夏30日 ホセ そうして続く、俺たちの日常
俺とミズキの一芸披露はディオが参入したことによりだれがヒロインをやるかで揉めに揉め、結局三人揃ってヒラヒラしたドレスを着て舞台にあがるという馬鹿みてーなこととなった。
ミズキはともかく、俺とディオが着れるサイズのドレスなんてねーだろと思ったが、騒ぎを聞きつけたシュシュが嬉々としてどこからか持ってきやがった。
ドレスだけじゃなくてカツラも。こんなもん村長にくれてやれ。
準備の途中で俺たち三人は正気に戻って「ヒロイン役を押し付け合ってる場合じゃない。何とか女装を回避するべきだ」っつーことに気付いたんだが、時すでに遅し。
シュシュによって抜け出せない包囲網がしかれていた。
「いやー、嬉しくないチラリズムだったわ」
「魅せるならもう少し筋肉をつけたほうがいいぞ」
「気持ち悪かったね。ミズキさん以外」
そんな感じで、シュシュたちの全面協力というより全面強制のもと舞台にあがったっつーのに、結果この言われようだ。
ドレスで剣を振り回したことなんてねーから、つーか、ドレスなんて着たことねーから、動きにくくてスカートやら胸元やら破っちまうし、客席の爺たちからは毛が生えた足が見えたみてーで「毛は剃らんばじぇー!」とか野次が飛んでくるし、婆さんたちからは黄色い悲鳴が飛んでくるし、舞台から降りればシュシュたちからこの言われようだし、まったく散々だ。
明日はぜってー女装しねーぞ。
「王子が女装なんて穴があったら入りたい、奈落以外で……」
「お前は女装じゃねーだろ」
ミズキはいまだにドレスを着たショックから立ち直れねーらしいが、そもそも女なんだから女装じゃねーだろ。
まあ、劇をする上では王子役に拘りがあるみてーだから、ヒロイン役をやらせようとしたのは悪かったけどよ。
それでもやっぱり女だからか、ドレス着て剣振り回しても、ミズキは服を破いたり裾踏んづけたりはしなかったんだよな。
「ミズキちゃん可愛かったよ?」
落ち込むミズキにリーンが声をかける。
嫌がるミズキに反し、たしかに結構似合ってたんだけど、本人はそう言われるのを望んでねーだろうから言ってやるな。
「うおぉお……ぎぎぎ……」
ほらな、ミズキが羞恥のあまり頭を抱えて変な音を出し始めやがった。
その様子にリーンが困って、近くにいた俺を見た。
「ん……ホセくんも、可愛かった、よ?」
そう言ってちょっと首を傾げたリーンの目には、ミズキに言った時と違って憐憫の色が浮かんでいる。
フォローのつもりなんだろうが、マジ、俺もそう言われるのは望んでねーから、言ってくれるな。
リーンの側にいるとさらに傷を抉ってきそうな気がするのでその場を離れると、マリーが自警団員に囲まれていじられているディオを遠巻きに見つめているのを発見した。
「うーん……」
「どうした? こんなとこで唸って」
自警団で集まっているとはいえ、アンシーもいるんだし近くに行けばいいじゃねーか。
「ディオを見ているとなにかしら……。
なんだか忌まわしい記憶が蘇りそうな気がして……。
鏡……夕日……うっ」
「おい!?」
何かを思い出しかけたマリーに、いつからいたのか背後に立っていたサトウが手刀を食らわせて気絶させた。
「案ずるな。峰打ちでゴザル」
手刀に刃があったらこえーよ。
「護衛対象を気絶させて何してんだ?」
「あの日の記憶を思い出させないようにするのも、任務のうちでゴザル」
サトウが言うには、マリーは春に恐ろしい体験をして、それ以降そのことを思い出すだけで気絶をするようになったため、村長の指示でサトウが催眠術をかけてその記憶を封印したそうだ。そして、マリーが何かのきっかけで記憶を取り戻しそうになった時は、気絶させてそれを防いでいるらしい。
催眠術ってマジであんのか。
いや、それよりこの話、なんかおかしくねーか?
気絶させないために気絶させてるような気がするんだが。
「そろそろ引っこ抜かないとね」
宴もたけなわ。
有志による一芸披露はとっくの昔に終わり、青年団以外の村人は家に帰って、爺婆どもにいたってはベッドに入っている頃、シュシュが不穏なオーラをまとって立ち上がった。
村長の髪が生えて二週間。
魔法で生やしたせいか村長が使っている育毛剤の効果か、一本毛はすくすくと伸び、すでに親指程度の長さに育っている。
抜き頃ってやつだ。
「今日は、射的を用意したわよ! 名付けて!
