春15日 ミズキ 歓迎会という名の自己紹介大会
今日は歓迎会にお呼ばれした。
というか、私が歓迎会の主役だ。
王子っていうのはヒロインの相手役であって主役じゃない。
でも今日の歓迎会は私が主役!
主役なんて誕生日以来だ。
なんかドキドキするな!
お誕生日席に座らせられたりするんだろうか。
ちょっと舞い上がりすぎて、お立ち台とかがあれば上っちゃいそうなテンションである。
主役だからね! しょうがないよね!!
「だからって……こんな場所に座りたくはなかった……」
現在私は、でっかい雛壇の一番上に座っている。正座で。
下の段には、着物っぽい衣装を着た、女官や五人囃子っぽい人形も並べられているから、
うん、これ、雛壇で間違いないよね?
私の隣、お雛様もお内裏様もいないけど。
王子、ぼっちだけど。
二メートル下の地上では、リーンやホセをはじめ村の若者たちが、きゃっきゃうふふと華やいでる。
壇上の王子はぼっちだけど。
「ミズ……トノ! 飲み物足りてるか?」
甲斐甲斐しい男ホセが、私に飲み物の入ったグラスを持ってきた。
「殿」じゃない、「王子」だ。
「なあ……私はどうしてもこの場所に座ってないといけないのか?」
これ、本当に歓迎されてるのか?
どう考えても見世物扱いだし、いじめなんじゃ……。
あ、もしかしてこれが異世界流の洗礼ってやつなのか?
「ん? 気に入らないか? まあ急ごしらえで作ったからな。
たしかにちょっと作りが粗いかもしれねーな」
そういう問題じゃないんだけどな。
「ええとさ、なんで雛壇なんだ?」
「なんでって……お前がいた異世界の習慣に則ったつもりなんだが」
私はこんな、下の段に人形の女官を侍らして、独身貴族っぷりを誇示するような世界には住んでなかったぞ。
「お前、『ニホン』って国から来たんだろ?
仲間にさ、サトウっていう、ニホンマニアのやつがいるんだよ。
そいつが、主役はこの壇の上に乗っけて、『トノ』と呼ぶのがニホンの習慣だって言うからさ」
サトウ……? 佐藤か!
何してくれてんだ佐藤!
ていうか、私以外にも現役異世界人いたのか!
佐藤とかいうやつ、きっとこの会場のどこかで、この状況に笑いを堪えてるに違いない。
どこだ、黒髪黒目腹黒の佐藤!
この異世界で、黒髪黒目は結構珍しいからすぐわかるんだからな!
「サトウならあいつだぞ」
地上に目を走らせていると、ホセがある人物を指さした。
金髪縦ロールのいかにもお嬢様といった女の子のそばに、
全身黒ずくめの人物が立っている。
あー……あれは……マニアですわ。
真っ黒な忍者服を着て、でも、背中にでっかく白い文字で「ハラキリ!」って書いてある。
結論、佐藤は日本人じゃない。
そんな佐藤はこちらの視線に気づいたのか、明るい色の瞳をさらに煌めかせつつ、サムズアップを寄こしてきた。
「ではではお待ちかね! ラスシャ村青年団による、『チキチキ☆第一回大自己紹介大会!』」
どんどんぱふーと盛り上がる地上。
いまだに王子は壇上で独身貴族中。
ぼっちじゃないんだ……独身を楽しんでるだけなんだ……くそぅ。
『第一回』かあ、二回目あるのかなあ。
「見事トノのハートを射止めた自己紹介には、トノから褒美が与えられます!」
え? 何それ聞いてないけど?
ていうか私『殿』じゃないし、『王子』だし。
王子だから褒美とか関係ないよね? ね?
「司会はアタシ、自警団副団長のシュシュ・ラシュシュと!」
「女の子の情報ならオレにお任せ!
自警団員ディオ・ルルーフィアでお送りします!」
司会は自警団の二人らしい。
たしか森で倒れてる私を見つけて、運んでくれたのがこの二人だったかな。
いや、見つけたのはこの二人だけど、運んでくれたのは別の人だったっけ?
