててついて来ようとするヴァニラも置いて、家を目指して歩きだす。
その途中、広場でミズキちゃんが村の女の子たちを相手に王子ごっこで愛の言葉を囁いている現場に遭遇した。
ミズキちゃんはおれに気づいて「おや?」という顔をした。
「大丈夫かロバートさん。顔が真っ赤だぞ、風邪か?」
その言葉も無視しておれは家に帰ると、自分のベッドに倒れこんだ。
「熱……」
一度深く息を吐き、手の甲で自分の頬に触れると、確かに熱い。
ミズキちゃんの演じる王子のように軽やかに愛を告げられたなら、きっとこんなにきつくない。
「そんな平気で……言えるわけないだろ……ばか……」
誰にともなくとついたおれの悪態は、枕にしみ込み消えていった。




