夏7日 ミズキ 星の海に願う言の葉
合宿はぐだぐだのうちに終わり(でも楽しかった!)、今日の夜は星の日のイベントがあるらしい。
星がきれいに映りこんだ川面に、願いを書いた葉を舟にして流す行事だとか。
今日が七日と言うこともあって、七夕っぽい感じがする。
「やっぱり一個かなあ。それともたくさんかなあ」
男性陣があらかた二日酔いということで合宿はお開きとなったが、女性陣は元気だ。
昨夜が無言のトランプ大会となり微妙にフラストレーションがたまる結果となったため、ロヴァ亭でお喋りに興じている。
ロバートさんはお酒に強いのか二日酔いではなかったようで、日曜午後のティータイムの営業を始めていた。
ヴァニラちゃんが「これで完璧☆ 夏恋おまじないBOOK」を見ながら、うんうん唸っている。
「何を唸ってるのよ」
マリーさんが「興味ないけど」という態度と「知りたいわ!」という表情を絶妙に混ぜ合わせてヴァニラちゃんに尋ねる。このマリーさんの姿、演技で真似ようとしても真似できない!
「マリーには前に話したでしょ? 両想いになる星の日のおまじない」
「ええ。葉舟に自分と好きな人の名前を書いて、星の海に流すのよね?」
へえ。どこの世界の女子も、やることは一緒なんだなあ。
『好きな人の名前を消しゴムに書いて使い切ると……』とか、私が小学生の時流行ったっけ。女子校に行ってからはそういう情報は入りにくくなったけど、やっぱりおまじない好きの女子っていうのは、一定数いた。
「馬鹿ねー。まじないなんかに頼るより、告白しちゃう方が早いわよ!」
シュシュさんは雑誌をひょいと奪うと興味なそうにパラパラと捲り、すぐにヴァニラちゃんに返した。
「そりゃ、シュシュならそうだろうけど。
でもさ、あたしが思うに、まだ告白にはちょっと早いと思うの!
もうちょっとお近づきになってからというかなんというか。
それでお近づきになるために藁にもすがる思いというか」
返された雑誌を胸に抱えて、ヴァニラちゃんは何やらもにょもにょ言い始めた。
「そりゃあたしだって、おまじないが絶対効く! とは思ってないよ?
でも、もしかしたら……とか、やって損はしないと思うし。
悩んでるのは、葉っぱ一枚でいいのか、それともたくさん流した方が効果あるのかということで……」
うんそれ、おまじないが効く前提の悩みだね。本当に「絶対効く!」とは思ってないのかな?
「あたくしは一舟の方が良いと思うわ。一途で真摯な感じがするもの」
と、マリーさん。
「マリーも一途だしね」
そんなマリーさんを見ながら、いつもより少し柔らかい表情をするアンシーさん。
「やっぱりそうかな? いっぱい流した方が大好き! って感じがしない?」
そう言うのはヴァニラちゃん。
なんかそれぞれ性格が出るなあ。
「ルリちゃんはどう思う?」
ルリちゃんってあんまり喋らないから、まだ今一つ性格が掴めてないんだよね。
喋らないけど付き合いが悪いって感じでもないし。
私が尋ねると、ルリちゃんはヴァニラちゃんから雑誌を受け取り、おまじないについて確認してから言った。
「たくさん書いた方がいいと思うよ」
「やっぱり!?」
ヴァニラちゃんは、我が意を得たり! とルリちゃんに向かって身を乗り出す。
「このおまじないはさ、二人の名前を書いた葉舟を出来るだけ上流から流すことってなってるでしょ」
「うんうん」
私も雑誌を借りて読んでみる。
「これって、なぜ上流から流した方が良いかって言うと……」
雑誌には『上流から流して星の海を長く旅させた方が効果が高まる』って書いてあるね。
「下流の人に拾われる可能性が高まるからだと思う」
「へ?」
ルリちゃんの予想外の解説に、ヴァニラちゃんがボケッとした顔をした。
「川を流れている間に誰かに拾われて、拾ったのが想い人だったら告白の代わりになるし、
違う人でも、名前が書かれた二人が恋仲かもしれないって噂になったりするでしょ」
な……なるほど。
ルリちゃんは科学的な子らしい。
「じゃ……じゃあ、ルリがたくさん流した方がいいって言うのは……」
目を白黒させているヴァニラちゃんに、ルリちゃんはあっさりと言い切った。
「その方が、誰かに拾ってもらう可能性もあがるでしょ」
「村中にあたしの好きな人がばれちゃうってことじゃない!」
心配しなくても、それはすでにほとんどの人が知ってるんじゃないかな。
ロヴァ亭での女子会はほどなく解散となり、夜、私はリーンと一緒に広場に来ていた。
広場に置かれた木には、もうほとんど葉が残っていない。
「ミズキちゃんはお願い事、何て書くの?」
高い位置の葉を取ろうとしてぴょんぴょんしているあざとい子に葉を一枚とって渡すと、リーンが嬉しそうにお礼を言いつつ尋ねてきた。まあ私が取ってあげなくても、本気になれば魔法で取れるんだろうけどね。
それにしても、願い事か。
ヴァニラちゃんたちは恋のおまじないの話で盛り上がっていたけど、星の日は本来、願い事をする日なのだ。
思い返せば、七夕も小学生以来やってない。正月に初詣に行った時などに願い事をすることはあったけれど、願い事を書くというのは、本当に久しぶりだ。
心で願うだけじゃなくて、書く、願いを形に残すのだと思うと、なんだか気おくれしてしまう。
ちなみに私が奈落に落ちたのは、高三の六月のことだ。
もし高三の七夕で短冊に願いを書くことになっていたなら、きっと私は「大学に合格しますように」って、特に大した思い入れもなくおざなりに書いていただろう。
今の私に大学受験はない。
それならば、何を願えばいいのだろう。
元の世界に戻れますように?
服作りの仕事が安定して無事に生活できますように?
「リーンは?」
願いが決められなくて答えないままリーンに尋ねると、リーンはちょっともじもじしだした。
「ん……えと……、『ミズキちゃんに楽しい思い出がたくさんできますように』……て。
わ、わたしもう川に流してくるね……!」
あざとい子はふわりと三十センチ浮き上がると、素早く小川に向かって飛んでいってしまった。
そうだ。願うなら、私が今生きる、この世界のことだ。
残された私は、自分の分の葉っぱを木からちぎり、ペンを握った。
願い事を書こうとして、ふと気づく。
私は、文章が、書けない。
まさか願い事を「私はペンです」にするわけにもいかず、ディオさんからもらった恋愛切断例文集を思い出し何とか書けそうな願いを考えるが、なかなか思いつかない。
結果私の葉舟は、「私は王子です」という願い(?)を乗せて、星の海を渡った。