ラスシャ村青年団による『あのコを射止めるのは誰だ!? 第一回射的大会!』」
帰ろうとしていたルリの肩を強引に抱いて、シュシュが宣言する。
シュシュが酒臭いせいか帰るのを妨害されたせいか、ルリは顔をしかめた。
シュシュは若人の日なんかに大会と称してよくミニゲームを用意してくるけど、第一回っつーところからもわかるように、射的は初めてだ。
「舞台を作るついでに、射的台も作らさせたのよねー」
ルリを解放してヴァニラに押しやり、シュシュは「じゃじゃーん」と会場の隅に置いてあった白い布がかかった物体から、布をはぎ取った。
布の下には、祭の射的屋で見るような木でできた棚が収まっていた。
棚には景品らしい品が整列している。
「そこのテーブルのところから、この景品たちに向かって撃ってもらうわ。
玩具の銃だけど精度はそこそこのはずよ。
この景品の中にひとつ、『村長の髪を引っこ抜権』が置いてあるわ。
ひっこぬけんを手に入れた人は必ず、五日のうちにどんな手を使ってでも引っこ抜いてくること!」
今回は罰ゲームとして村長の髪を抜き取るのであって、その方法は罰ゲームをする奴がセルフで考えることになるみてーだ。
「てことは、どれがひっこぬけん? かは景品を手に入れてみるまでわからないってこと?」
みんなが疑問に思うところを、ディオが代表して質問する。
「のーん。ひっこぬけんは、このタバコの箱に入ってます」
シュシュは台の中央に置かれた、何の変哲もないタバコの箱を指さした。
「それなんだ……。えーと……でもそれを知ってたんじゃ、だれもその景品狙わないんじゃない?」
ディオの指摘に、シュシュは不敵な顔で笑った。
「ふふん、そうね。たしかに好き好んで罰ゲームを狙い打とうなんてやつはいないわよね。
でもね……ひっこぬけんの隣を見なさい!」
シュシュが自信満々に指さすタバコの箱の両隣りには、何やら目録が置いてあった。
「この目録はね……、左は森向こうの村の温泉宿ペアご招待券。
そしてこの温泉、なんと混浴有りよ!
彼女の裸を他の野郎に見せたくない人も安心の貸切風呂有!」
温泉の二文字に女どもが、混浴の二文字に野郎どもが色めき立つ。
「そして右側は、プラフィーのネックレスの目録よ!
おおっと、野郎たち! ここでテンションを下げるのは間違ってるわ!
これをプレゼントすれば彼女からの評価はうなぎ上り!
彼女がいない寂しいやつも、ペアの子にプレゼントすれば彼女になってもらえるかも!?」
今度は確実に一部の女どもの目が光った。
プラフィーっつーのは、そんなに高い方じゃねーけど有名なアクセサリーブランドだ。ヴァニラの話だと値段の手頃さとデザイン性で若い女に人気なんだとか。高い方じゃねえと言っても、普通の奴の半月分の稼ぎ程度の値段はする贅沢品だ。
それにしてもこの配置、この二つの目玉商品を狙おうとすれば外した時は村長の髪を引っこ抜かなきゃならない可能性が高まるわけか。
「あ、それからもう一個。
ひっこぬけんは真ん中のタバコの箱だけど、目玉商品とひっこぬけん以外に、
村長に毛生え薬を塗りに行く権利もどれかの景品にひっついてるから。
これは当たってみてのお楽しみ。
村長の髪が引っこ抜かれたら、二日以内に薬を塗りにいってあげてよね!」
そういや一昨日、リーンが村長用の新しい毛生え薬を作ろうとしてたな。
リーンは資格をもってねーから、本当は人に対して魔法を使ったり魔法関係の薬を作ったりしたらいけねーはずで、これは不正だ。まあその程度の不正は魔法使いならだいたいやってることなんだけどな。
