春22日 ロバート 妖精はピスピスと鳴く
ピスピス音がする。
店の片隅で、村長が膝を抱えてピスピスいっていた。
昨夜の村長は怒りが頂点に達した感じだったけど、一晩経って、その怒りは収まったらしい。
で、怒りが収まった結果、髪の毛を失った悲しみが前面に出てるみたいだ。
悲しみというか、自信喪失して震えてるって感じかな。
あの一本毛、村長の自信の源だったらしい。
らしいっていうか、今回が初めてじゃないから本当は知ってたけど。
「もう生えてこないかもしれにゅ……どおしよお……ピスピス……」
ピスピス言ってるのは、村長の鼻だ。
ちなみにこの村長、昨夜はちゃんと自宅に帰った。
そして今日、店が開くなりふらりと店に入ってきて、そのまま隅で蹲ったのだ。
これもまあ、毎回のことだ。
ここって結構人が来るからさ、誰かに慰めたり構ったりして欲しいみたいなんだよね。
客じゃなくても、いつもならホール担当のヴァニラが手が空いた時に村長の相手をしている。
でも今回は、ヴァニラが当事者だからな。
「あのね、村長……」
ヴァニラが気遣わしげに村長に声をかける。
が、
「ヒッ……やめてよう……乱暴しないでよう……ピスピス」
と、村長は怯えて縮こまる。
もう一時間くらいこんな感じだ。
「こんにちは」
「こんにちはー」
そうこうしていたら、リーンとミズキちゃんが店に入ってきた。
リーンは今日は仕事が休みか。
「日替わりランチ二つお願いします」
「りょーかい」
注文を受けてカウンター裏の調理場へ戻る。
そういえば、ミズキちゃんが来てから、リーンは仕事以外で外に出ていることが多くなった気がする。
うちに昼飯を食べに来るのは初めてじゃないかな。
「でさ、さっきの話の続きなんだけど……」
二人はテーブルでお喋りに興じている。
楽しそうにしてるな、いいことだ。
「毛根が死滅して、二度と生えてこなかったんだって!」
……っ。
何の話だ何の。
昨日も「毛根と一緒に死ぬ」的なこと言ってたし、ミズキちゃんは毛根に何か恨みでもあるのか?
「お兄ちゃん大変! 村長が泡吹いた!」
こっそり笑っていたら、村長のそばで青くなって飛び跳ねているヴァニラに呼ばれた。
村長、「二度と生えてこない」に反応したか。
ヴァニラが騒ぎ立てたので、リーンたちも村長の存在に気付いたらしい。
ピスピス言ってたの、聴こえてなかったのか。
「リーン、村長大丈夫かな? 魔法で何とかできない!?」
ヴァニラに縋り付かれて、リーンが村長に手をかざす。
ほんわりとした光が村長を包み込む。
数秒後、リーンは首を横に振った。
「手後れ……です」
場に悲壮感が漂う。
それは、村長の命が? それとも毛根が?
きっと後者だな。
「それにしても気の毒だな。
やはりあのような遊びはよくないんじゃないか?」
眉根に皺を寄せてミズキちゃんが言う。
おれたちとしてはいつものことって感じだったけど、傍から見るとそう感じるのか、なるほど。
「ん、でも、昨日の段階では村長の毛根はまだ生きてたの。
なんだか、ついさっき……気絶した時に、すごいストレスを感じて毛根が死滅したみたい」
……っ。とどめを刺したのはミズキちゃんらしい。
「お兄ちゃん、なに笑ってるの。不謹慎だよ、もー」
しかし、もう生えてこないとなると、ちょっと厄介だ。
あの毛は村長の自信の源。
このまま復活せずに、毎日うちでピスピス膝を抱えられるのは困る。
「リーンちゃんの力で、なんとか生やせないかな?」
魔法でなんとかできないかと、リーンに聞いてみる。
リーンはしばらく考えた後、困ったような顔で言った。
「髪の毛以外なら生やせるんだけど……たとえば草とか」
草生やしてどうする。
「っうぇwwww」
ミズキちゃんが変な笑い声をあげた。
結局、目覚めた村長合意のもと、リーンは村長の頭に草を生やした。
なんでも、再生の魔法ということで、ただ草が生えるだけでなく、草が枯れた後、例の一本だけでなく、他の髪の復活も期待できるらしい。
「いつもはその上に帽子を被っていても大丈夫です。
でも、お天気が良い日は一日に一時間以上、草にお日様を浴びせてくださいね」
光合成でもするんだろうか。
後日、森を抜けてきた旅人が、「森の中の花畑で妖精を見た」と語った。
その妖精は、陽光の中に佇み、頭に茂る鮮やかな若草を、風に揺らしていたという。




