春17日 ヴァニラ 大盛りは、量が三倍、辛さも三倍
ジャンが調子に乗っている。
ジャンは弟と二人暮らし。
だから毎日みたいにうちにご飯を食べに来るんだけど……
「はあ……モテる男はつらいぜ……」
昨日からこの調子。
どうやら例のレック草のメッセージを聞いて、自分のことを好きな人がいると、本気で思い込んだみたい。
おめでたいやつ。
レック草は、花の大きさによって、再生される音声の高さが変わってきたりするから、あたしの声だとは気付かなかったみたい。
あぶないあぶない。あたしがジャンのことを好きだとか思われなくて良かったわ。
「ふぅ……モテる男はつらいぜ……」
ジャンが前髪をかきあげる仕草をしている。変なの。
あんた短髪で、かきあげるほどの前髪もないじゃない。
店に来てから何回その台詞言ってるのよ。
てゆーか、
「ちょっと! 早くご飯食べてよね! 片付かないじゃない」
お兄ちゃんが作ったご飯がどんどん冷めていってるんだから。
「キャンキャン僻むなよ犬っころが」
はあ? はああー!?
「まあ、俺だけモテて焦る気持ちはわかるけどさ」
…………お皿片づけていいかな?
「それにしても『好きです……』ってすげー色っぽい声だったなあー。
どんな人だろ。
絶対グラマー美人だよな!」
どんな人って、私だけど。
絶対、グラマー、美人……?
視線を下に向ける。
うん……まあ……絶壁では、ないよね……。
とか確認してたら、ジャンが「へっ」と鼻で笑った。
「無理無理無駄無駄無胸無胸」
ちょっと! ねえちょっとっ!
あたしはどの暴言に反応すればいいのかな!?
でもえっと……えっと……。
「無理」より「無駄」より、この場であたしのために作られた言葉っぽい「無胸」が、一番ざっくりくる……。
あれ、なんか目の前滲んできた……。
「ジャン、これおれからサービスな。
例の彼女、辛い食べ物が好きらしくてさ、
いつか、お前と二人でこの料理を食べたいって言ってたよ」
お兄ちゃんが、ジャンに追加で料理を持ってきた。
いいのに、ジャンなんて注文した料理さえ碌に食べてないんだから。
「マジすか! いただくっす! ……ぐぼぉっ」
「残さず食ってけよな」
目を擦ってよく見てみたら、ジャンが食べてるのは、
二度とくんなっていう客に出す、激辛パスタだった。
しかも大盛。
お兄ちゃん、どうしたんだろ。
ジャンが騒がしいからかな? いつものことだけどなあ。
お兄ちゃん機嫌悪いのかもね。
あたしも怒らせない様に気をつけよっと。くわばらくわばら。
よし、ジャンはどうでもいい。
どうでもいい、けど……
ジャンに暴言吐かれたからとかじゃなくて、
ヒューさんに意識してもらえるように、
あたしは頑張らなきゃいけないよね!
ふふーん、でも大丈夫!
あたしには秘密兵器があるのです!
こないだ本屋に行ったとき見つけた雑誌!
『これで絶対うまくいく!恋愛パーフェクトガイド』!
これで絶対セクシー悪女になって、ジャンの度肝を抜いてやるんだから!
あ、違った!
ヒューさんとラブラブになるんだから!!