リーンとしては不正は嫌だったらしいが、村長に泣き付かれて仕方なく不正をしているそうだ。
不正が嫌ならさっさと資格をとればいいんじゃねーかと思ったが、いくつかの試験に合格しないといけないうえ、最初の試験がでかい街で年二回しか行われないらしく、要するに村長のために試験を受けるのは面倒くさかったらしい。
今度ミズキとロバートのために受けにいくみてーだけど。
「それじゃあ今日は好きな人とペア組んでー。
ああ、商品提供してくれた村長の意向で、出来るだけ男女ペアにしてね。
村長、村民同士の結婚推進してるからね!」
それで温泉にアクセサリなのか。結婚すると若者が都会に出て行くのをある程度防げるし、子どもも生まれて村の人数が増えるからな。
それにしても村長、自らの髪が抜かれるミニゲームに自腹で高額商品を用意するなんて、すげー懐の広い男だ。
男女ペアということで、恋人がいるやつは恋人同士で、それ以外は仲が良い奴とペアを組み始めた。
「ジャン、うちと組もうよ」
「あたしとだよー」
「あ、私も立候補!」
異例の光景としては、ジャンが女どもに囲まれていた。
今回使う銃は玩具とはいえ精度はそこそことのこと。そしてジャンは猟師。
プラフィー狙いってことがよくわかるな。
「欲しいものがある?」
「ん……、温泉はちょっと恥ずかしいから……あの猫のぬいぐるみがいい、かな」
そんなジャンの横を、ロバートとリーンが射的台の方へ仲良さ気に歩いていった。
末永く仲良くして、俺の店で愚痴ったり喧嘩したりすんのはやめるんだぞ。
さて、俺も誰かとペア組まねーと。
「組むか?」
リーンをロバートに連れて行かれてぽつねんと立っているミズキに声をかける。
「ホセか。私としては取ってもらうよりは自分で取りたいんだが」
「いーんじゃねーか。お前が撃てよ」
このイベント、男が撃って女は応援ってスタンスを推奨してるみてーだが、別に女が撃っても問題はない。
「いいのか! なら組もう! ふふーり。
平成のシモヘイヘ、水も滴るいい王子、不死身の水鉄砲戦士ミズキとは私のことだ!」
自分で撃てるとわかると、ミズキははしゃいで屈伸を始めた。
射的に足はつかわねーと思うが。
ついでにミズキの口上を考察すると、シモヘイヘっつーのは全く何のことかわからねーが、水鉄砲をして不死身で水も滴ってるっつーのは、散々人の水鉄砲に当てられてるってことで、すげー弱いってことじゃねーのか?
くじ引きで射的順も決まり、一番を引いたミズキはご満悦だ。
「じゃ、第一狙撃手。ミズキ&ホセチームどうぞ!」
シュシュの声に、ミズキが射的台の前に立つ。
「ズバリ、何狙いでいく!?」
銃を手に取り使い方を確認しているミズキに、シュシュがどの景品を狙っているか尋ねると、ミズキは観客側に振り向いて片目を瞑った。
「あのコのハートさ」
ミズキは絶好調みてーだ。
一部の女どもがミズキの発言に沸き立って、銃を構えるミズキに「ひっこぬけん!」「ひっこぬけん!」という野次と、「ひっこめや!」「ひっこめや!」という野次に見せかけた罵倒と、「お・う・じ!」「お・う・じ!」という黄色い歓声が混じりあって響く。
それを気にする様子もなくミズキは引き金を引くと、見事景品を落とした。
「おお、なんかこれジジみたいだな。リーンにあげよう」
景品は黒猫のぬいぐるみで、ミズキはなんとそれをリーンに持って行きやがった。
ミズキはテイマーのジジとは面識がねーみてーだから、たぶん別のジジなんだろうが、そんなことはどうでもよく……!
