春3日 ホセ 異世界人がやってきた
「ホセくん、手紙はないけどニュースがありますよ」
年末年始の大売り出しも終わり、やや雑多とした様子になった店内を片づけていると、リーンがひょっこり顔を出した。
半開きのドアから本当にひょっこり顔を覗かせるような感じに。
リーンは手紙を配達する仕事をしている。
一日中、村のあちこちを回っているから、新情報の仕入も早いんだよな。
「ニュースって?」
「えっとね、食い倒れが出たの」
「食い倒れ……ロバートの所でか?」
村唯一の食堂を営んでいるロバートが作る飯はうまい。
こんな田舎にはもったいないほどうまい。
ロバートの料理目当てで、この何もない村に遊びに来るやつもいるくらいだ。
だからまあ、食い倒れがでてもおかしくないっちゃおかしくないんだが……
「ううん、グランツェ先生のところ。バトさんが運んでいったの」
「本当に食い倒れか……?」
グランツェ先生は医者で、バトレイは自警団員だ。
「うーん……意識がないみたいだったから……」
「もしかして……食い倒れじゃなくて行き倒れか……?」
「………………ん」
指摘すると、リーンはそっぽを向いて小さく頷いた。
顔が赤い。
なんとなく……なんとなーく……こっちもつられて赤くなってしまう。
いやだって、無言でそんなに恥ずかしがられるとさあ!
「で、えーと……そう! どんなやつなんだ!?」
とにかくこの空気を何とかしねーと!
「んと……棒みたいな人。
髪の毛がくるくるしてて、目の周りを黒く塗ってて、まつ毛が小指くらい長いの」
なんだ棒って。ていうかそれ人間なのか?魔物じゃないのか?
あ、だからバトレイが警戒してついてるってことか?
こいつのニュースって、確かに情報ははえーんだけど、
いまひとつ正確じゃないっつーか、詳細に欠けるっつーか。
ニュースのくせに尾ひれの付いた噂話みたいになってるのが問題なんだよな。
「おまえさ、まだ配達の仕事残ってんの?」
「ううん、終わったからホセくんのところに遊びに来たの」
「じゃ、うちも店じまいして、先生のとこでも冷やかしにいってみるか」
グランツェ先生の病院には、髪がくるくるで、目の周りが黒く、
まつ毛が小指くらいの長さのある、棒のように細い体の……
「やあやあこんにちは!」
喋って動いているところを見ると人間がいた!
リーンの情報を疑った俺が悪かった。
これ、寝てたら魔物かどうか判断つかねーぞ。
「……こ、こんにちは……」
見ろよ、リーンなんて俺の後ろに隠れちまったじゃねーか。
「おや、怖がらせてしまったかな? すまない。
顔を見せておくれ、愛らしいお嬢さん」
そいつはささっと俺の横に回り込むと、どこからともなく一輪の薔薇をリーンに差し出した。
おい、その薔薇どっから出した!?
「先生……こいつ、何……?」
なんか俺、このくるくると会話できる気がしないんだが。
「彼女は、異世界から来られたそうです」
「うむ、そうなのだ。私はオスカル……ではなく……
あーちょっと、メイク落としを貸してもらえないかな?」
くるくるは小指まつ毛を引っ張りながら言った。
「メイク……?」
グランツェ先生が聞きなれない言葉に首を傾げる。
メイクっつーと、最近女たちが、化粧のことをメイクとかって言ってたような?