シュシュさんの方は、ポニーテールで溌剌とした雰囲気の女性だ。
23歳くらいかな。
ディオさんの方は、明るめの茶髪をちょっと長めに伸ばしていてチャラい印象。
うん、21歳だな。
見た目でその人の年齢を当てるのは、衣装作り以外にある私の数少ない特技だったりする。
ちなみにリーンは17歳くらい。ホセは私と同じ18歳くらいだ。
それにしても自警団か。
この世界はモンスターとか出るみたいだし、そういうのから村を守ってるのかな。
二人とも筋肉ムッキムキの戦闘民族って感じじゃなくて結構細いけど、戦えるのかな。
「じゃあこの流れで、バトレイとアンシー、自己紹介いってみようか」
シュシュさんの仕切りで、二人の人物が雛壇の前にやってきた。
「バトレイ。斧使いだ。よろしく」
こちらは筋肉ムキムキの大男。23歳、かな。
やたら体格がいいせいか、ちょっと老けて見えるけど、たぶん23歳だ。
そうだ、たしかこの人が私をお医者さんまで運んでくれたんだ。
続いて、筋肉の隣に立つスレンダーな女性が口を開く。
21歳と見た。
「わたしはアンシー。弓使い。お芝居とか、結構好き……です」
「え! そうなんだ!?」
ディオさんが驚いてるけど「女の子の情報ならお任せ!」じゃなかったのか?
弓使いで演劇好きかあ。
うちの演劇部にも、弓道部と兼部してる子が何人かいた。
なんかそういうものなのかもしれないね。
「今の二人も自警団よ! それじゃあ次は、食堂兄妹いってみようか!」
バトレイさんとアンシーさんが後ろに下がって、代わりに華やかな見た目の男女が前に出た。
片方はこのあいだ一緒に町に行ったヴァニラちゃんだね。
「ここ『ロヴァ亭』の店長兼料理人のロバートです。
うちは宿屋もやってるんだけど、リーンちゃんのところに泊まってるなら関係ないかな。
夜はお酒も飲めるし、結構人が集まってわいわいしてるから、気が向いたらおいで」
未成年に酒を勧める店長さんは22歳くらい。
若いのに店長かあ、大変だなあ。
金髪碧眼でスラリとしたスタイル、穏やかな物腰。
王子、ライバル出現か!?
「えーっと……すでに自己紹介済みだけど改めまして、ヴァニラです!
ウェイトレスとかお掃除とかやってます。
うちは毎週日曜日の午後はカフェもやってるから、女子会やデートに是非利用してね!」
この兄妹、自己紹介というより店の宣伝してるような。
ちゃっかりしてるのかもしれない。
ヴァニラちゃんもお兄さんと同じで金髪碧眼。
ストレートの髪を背中まで伸ばしている。
かなり背が小さいけど顔つきからすると16歳かな。
「次行ってみよー!
次はイケメンに次ぐイケメンってことで、鍛冶屋いってみようかな!
あ、アタシの好みじゃないけどね!」
と言われて、周囲の人に押し出されつつ出てきたのは、銀髪に浅黒い肌の男の人。
ロバートさんと同じ、22歳ぐらいかな。
切れ長の目の凛々しい感じの人だね。
「えっと……俺でいいのか……?」
「あんた以外、ここに鍛冶屋いないでしょーが」
「いやでも……」
何やら戸惑ってる模様。
「めんどくさいなー。双子来てたよね?
兄ちゃんの分もまとめて自己紹介しちゃって」
シュシュさんに促されてぴょこっと12歳くらいの女の子が現れ、鍛冶屋さんの横に立つ。
「アッシュはやくー!」
女の子に呼ばれて、渋々と言う感じで同い年くらいの男の子もやってきた。
二人ともやや青みがかった銀髪をしている。
双子かあ、ロマンだなあ。
「クーはクーリエですっ。ヒュー兄の妹ですっ。
ヒュー兄は鍛冶職人なのです。
おじいちゃんに鍛冶を教わってるの。
それで、こっちはアッシュ。クーの双子なのですっ」
「どうも」
クーリエちゃんが一人で三人紹介してくれた。
アッシュくんは短い挨拶のみ。
ヒューさんは何も言わないなぁ。
まあ、人前に出るのに慣れてないのかな?
