春20日 ホセ どじっこ看護師と幽霊騒動
聖水を仕入れて村に着くと、村の入り口の柵にエメリアさんが引っかかっていた。
「何してるんです?」
まあなんとなく想像はつくけど。
「ちょっと、外の風を楽しんでいるのよ」
「その外っていうのは、村の外って意味ですよね?
村の中と違いました?」
引っかかっている柵一枚隔てれば村の中だ。
「ほどほどにね」
さいで。
ところでその、「愚問ね」と言わんばかりの自信満々の顔をやめてくれねーかな。
なんつーか、こう……かすかーに、イラッとする。
放っておくわけにもいかないので、
柵に引っかかって動けなくなっていたドジっ子看護師を救出する。
どうやったらそんな器用に引っかかるんだよ。
「あら、ワタシ引っかかってたのね。気づかなかったわあ」
って、嘘だろ絶対。
「聖水運んでるのね。おばさん、お手伝いしちゃおうかしら」
荷台に並ぶ聖水の小瓶を見て、エメリアさんが恐ろしいことを言い出す。
「やめてください」
エメリアさんが触れたが最後、聖水が無事にお客さんの手にわたる気がしない。
「もー、ひどいわあ。ワタシだってやる時はやるのよぉ?」
そうだな。(何かを)やる時は(必ずドジを)やるな。
散歩に行ったはずのエメリアさんが、煙突につっかえた状態で見つかる、という事件もあったと聞く。
くれぐれも聖水に触らないように注意して、エメリアさんを荷台に乗せて診療所まで送ることにした。
「聖水といえばねぇ」
荷台からエメリアさんが話しかけてくる。
「あの人ったら前に、消毒液の代わりに患者さんに聖水をかけちゃったことがあったのよ。
本当にうっかりさんよねぇ」
あの人とは、エメリアさんの旦那のグランツェ先生のことだ。
うっかり者の医師とどじっ子の看護師。
診療所はこの村きっての恐怖スポットだ。
村の連中も、医者にかかる事態になったら命の危機だと(もちろん病気のせいでの危機ではない)健康管理には気をつけていて、この村の発病率ってかなり低いんじゃねーかな。
「患者さんきたんだ?めずらしーな」
実は、こないだミズキが異世界から現れてグランツェ先生の診察を受けた時も、村中の衝撃度の高さは「異世界人が現れた」<「診療所で診察を受けたやつがいる」<「診察中に何も事故が起こらなかった」ということだった。
「もーっ、ホセくんたらぁ失礼よ。
そりゃあ、村の人はみんな元気で、あんまり診察にはこないけど。
でも、診療所なんだから患者さんがくるのは当然でしょお?」
まあ、そう言われてみればそーだな。
客がこないんじゃ、生活していけねーだろうし。
でも、生活できるだけ患者がいるとするなら、「診察中に何も事故が起こらなかった」は、ともかくとして、「診療所で診察を受けたやつがいる」が異世界人の登場以上の衝撃を与えるなんて、ちょっと妙じゃないか?
「結構重症の患者さんが多いんだからぁ。
お腹に鉄砲を受けてたり、腕がなかったり、足が無かったり、大変なのよぉ?」
マジかよ。そんな怪我人出たら噂になりそうなものなんだけどな。
リーンはそういう話題は好きじゃないだろうから、知ってても話さないとしても、
うちに来る他のお客さんの話題にもでないっつーのは、なんなんだろうな。
「聖水をかけちゃったのは、腕を怪我した患者さんなんだけどね、傷にしみたのかしらねぇ。
大声で叫んで、怒りながら出ていっちゃったのよねぇ」
「ふーん。金払ってけって感じだな」
適当に相槌。
患者側からすれば、医療ミスに金なんて払いたくねーだろうけど。
などと話してるうちに、診療所に到着。
「送ってくれてありがとー。あ、ワタシも聖水一本頂いてもいいかしら。
変態な幽霊さんが出るんでしょう?
ルリちゃんに何かあったら困るもの。
念のため、ね」
「まいどー」
エメリアさんに聖水を一本手渡す。
「落とさないで下さいよ」
「わかってるわよぉ」
エメリアさんは、聖水を両手でしっかり握ると、診療所に……
「ホセくん、ドア開けてくれる?」
「ああ、念のためな」
エメリアさんがドアをあけるために聖水から片手を話した途端、聖水を取り落す可能性を考慮して、俺の方で診療所のドアをあけてやる。
ドアをあけると、待合室の椅子(滅多に使われない)に随分と顔色の悪い患者が座っていた。
「あらあらあら、患者さん!」
患者を見たエメリアさんは焦ったらしい。
急ぎ足で診療所に入ろうとして敷居に躓き、
器用に蓋を外しつつ小瓶を手放し、
患者さんに聖水を頭からぶっかけた。
聖水をかけられた患者はこちらを見ると、何故か満足気な笑みを浮かべて、すぅっと消えていった。
「…………」
「…………」
言葉も出ないエメリアさんと俺。
先に口を開いたのは、エメリアさんの方だった。
「……患者さん……お会計……」
診療してねーだろ。
診療所はこの村きっての恐怖スポットだ。
それは人為的な意味でもあり、
どうやらオカルト的な意味でもあったようだ。




