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春13日 ホセ できるメイドとできないあるじ

車を馬車置き場に置いて買い出しに出発。

「三時に戻ってくればいいのよね」

「おう、遅れんなよ」

ルリとヴァニラは別行動だ。


隣町は、ところどころ花の飾りで彩られていた。

明日の花の日に向けた装飾だ。

花の日用の菓子類はすでに仕入れて店の棚に並べてあるが、日持ちがしない生花はまだだ。

今日仕入れて帰らないといけないな。


花の日と対を成すように、冬には雪の日がある。

昔は雪で作った人形(雪だるまや雪うさぎなど)を、日頃の感謝を込めて女性から男性に贈る日だったはずだ。

花の日の花もその辺の野草で良かったらしいし、本来は金のかからないイベントだったようだ。

ところが近年、流通が発達するにつれて贈り物の内容が、店で売られている花や菓子、アクセサリーなどに変化していった。

おかげさまでうちとしては商売繁盛なわけだが。


花の日について説明するとミズキは

「なるほど、バレンタインデーのようなものか」

と頷いた。

「ホセは、もともと今日は仕入に来る気はなかったんだよな?」

「ああ」

まだ商品の在庫は結構あるからな。

「じゃあ、生花の仕入はしないつもりだったのか?」

「そうなるな」

特に明日用に花を仕入れてほしいっていう依頼もなかったしな。

「ホセ、それは商売人失格だぞ!」

「そうかー? 普通だろ」

仕入は一日仕事で、そうなると一日店を閉めることになる。

どっちかというと、このイベント前日の書き入れ時に店を閉めることになる方が損失が大きい気がする。

「そんな志じゃ、うちの子を嫁にはやれんな!」

「なんだそりゃ」

お前、子どもいたのかよ。


ところで、今日仕入に行くと言ったところ、ノエルに菓子を三十個、ちょっとした花を五十個買ってきてくれと頼まれた。

ノエルは教師だから、雪の日は生徒やその親からもらったりして、花の日のお返しが大変らしい。

そういう大口の発注は早めにやってほしいとこだけど、まあ忘れてるのがノエルだよな。

けど、去年までは、ノエルはうちで花の日の贈り物買ってないよな……。

それでもお返しは配られてたはずで……。

ああ……そういえばノエルには優秀なメイドがついてたんだった。


スーニさんという紫髪の女性で、ノエルの家へ通いのメイドをしている。

ノエルが一人暮らしをしたいという希望をだしているので、スーニさんは食事の用意もしないし、掃除もたまにしか行かないらしい。

けれど、ノエルが忘れてそうな雑事はきっちりこなしているとか。

てことは、今回もスーニさんがお返しの準備は済ませてるんじゃないのか?

いやでも、今回はノエルが気づくというところまでスーニさんが予想して準備してないとか……?

それくらいは出来そうなスーパーメイドだ。


「うーむ……」

「何を唸ってるんだ?」

ミズキが怪訝そうに聞いてくる。

こいつに言ってもわからんとは思うが。

「いや、かくかくしかじか」

「かじかしくかくか。なるほど」

今のなんだ?

「スーニさんとやらの優秀さは、私は会ったことが無いのでよくわからないが、でも、そうだな。

 たぶんホセは、依頼通り商品を用意した方がいいと思うぞ。

 そのノエルという人はお金持ちなんだろう?

 そしてそのメイドさんの仕事は、主が気分よく過ごせるようにサポートすること。

 だとしたら、主が自分でお返しを用意したなら、スーニさんは自分が用意したお返しのことは言い出さないだろう。

 ホセが商品を用意せずに、スーニさんが用意したお返しを使うと言うのは、主の面目を潰すことになるから、スーニさんも望まないと思うぞ」

ふぅん。そんなもんか。


「しかしメイドさんか。

 きっと萌系じゃない本物のメイドさんなんだろうな。

 夢膨らむなあ。いや私は萌系も好きだが」

何言ってるんだこいつ。

「正統派メイドさんがすでにいるなら、萌系メイド服を作るのもいいなあ」



とりあえず花屋に向かう。

時間があれば花だけ買ってうちで包装するけど、数もあるから今回は花屋に包装まで頼むことにしよう。

利益は減るけどゼロではないし、まあいいか。

包装に時間がかかる可能性もあるし、先に注文だけしないとな。


「おお……あの人なんか、メイド服が似合いそうだな」

となりのミズキはまだメイドについて一人で語っている。

なんなんだいったい……異世界人にとってメイドはアイドルか何かなのか?

ミズキの視線を追うと、そこにはスーニさんがいた。

使用人服じゃなく、私服を着ている。


「こんにちは、ホセさん。お待ちしておりました」

スーニさんはこっちに気づいたようで、ぺこりと腰を折った。

ん? 待ってた?