べつに嫌な感じじゃないからいいけど。
と思ってたら、去り際に一言、
「ラスシャ村にようこそ。よろしくな」
と言ってくれた。
おお、ちゃんと挨拶できるんじゃん。
何に戸惑ってたんだろ。
「次誰いこうかなー」
と、シュシュさんが会場をキョロキョロ。
「ルリちゃんどうぞ、そろそろ眠いでしょ」
久々にディオさんが口を開く。
シュシュさんが一人で司会を進めてたけど、ディオさんも司会を放棄してたわけじゃなかったんだね。
ルリちゃんは、ヴァニラちゃんと一緒で、あの時一緒に町に行った子だね。
異世界初日にメイク落としも貸してもらったっけ。
どじっこのお母さんとうっかり者のお父さんを親にもつ、必要に迫られたしっかり者だって、自分で話してたっけ。
ルリちゃんは、名前通りの瑠璃色の髪をボブカットにしている。
ヴァニラちゃんと同い年の16歳だと思うな。
ルリちゃんは眠そうに目をこすりながら雛壇の前にやってきた。
「ルリよ。あらためてよろしくね。
怪我や病気で診療所に来るときは、お父さんとお母さんに気をつけて。
危ないから」
村唯一のお医者さんと看護師さんが危険人物とは、この村とってもデンジャラスだね。
「じゃ、あたしこれで帰る」
ルリちゃんはヴァニラちゃんと一言二言交わして、店の出口に向かっていった。
こんな夜に一人で帰るとか、異世界は治安いいんだろうか。
モンスターは出るけど不審者は出ないとか、そういうことか?
とか考えてたら、シュシュさんに後の司会を任せてディオさんが追いかけていった。
うーん……中高と女子校だったから、よく知らないんだけど、
ホセといいディオさんといい、男の人って結構気の回る人多いのかな。
クラスの子たちは「男子なんてサルよ! 野蛮よ! 下品よ! 下劣よ!」
って言ってたから……まあまるっきり信じてたわけじゃないけどさ、
でも、私が演じるようなフェミニストな男は幻想だと思ってたんだよね。
いや……でも最近、私が想像する男子にぴったり当てはまる人物に会ったな。
今日ここには来てないみたいだけど、ジャンってやつはいかにも男子っぽかった。
などなど考えていたら、次の人の自己紹介が始まっていた。
「こんばんは、僕はノエル。
この村で教師をしているんだ」
榛色の髪の25歳くらいの男の人だ。
……ていうか、レック草の人だね。
その節は大変ご迷惑をおかけしました。
「僕は、その……ミズキさんは幼女だとうかがっていたんだけど……」
どっから出たその情報。
「いや、そんな顔しないでくれ……!
僕は別に、きみが幼女じゃないことを責めているわけじゃないんだ」
何を勘違いしてるかしらないが、私は「自分が幼女だったら!」などとはひとつも思ってないからな?
「ただ、たとえ幼女じゃなくても、ぜひきみには僕のところに勉強を習いに来てほしいんだ」
えー……、せっかく異世界に来て受験勉強とおさらばひゃっほいと思ってたのに、勉強しに行くとか嫌なんだけど。
ていうか、幼女趣味の青年のところに勉強習いに行くとか、心底嫌なんだけど。
「心配しなくてもいい。
昔はシュシュもアンシーも僕のところに通っていたし、最近だとルリやヴァニラも通ってたんだ」
それ全部、みんなが幼女だった時なんじゃないのか……?
ん? あれ? ちょっとおかしいな。
ノエル(すでに『さん』付けする気はない)は25歳くらいで、シュシュさんは23歳くらい。
同年代なのに勉強を習いに行ってたってことになる。
うーん、もしかして、私の年齢鑑定眼がくもったのか……?
「あの、失礼ですが、お歳はおいくつですか?」
初対面の人に年齢を聞くなんて失礼な気もするけど、相手も相当失礼な言動してるからいいよね。ね。
「いくつだったかなあ。たぶん生まれて80年くらいは経ったと思うけれど」
80歳以上!? すごい若作りな爺様だ!
とか思ってたら、ふよりとリーンが浮かんできて、耳打ちしてくれた。
曰く、この世界の人の寿命は、めちゃ長いそうだ。
私の世界で言うところの10代後半から20代前半くらいまではすくすく成長するけれど、その後は非常にゆっくりと老化していくらしい。
成長の早さも個人差があれば、老化の早さも個人差があり、どれくらいの見た目年齢まですくすく成長するかというのも個人差があるため、あまり年齢という概念自体が、この世界にはないそうだ。
てことは、ノエルが成人してる時にシュシュさんが幼女だった時代がある可能性も十二分にあるわけか……。
「どうだろう、僕のところに来てくれないか?」
ノエルが熱を持った目でこちらを見つめてくる。
どうしよう。単純に勉強を教えてくれるだけなんだろうけど、だけかもしれないけど、だけだと思っていたけど、
なんかその言い回しと眼差しから、手取り足取りほにゃららでレッスンされそうな気がしてくる。
「大切にするよ……」とかいう幻聴まで聴こえてきた。
幻聴だよね? ね?
