春14日 ディオ 花の人自警団
春、モテる男の懐は寒い。
「冬も寒いって言ってたよね。まったくディオは軟弱だなー」
自警団副団長のシュシュがケラケラと笑う。
「筋肉だ! 筋肉が足りないからだ!
俺にはウキョウとサキョウがいるからな。
いつも懐はあったかいぞ」
バトレイは相変わらず筋肉。
「懐の筋肉なだけにね! ほら! ぬっくぬく」
シュシュがバトレイの大胸筋にダイブする。
この筋肉バカップルめ。
「オレが寒がってるのは財布だよ!」
雪の日にたくさんチョコもらったからさあ、お返しの数が多いんだよね。
イヤじゃないけど。
「でも、冬も懐が寒いって言ってた」
あ、はい、アンシーさんすみません。
「てわけで、はい、二人に花の日のプレゼント」
シュシュとアンシーに花の日の菓子を渡す。
「さんきゅ」
「ありがと」
あっさり。
まあ日頃の感謝を込めてってだけで、恋愛的な意味はないから、
あっさりしてて当然なんだけど、でもなんか面白くないな。
もうちょっとときめきが欲しい。
この二人にときめきを求めないといけないほど不自由もしてないけどさ。
「ディオ、お前……」
何故かバトレイにがっしり肩を掴まれた。
ちょっ顔近いよ!
「バトレイの分はないよ!?」
オレべつに男にまで菓子を配りまくるような趣味はないもん。
だがしかし、迫りくるバトレイの顔!
いかつい!
「あれは……」
そのままキスされるのかと身構えたが、そんなことはなく(よかった)、バトレイが唸るような声で言った。
「あれは、義理だろうな」
あれってどれ!? あっ、シュシュに渡した菓子か!
「義理義理! 義理だよ!」
「ギリギリ、義理……? つまりあと一歩で本命……だと……!?」
ちょっ痛っ痛い! 肩! 肩ミシミシ言ってるから!
「違う! 義理! ていうかただの日頃のお礼!」
「そうか。いや、わかっていたぞ」
ふっと微笑しながらバトレイがオレから離れる。
嘘だ! と思うけれど、せっかく解放してもらえたので余計なことは言わないでおこう。
ああドキドキした。
オレが欲しいのはトキメキであって、こういうドキドキじゃないんだけどな。
シュシュとアンシーは、オレが渡した菓子をさっそく開封して齧っている。
バトレイに迫られている俺を助けてくれない二人に、感謝の贈り物をする必要なんてあったんだろうか……。
「ディオ! このお菓子おいしーよ! ねっアンシー!」
「そうだね」
ま、いーか。
「そういえば、ノエルから花もらったんだよ。レック草」
「へー珍しいな。ていうか、シュシュはまだノエルに雪の日に何かあげてるんだ?」
「あれでも一応恩師だからね」
シュシュ以外にも、マリーもノエルに毎年渡してるらしいし、教師ってモテるんだろうか。
いや、モテるとはちょっと違うか。
一瞬羨ましい気がしたけど、気のせいだな。
義理や感謝の贈り物数十個にお返しするとか、オレの懐事情じゃ無理だ。
「レック草ってさ、風が吹くとメッセージが流れるんでしょ?
楽しみだなー。なんて言われるんだろ。
早く風吹かないかなー」
「吹かないと思うよ」
ここ室内だし。
ここは自警団員の待機所だ。
「扇子で風おこしたら?
それか、風じゃなくても、息を吹きかけても鳴るんじゃない?」
と、アンシーの案。
アンシーにはロマンというものはないんだろうか。
「そっか! じゃあバトレイはいっ。フーッして」
「任せろ」
そしてバトレイは準備運動を始めた。
軽く屈伸、腕を回して、数回深呼吸。
「よし、いくぞ」
フォオオォォ……という音とともに吸い込まれていく空気。
そして膨らむバトレイの胸!
え、ちょ、これ藁葺の小屋を吹き飛ばすくらい威力出そうなんだけど?
花散るんじゃないの!?
「ストップ! あのね、バトレイ。もうちょっと可愛く吹いてよ」
「す、すまん」
シュシュの静止が入ってバトレイは萎み、オレの心配は杞憂に終わった。
「はい、フーして」
「ふ、ふー……」
バトレイが巨体を屈めてレック草にそっと息を吹きかける。
似合わない。
さっきの小屋を吹き飛ばす姿の方がよほどしっくりきた。
まあでもこれで、無事に花弁がそよりと揺れて……
「『んあぁっ!きみを思うと私は今日も、一人眠れないだろう!』」
いやに艶っぽい音声がレック草から発せられ、
怒りで再び膨れ上がったバトレイが、
ノエルを殴りに飛び出していったのだった。