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春15日 ロバート 花の日悲喜こもごも

「春とはいえまだまだ寒いよね……」


店のテーブルを拭いていたはずの妹のヴァニラが、そのままテーブルに突っ伏してぼやいている。

昨日の花の日、妹は撃沈した。

「相手が悪かったな」

ヴァニラの想い人はヒューだ。

雪の日のクーリエちゃんのガードをかいくぐり、なんとかヒューにチョコレートと渡すことには成功したんだけどね。

その時はクーリエちゃんのディフェンスを崩すのに、おれもちょっと協力した。

報酬は風呂掃除五回分。


それにしても……

「……っ」

「もー! またお兄ちゃん笑ってる! 酷い!」


昨日のヴァニラは面白かった。

朝からそわそわ。十五分に一回は店の外に出てみたりして。

ヒューが店に来た時は、「おっお茶です!」って言いながらソース出してたし。

ヒューが目で「これは飲めるのか?」と聞いてきたから、とりあえず力強く頷いておいた。

無言のやり取りだから、意思疎通がうまくいかずに大参事が起きてもセーフセーフ。

で、ヒューはというと、ソースを一口すすった後、無言で手入れを頼んでいた包丁を返して、戻っていった。

手入れの代金も受け取らずに。


ヒューが花の日を認識してるはずないんだよね。

鍛冶と家族の幸せにしか興味がないような男だからさ。


「もーっ、仕事! 仕事するよ!」

「ハイハイ」

仕事サボってたのはお前だけどね。

「『はい』は一回!」

「ハイハイ」


今日は異世界から来たミズキって子の歓迎会が開かれる。

会場はうちの店。

参加者は、この村で彼女とある程度年の近そうな人。

ホセとリーンで声をかけて回ったらしい。


「ちゃーっす。ミカワヤでーっす」

裏口の方から声がして、ジャンが顔を出した。

この「ミカワヤです」っていうのは、裏口から声をかける時のマナーとして、昔に異世界人が広めたらしい。

「鹿肉持って来たっす。刺身用で良かったすよね」

ジャンは猟師だ。

「ああ、下処理までしてくれたんだ? さんきゅーな」

鹿は骨がくさいからな。

捌いてくれたなら助かる。

「ジャンは今日の歓迎会には来るのか?」

「いや、俺は異世界人の女とか興味ないんで。

 ていうか、女に興味ないんで」

ふーん。そういう(女に興味ないアピールしたい)年頃か。

「嘘ばっかり。そいつ、金欠なだけだよ。

 花の日用のお返し、すっごくたくさん用意してたもん。

 雪の日より前にね! とらたぬ! がおー!」

『とらたぬ』というのは『捕らぬ狸の皮算用』の略で、虎は関係ない。

だから『がおー!』は意味不明だ。

ふーん。もらう見込みで用意したのか。

花の日にお返しの出番があったかどうかは聞かないでおこう。

「ばっ、ちげーよ!!確かに金欠だけどな!

 パンチラくじ売り出そうと思って、印刷屋にくじの印刷頼んだのに、パンチラしなくなったからくじが売れねーんだよ!」

「は? 何それ……パ……?」

ヴァニラがどん引きしている。

ジャンは構わずわめいてるし。

「いっそパンモロしろっつーんだよ! なあロバさん!」

おれに振るのはやめてほしいな。

あと、裏口とはいえ店の前で、下着に関する単語を大声で連呼しないでほしいな。

仕方ない……

「そういえばおれ、ある人に伝言頼まれてるんだよ。ジャンに伝えてくれって」

「だいたいスカートが長すぎるんすよ!

 春なんすよ!?

 あと春風も気合がたんねーんすよ!」

聞く気ないなあこいつ。

「女の子からなんだけど」

「なんすか?」

途端、自称女に興味のないジャンの背がシュッとなる。

「森の泉のそばの一本杉のところに来て下さいってさ」

「一本杉! 了解っす! 伝言ありがとうございますっす! 御代はいらないっす」

自称女に興味のないジャンは、全速力で森に向かって駆けていった。

よし、鹿代浮いたな。

「ねえ、お兄ちゃん」

となりでヴァニラが引き攣った笑顔をしている。

妹が言うところのスマイナッスル100状態だ。

「なんで知ってるの?」

「何が?」

「あたしがそこにレック草植えたこと、なんで知ってるのー!!」


昨日のヴァニラは面白かった。

ヒューが帰った後、店にノエルがやってきた。

「ホセに聞いたんだけど、花の積み込み手伝ってくれたんだって?

 余りもので悪いけど、はい、お礼だよ」

と、ヴァニラにレック草を渡していった。

きれいに花開いたレック草は、窓から入った風に吹かれて愛の言葉を囁いた。

それは、レック草の状態確認を兼ねて、ヴァニラが遊び半分興味半分、でもそこにある気持ちは本物で記録した言葉だったらしい。

ヴァニラはレック草の鉢を抱えたまま奇声を発して店を飛び出していき、数時間後、やつれた顔で戻ってきた時には、鉢を持っていなかった。


「ねえ! ねえ! どうして知ってるの!?」

「風の噂、かな」


今朝、ヒューに包丁の手入れの代金を払いに行った。

そしたらヒューが、

「朝さ……泉のそばの杉の木わかるか? そこまで散歩にいったんだ。

 そしたら、『好きです』って声が聞こえてさ。

 誰もいなくて、調べてみたら赤い花から時々その声が聞こえてくるみたいだったんだが。

 なんだろうな……自分に言われてるわけでもないのに、なんだかドキドキしたよ」

と、照れたように笑った。


妹の気持ちは回りまわって相手に届いた。

そういうわけで、レック草は十二分に役目をはたしたのだから、あとはまあ、ジャンの餌として使ってもいいだろう。


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