春8日 ディオ パトロールと煩悩の行方
今日も今日とて村の周囲をパトロールということで、本日はアンシーと出かけている。
デートではない、仕事だ。
一緒に行くのがシュシュならなあ、
「デートだね」
と言えば、「え?DEAD?」とでも返してくれるんだろうけど、アンシーにはなんていうか、冗談が言いにくい。
一緒に行くのがバトレイなら、
「デートだね」
と言えば、「そういえば昨日俺の筋肉が……」と、強引に話を逸らされて異様にキモイけど、アンシーにはそれ以上に冗談が言いにくい。
「アンシーさん」
三歩前を歩くアンシーに声をかける。
男の俺の方が前を歩くべきなんじゃないかと思うけど、アンシーが俺の後ろをついてくるとは思えないんだよね。
オレが前を歩こうものなら、十歩後には逸れてそうで。
「なに?」
ちょっと間があって、アンシーから返事があった。
視線は前を向いたまま。いつもながらにつれない。
つりたいわけでもないけど。
つかオレ、沈黙に耐えかねて声かけちゃったけど、特に話題用意してない。
「で……デートですね……」
だからってこれはない! ない! が、もう口から出てしまった!
「…………」
ほらやっぱり! 無視された! 黙殺された!
この微妙な空気! 本当ヤダ!
「き、昨日さっ、バトレイに同じこと言ったら、なんかすごい狼狽えられてさ」
これはもうバトレイの奇態を生贄に捧げて、この空気を何とかするしかない!
「『デートだね』って言ったら、
『えっ!? おお……、あー……いやだがしかし……う、うむ。ディオよ。お前はデートと言ったが、それは違うぞ。これはそんな甘酸っぱいものではない』」
知ってるっての。
てか、俺とバトレイでデートだなんて、甘酸っぱいというより酸っぱい匂いだ。
なんかもう異臭しかしてこない。
「『ここには俺とお前の二人きりではない。俺の筋肉、ウキョウとサキョウがいることも忘れるな。俺たちは今日四人パーティで警備を行っているんだ』ってさ」
ちなみに、そのとき確かに俺とバトレイは二人きりだった。
ウキョウとサキョウっていうのは、バトレイが自身の左右の大胸筋につけた名前だ。
バトレイがマジで大胸筋を一個人として扱っているとしたら、今後の奴との付き合いを考えたいほどキモイ話だけど。
まあ多分、ただの混乱のあまりわけのわからないことを口走っただけだろうと思う。思いたい。
「……それはキモイね」
「だよね!」
「でもだからこそ、そういう冗談はむやみやたらと人に言わない方がいいと思う」
「はい、すみません」
本当にすみませんでした。
そのまま無言でしばらくアンシーと街道を歩く。
隣町へと延びる街道の周囲は背の低い作物が植わった畑となっていて、見晴らしが良くて気持ちいい。
心地よい春の風が、畑の土の匂いを運んできた。
清々しい、良い天気だ。
悩みも煩悩も、すべて風が運び去ってくれそうだ。
「あれ、なにかしら」
ふと、アンシーが遠くの空を見ながら硬い声で呟いた。
ん? なんか黒い点がある……?
アンシーは弓手だから視力が良い。
オレよりはっきり何かが見えてるのかもしれない。
「大きな……鳥……? 人くらいの大きさがありそう」
「鳥型の魔物か」
基本的には平和な村だが、時々周囲に魔物が現れることがある。
そんな時、魔物から村を守るのが、俺たち自警団員の仕事だ。
「結構高い位置飛んでるよね。俺の剣じゃ届かないか。
アンシーさん、弓で落とせます?」
「余裕。……あ、でも」
矢をつがえようとしていた手を止めてアンシーが呟く。
「あれ、リーンだ」
数秒後、俺にも空の未確認飛行物体が鳥の魔物ではなく、村の郵便配達員のリーンだということが目視で確認できた。
「リーンー!」
手を振ると空から奇妙な格好をしたリーンが降りてきた。
「こんにちは、ディオくん、アンシーちゃん」
「やあ。今日はどうしたの? なんかエキゾチックな格好しちゃって」
黒いドレスに同じく黒いとんがり帽子を被って箒を持っている。
「ミズキちゃんが、『手紙の配達、そして空を飛ぶならぜひこれを!』って」
ミズキっていうのは、この前森で倒れてた異世界の女の子だ。
「『魔女』の格好らしいです。黒い服でとんがり帽子を被ってて箒で空を飛ぶんだって」
「へえ」
「だから今日はあんな高いところにいたのね」
リーンは配達する手紙を取りに、ほぼ毎日隣町とうちの村を往復しているけれど、いつもは空を飛んではいない。
地面から数十センチ浮いて高速で移動しているだけだ。
「わたしはちょっと浮くのも高くまで浮かぶのも一緒だからどっちでもいいんだけど、ミズキちゃんが絶対こっちの方が良いっていうから」
「ふーん。そんなもんかな」
ミズキはリーンの家に住むことになった。
リーンの様子を見る限り仲良くやっているようで何よりだ。
しかし、ミズキの美的センスっていうのはよくわからないな。
リーンにはもっと淡い色合いの可憐な服の方が似合うと思うけど。
「これからはずっと空を飛んで配達するつもりなの?
だったら、一度自警団に連絡しておいて。
知らない人が魔物と勘違いして騒ぎ立てたら困るから」
「そっか。ごめんなさい」
アンシーの指摘にリーンが頷く。
「いいの。じゃあ残りの仕事、気をつけて」
「はい、じゃあ行ってきます」
リーンは手に持っていた箒をくるりと回した。
箒が横に倒れた形で宙に浮かぶ。
リーンは箒の柄に横向きに腰かけると、ふわりと浮きあがった。
その浮き上がった反動か、暖かな春風の心遣いか、リーンの膝まである黒いスカートもふわりの舞い上がる。
真っ白い太ももをオレの目に焼き付けて、リーンは飛び立っていった。
太ももの行方を目で追うオレに、今日初めてアンシーが話しかけてきた。
「運び去った煩悩、風が返しに来たんだね」
「……」
「『悩みも煩悩も、すべて風が運び去ってくれそうだ』。
声に出てた」
「……はい、すみません」
本当にすみませんでした。