「わあ! ミズキちゃんありがとう!! ずっと大事にするね!」
慌ててミズキを止めようとしたが時すでに遅く、リーンがぬいぐるみを抱いて頬ずりしていた。
ミズキ……そのコのハートはそれ以上打ち抜かないでやってくれ。
ロバートが真顔でそんなリーンとミズキを見下ろしていた。
「ミズキ、お前……リーンがそれを欲しがってるって知ってたのか?」
「そうだったのか? いや、たまたま猫に当たっただけなんだが。
黒猫といえば魔法使いのお供だからリーンに渡したんだが、欲しかったのか。それはよかった」
まったく良くないんだが。
「次のペアー。第二狙撃手、ロバート&リーン!」
シュシュの呼び出しにロバートが真顔のまま出て行って、シュシュが狙いを尋ねるよりも早く銃を構えると一発撃って、温泉の目録を落として帰ってきた。
「リーン、今度温泉に行こうか」
「ん……えと……はい」
胡散くさい笑顔でリーンに目録を手渡すロバートにリーンが戸惑った声で頷いて、ミズキが「愛の力はすごいなあ」と呑気なことを言っていた。
さっそく目玉景品のうちのひとつである温泉の目録が無くなって、盛り上がるような盛り下がるような微妙な空気の中、三番手はディオとアンシーだ。
アンシーは弓の名手だから野郎どもからペアの申込が結構あったみてーだけど、アンシーが「わたしは撃たないから」と言って断ったらしい。
マリーは気絶したまま帰ってこないから、幼馴染同士か同僚同士って感覚でディオと組んだみてーだ。
「欲しいものあります?」
「ないよ。欲しくないものは髪の毛」
アンシーがそう言ったからか、ディオはシュシュの質問に「じゃあ、ロヴァ亭の食事券狙おうかな」と隅の方の景品を狙って、そして外した。
「外れたけど、外れた分は奢るから」
とアンシーに弁解しながらついて行くディオと
「期待してなかったからいい」
とさっさと観客席に戻って行くアンシーだった。
その後三組のペアが射的に挑戦するも、プラフィーもひっこぬけんも落とす奴が現れないまま、七番手、ヒューとヴァニラのペア。
二人は明日の歓迎会で一緒に一芸披露するらしいから、その流れでヒューから誘ったみてーだ。
「あばば……あばばばば……」
つってもヴァニラの方は、ルリがヴァニラを会場に連れてきた時からほとんどずっとこの調子で、言葉が通じたかどうかも怪しいが。
「イケメンは何を狙うのかな?」
「アクセサリーがいいと聞いた」
シュシュの質問に、ヒューが短く答える。
聞いたって、ヴァニラにか? そんなこと喋れる状態じゃねーと思うが。
たしかにヴァニラならそういうもんが好きかもしれねーが、ヒュー相手に「ネックレスがいい!」とか言い出すとも思えねえ。
本当に欲しいものは言わず、もっと無欲っぽいものを言い出しそうだ。
「聞いたってヴァニラに?」
シュシュも同じように思ったのか、ヒューに重ねて尋ねた。
「いや、ロバートに」
その言葉に、一部の女どもがざわめきだした。
「やっぱり……」「じゃあ彼女はカモフラージュ……?」などと囁き合っている声が微かに聞こえてくる。
これはあれか。ヒューとロバートが出来てるって噂のやつか。
そういう意味じゃなくて、「ヴァニラならアクセサリを喜ぶ」ってことをロバートに聞いたって意味だと思うが。
女ってのは面倒くせえなあ。
ひっこぬけんコールの中、ヒューは見事にネックレスの目録を落とした。
「とれるとは思わなかった」
と言いながら、目録をヴァニラに手渡すが
「あばば……あばばばば……」
ヴァニラは相変わらず正気を失っていた。
目玉の景品が二つともなくなり、場は一気に白けた。
ひっこぬけんの近くを狙う必要がなくなったのだから、みんな真ん中以外の安全圏を狙い始めたからだ。
そして、射的大本命のジャンの出番。
大本命なのに良い景品は残っていないという悲しい出番だ。
「髪の毛以外ならどれでもいいわー。腕があってもくじ運ないとかマジ終わってるー」
ペアになった女には射的する前から愛想を付かされている。
今回ばかりはくじ運以外はジャンに非はねーんだけどな。
「ジャンはどれ狙うのよ」
みんなが安全圏を狙うので、若干不貞腐れ気味にシュシュが聞く。
「左上の貯金箱っすかねー」
ジャンはジャンで、安全圏にしてもそれはねーだろっつー景品を指さした。
貯金箱なんかどーすんだよ。お前、宵越しの金も持たねーじゃねーか。
「……あんた、猟師なのにタバコの箱ひとつ命中させる自信がないから、
どうでもいいところに当てるとか言ってんじゃないの?」
そんなジャンに、シュシュがつっかかっていく。
「いや、この距離ならタバコの箱くらい楽勝っすよ。でもあれ罰ゲームじゃないっすか」
「ふーん。へーえ。本当かなー。口だけならなんとでも言えるよね-え。
たかが罰ゲームごときを回避するために自分の腕を疑われたままなんて、
猟師としてそれでいいのかなーあ?」
シュシュに煽られて、ジャンの口が引き結ばれていく。
「わかったっす。そこまで言うなら、俺も男! 腕と根性みせるっす!」
こうして、ジャンがひっこぬけんを獲得し、歓迎会の前夜祭という名の宴会は終わった。
「あ、薬を塗る権利の当たりシール、景品につけんの忘れてた」
シュシュの手落ちにより薬を塗る役は決まらず、翌日の歓迎会で行うミニゲームの罰ゲームへと流用されるのだった。
これが、調査員四名が加わってもなお変わらず続いていきそうな、俺たちの日常。