「かっ勘違いしないでよね!
ノエル先生はただ、異世界からやってきて、字の読み書きもできないお馬鹿さんに、勉強を教えてあげようと思ってるだけで、あ、あなたになんて興味ないんだからっ!」
誰だ!? このテンプレツンデレな台詞を吐くやつは!
あ、テンプレとツンデレってちょっと似てるね。
ンとレが一緒なだけだけど。
雛壇の前にツカツカと進み出たのは、さっきサトウのそばにいた縦ロールのお嬢様。
縦ロールはドリルじゃなくてコロネのタイプ。
金髪縦ロールの方かあ。
私は、ツンデレは金髪ツインテ型の方が好きなんだけどなあ。
「マリー、喧嘩はダメだよ」
「ごっごめんなさい、ノエル先生」
そんなツンデレ縦ロールは、ノエルにたしなめられて、しょぼんと……いや、なんかちょっと嬉しそうだね。
怒られて喜ぶとか、Mなのかな。
ドM金髪縦ロールツンデレお嬢様。
ちょっと盛りすぎだね。
正確な年齢には意味はないらしいし、推測もできないけど、外見は21歳ってとこかな。
「あたくしはマリエッタ。
突然別世界に来て心細いでしょうし?
と、特別にマ、マリーと呼んでも構いませんわ!」
あ、これツンデレ違う。
最初っからデレッデレだ。
ツンツンしたいデレデレお嬢様。
あれ、略すとやっぱりツンデレなのか?
「マリーは村長の娘よ! でも特に権力とかないから
適当に構ってあげればいいわ!」
と、シュシュさんの捕捉。やっぱそういう扱いなのね。
「次サトウ!」
「シュタッ!!」
シュシュさんに呼ばれて、件の日本マニア、佐藤が現れた。
「シュタッ」とか口で言ってるだけで、 普通に歩いてきました。
「アイムサトー! NOTサムライ !NINJAでゴザル!」
うん、きみが侍じゃないことは、よくわかってるよ。
でもね、きみ、忍者でもないから。
ただのマニアだから。
しかもこいつ声でかい。テンション高い。全然忍べなさそう。
サトウは「ニンニン」言いながら、懐から毛糸紐を取り出した。
で、それであやとりし始めた。
「忍法! TOKYOタワー!!」
おぉ……! すごい! すごい、けど……
それは忍法じゃない!!
「サトウくんはとても優秀なんだよ。
普通の読み書き、計算以外にも、高等算術やいくつかの外国語、異世界語もある程度習得してるんだ」
忍法という名のあやとりに夢中な佐藤に変わり、ノエルが紹介してくれる。
「忍法のなせるワザでござる」
絶対違う。
でも、うーん……こんな頭のネジが外れてそうなやつがそんなに勉強できるとは……。
私はというと、学校での成績は……まあ置いておくとして!
この世界の文字は読めるけど、書けない。
言葉はわかるし、話せるけどね。これが異世界者補正ってやつなのかな。
これから先この世界で暮らしていくのに、字が書けないのは困るよなぁ。
うーん……ノエルのところに習いに行ってみるかなあ。
「サトウはうちの使用人なのよ。
時々屋根裏に潜んでたり、池に沈んでたりして、見つからないことがあるから、
そういう時は、あたくしに言ってくれればいいわ。呼び出すから」
おい使用人。主の手を煩わすなよ。
ちなみにサトウの外見年齢は、覆面のせいでよくわからなかった。
「それじゃ、次はー……うん、なんかめんどくさくなってきた!
これにて自己紹介大会は終了!
あとは若い二人でごゆっくりとどうぞ!」
どうやらシュシュさんが飽きたらしく、突然自己紹介大会は終了した。
殿の褒美とやらもうやむやになったみたいで良かったけど。
ところでそろそろ、地上に降りてもいいでしょうか……?
ここ、「若い二人」どころか、ぼっちなんで。