春14日 アシュレイ 面倒くさいあれやこれ
花の日とか正直面倒くさい。
雪の日よりはマシだけど。
雪の日は、花の日より面倒くさくて、うざくて、最悪の日だ。
ボクはオマケだって、散々言われる、そんな日。
兄貴が工房に引きこもって出てこないせいで、「お兄さんに渡してね」って、女の人に菓子や小包を渡される。
それだけならまだしも「きみにもあげるね」って、ついでみたいにボクの分の菓子を押し付けられる。
「いらない」って言うと「遠慮しなくていいのに」だの「照れちゃって可愛い」だの。
駄賃のつもりなら、もっとボクが欲しがるものをくれればいいのに。
あんな、ついでみたいに渡される菓子を、ボクが欲しがるとでも思ってるんだろうか。
馬鹿にしてるとしか思えない。
クーだってそうだ。
雪の日の前は大騒動で、兄貴に贈る菓子を作る。
ボクにもくれるけど、兄貴に作った分の残りだ。
「じゃあボク、ノエルのところ行くから。炉に近づいたりすんなよ」
今日もまたクーの面倒を見ることになってしまったけど、ボクだって暇じゃない。
ボクは勉強して都に行くんだ。
クーのために、数年前にボクたち家族はじいちゃんの住む田舎に引っ越してきた。
クーは体が弱いから、都より田舎の環境の方が体にいいんだって。
兄貴は都の高等学校に行けるくらいに頭が良かったのに、この村でじいちゃんに弟子入りして鍛冶職人を目指すことになった。
そりゃボクだって、クーが元気な方がいい。
でも、この何もない田舎で、兄貴のオマケみたいに生きていくのは嫌だ。
だから、絶対ボクは、都に行くんだ。
「クーもいきますっ」
クーが「はい! はい!」と手を上げる。
どこに? 王都?
ああ、違う、ノエルのところか。
「遊びに行くんじゃないんだぞ。勉強。おまえ勉強キライだろ」
クーなんて、六以上の数は「たくさん」としか言えないし、いまだに分数の割り算ができないのに。
「きらい……でも、アッシュだけ賢くなるなんてダメだもん」
「すでに僕の方が勉強できるだろ」
まあ、クーはクーで、野生の感とか、本能とか、感性とか、なんかそういう感覚的な部分が優れているから、トータルしてボクの方が優秀だとは思わないけど。
でも単純な勉強ならボクの方が上だ。
「でもダメですっ」
「なんでだよ」
めんどくさいなー、もう。
体弱いくせに、クーは足速いし力も強いから、振り切れなくて厄介。
「だって……アッシュだけ賢くなったら、アッシュは一人で都に行っちゃうのです……」
「それは……そうだけど……」
ボク、クーに都に行きたいって言ったことあったっけ?
家族にも誰にも言ってないはずだ。
でもクーは勘がいいからな。
「アッシュが行くなら、クーもっ、クーも行きますっ」
「都に?」
ノエルのところじゃなくて?
クーはぐっと肯く。
「兄貴も母さんも都には行かないんだぞ」
まあ、二人はクーに甘いから、クーが都に行くと言ったら、付いてくるかもしれないけれど。
ちなみにボクたちに父親はいない。
ボクとクーが生まれてすぐに蒸発したらしい。
「……それでも……それでも、アッシュが行くなら、クーもいきますっ」
「……なんでだよ」
都に行ってまでクーの面倒見るなんて、正直面倒くさいんだけど。
クーなんか、母さんと、大好きな兄貴のいる場所にいればいーじゃん。
「なんでって……なんで?」
きょとんとした顔されても困る。面倒くさい。
クーの頭の中なんて、ボクにわかるわけねーじゃん。
「…………」
ボクが黙ってると、
「よくわかんない。あっノエルならわかるかもです! いこっ」
クーはぱっと顔を輝かせて、ボクの手をがっしりつかんだ。
「ちょっ、つかむな! そして走るなー!」
クーは「お勉強するですー!」と言って走り出した。
また喘息起こすぞ、こいつ。
途中、道に置かれたレック草が、何やら芝居がかった愛の台詞を発していた。
そのバカみたいな言葉に、陽気な春の日差しに、繋がれた手の暖かさに、
「まあいいか」
捕まれたクーの手を握り返す。
「なにか言ったー?」
「『走ると喘息おこすぞ』って」
いろいろと、面倒くさいけど。
でもまあそれも、悪くないかもね。