「ああ、化粧を落としたいんだ」
「なるほど。エメリア! ルリ!」
先生が二階に向かって声をかけると、娘のルリが降りてきた。
「あれ、ホセとリーンじゃん。ちーっす」
ルリは今日も眠そうな目をしてるっつーか、やる気なさそうっつーか。
「うす」
「こんにちは」
「何お父さん。お母さんはエプロンの紐が絡まって忙しいって」
奥さんのエメリアさんは不器用な人だ。
「それは大丈夫なのか?」
先生がメガネを曇らせる。
「エプロンの紐が太ももに絡まって、床に転がってた。
『見てルリちゃん、ハムみたい』って、紐がきつく絡まった自分の太もも見て言ってたから、精神的にはよゆーみたい。
でも、そんなわけだから、あたしも忙しいの。
で、お父さん、用事何?」
「こちらの方がお化粧を落としたいそうだ」
「わかった。こっちきて」
くるくるはルリに伴われ二階に上がっていった。
「んで、先生。あいつどうしたの?」
一息ついたという具合に眼鏡を拭いている先生に尋ねる。
「シュシュとディオが森を警備中に見つけてきたんだ。
意識はない状態で倒れていたらしくてね。
シュシュは魔物かと思ったらしいが、ディオがね……女性だと判断したらしい。
二人は警備の続きがあるからと、詰所で控えていたバトレイが運んできたんだよ」
ディオ……あの女好き、こんな場合でも鼻が利くのかよ……。
シュシュとディオはバトレイと同じく、自警団の団員だ。
「バトレイもね、報告の仕事があるということで、すぐに帰っていったよ。
それで、彼女の方だが、診たところ体に特に異常はなさそうだ。
さっき目が覚めてね、意識もしっかりしているようなので話を聞いたところ、どうやら異世界から来たらしいんだ」
「異世界……」
先生の言葉に、リーンが複雑そうな顔をする。
この世界では異世界人っていうのはそれほど珍しいものじゃない。
珍しいは珍しいんだけど、どういったらいいか……
「誰もが一生のうちに一度くらいは異世界人に出会うことがある」程度の珍しさだ。
異世界と言っても、全員が同じ異世界から来ているわけでもないらしく、語る文化や環境なんかも様々だ。
異世界で超魔法が使えていた人間がこの世界にやってきても、この世界ではその魔法は使えなかったりするらしく、異世界人の知識が文化や技術の発展につながることはあるが、異世界人の力でこの世界が危機に陥るようなことはない。
その技術の発展が良くない道具を生み出すことくらいはあるけれど。
結局のところ、この世界にとって異世界人の影響力っていうのはそれほど大きくない。
異世界人がいてもいなくても世界は滅亡しないし、異世界人の多さで各国の勢力が変わるわけでもない。
だから異世界人は、放置こそされないが手厚く保護されることもないのだ。
「バトレイが村長に報告すると言っていたからね、明日あたりには村長の方で王都への報告書を作るんじゃないかな」
異世界人が現れた場合、王都に報告が行く。
すると王都からの使者が異世界人のもとを訪れて、今後の簡単な説明をし、当面の生活費を渡してくれることになっている。
異世界人が王都に手続きにいくのではなく使者が来るのは、単に万が一異世界人が危険なやつだった場合を考え、そいつをみすみす王都に近づけないためだ。
使者の役割は、異世界人に特異な点がないかの簡単な調査とその他事務手続きで、何事もなければ半日もあれば終わるらしい。
使者が来るまでの異世界人の衣食住は、報告者(今回は村長)の方で手配することになっている。
使者による手続きが終わってしまえば、異世界人は良く言えば自由の身、悪く言えば放置となって、受け取った金があるうちに今後の身の振り方を考えなければならない。
「あの人は、今日は、グランツェ先生の所に泊まるの?」
おずおずとリーンが尋ねる。
「異世界人に興味はあるけれど、あのくるくるは人外っぽくて怖い」といった様子だ。
「体に異常はなさそうでしたし、村長の家になるんじゃないかな」
「そっか……」
がっかりしたという風でもなく、何か考えている様子のリーン。
「どうした?」
「ちょっと……お話ししてみたいな、と思って」
リーンは半年前までユズさんという婆さんと暮らしていた。
三年ほど前、リーンは隣町とこの村を繋ぐ街道に、記憶を失った状態で倒れていた。
隣町に商品の仕入に出かけた帰りに、俺が見つけて拾ってきたのだ。
記憶がないリーンを引き取ったのがユズさんだった。
ユズさんは高齢で半年前に亡くなったんだけど、そのユズさんが異世界人だったから、リーンは異世界人にユズさんの面影を求めているのかもしれない。
でもなあ……
あのくるくるにユズさんの面影は無理じゃねーの?
つか、「話したい」って話通じるのか、あれ。
「やあやあ待たせたな!」
階段を下りる音がして、さっぱりした顔つきの人間が現れた。
…………誰だこいつ。