「ノエル様がホセさんに花と菓子の発注をしたそうですね」

「ああ、ノエルに聞いたんだ?」

ダブルブッキングしなくてよかった。

「いえ、ノエル様からは何も。

 ただ、私のメイド力をもってすれば、その程度のこと、常に把握できておりますので」

ふぅん。そんなもんか。

となりでミズキが目をキラキラさせながら「メイド力!」と小声で復唱している。

あれ? つーかスーニさん、いつこの町に来たんだ?

今朝俺が村を出る時、スーニさん村にいたよな。

この町までは一本道で、俺の馬車を追い抜いて行くやつは誰もいなかったはずなんだが。

スーニさんは魔法は使えなかったはずだから、リーンみたいに空を飛んでいった可能性もないし……。

「私のメイド力を持ってすれば、移動など容易でございます」

ふぅん。そんなもんか。……そんなもんか?

となりでミズキがまたしても「メイド力!」と復唱している。

「ノエル様がホセさんに発注した物の仕入れをお手伝いしようと思い、ここで待っておりましたの」

「それはありがたいけど。でもこれは俺の仕事だし……、

 スーニさんだって、自分の仕事あるだろ?」

掃除とか、洗濯とか。

「そのような雑事、私のメイド力を使う必要もありませんので。

 つまり私の仕事じゃありませんので」

ふぅん。そんなもんか。……いや? 違うよな? それが本職だよな?

となりでミズキが「Yes! メイド力!」と小さく拳を振り上げている。ミズキうっさい。

「とにかく、まずは花の注文ですわね」

いきましょう、と促され三人で花屋に向かう。

「うーむ……王子と戦士とメイドのパーティか。有りだな」

ミズキがとなりでブツブツ言っているが、俺は雑貨屋だ。



花屋にはいろいろな花が売っていた。

そりゃそうか、花屋だし。

ただなんつーか、俺、花ってよくわかんねーから、どんな花があるとか表現しようがない。

色々な花。もしくは色々な色の花。

赤とか青とか黄色とか。

「花の日に贈る定番の花ってのはあるのかい?」

と、ミズキの質問。

「特に決まりはありませんわ」

答えるのはスーニさん。

まあ俺に聞かれても答えられなかったから、スーニさんがいてくれて助かるな。

「そうか! ならば薔薇にしよう! 王子と言えば薔薇! 薔薇と言えば王子!」

こいつ薔薇好きだな。最初に会った時もどっからか薔薇出してたし。

時々背後に薔薇を背負ってるって噂もあるしな。

「すみませんねえ、あいにく薔薇は切らしてしまいまして」

俺たちの会話を聞いて、店主が声をかけてきた。

「そうか……」とミズキは項垂れている。

そんなに薔薇がよかったのか?

薔薇ってあれだよな。赤くて棘があるやつ。

「赤以外もあります」

ちょいちょい思ってたけど、スーニさん俺の心読んでる!?

俺声に出してねーよな!?

「私のメイド力をもってすれば」

それはもういい!

「私の王子力をもってすれば」

王子参戦すんな!


「赤い花がいいんなら、あれなんてどうだ?」

「いや別に、赤がいいわけではないんだが。

 それにあれは彼岸花じゃないか。

 私の世界じゃ、ホワイトデーに彼岸花贈られたら泣くぞ?」

「ホワイトデー?」

白い日? 白の日か?

白…………

沈まれ俺の煩悩……!

無言でこちらを見てくるスーニさんの半眼が怖い。

「私が元いた世界の、花の日のようなものだ。

 私はやはり、ホワイトデーのイメージがあるから花も白いものを選びたくなるな」

白ねえ……。

「スーニさんはどれがいいと思う?」

選んでくれるつもりで、ここに一緒に来たんだろうし、さっさと選んでもらって次の用事に行こう。

「そうですね、いつもは何種類かをまとめて小さな花束にしてもらうのですが、今年はちょっと趣向を変えましょうか。

 せっかくホセさんにご依頼したのですしね」

スーニさんは店内をさっと見渡す。

「こちらはどうでしょう。そこそこ見栄えもしますし、物珍しくて良いのではないでしょうか」

スーニさんが選んだのは、レック草という植物だ。

たしか半年前か一年前くらいに、発見だったか作られたかした花だ。

「高くねえか?」

「当方で負担しますので、ご心配なく。

 どちらかというと雑貨屋の売り上げにはかなりご協力できる形になるかと」

「いや、そういう話じゃないんだけど……」

恋人でも夫でもない人物から花の日の贈り物にこんな金額のものを受けとったら、

どん引くんじゃないかと。

「ご心配なく」

さいで。

「でもまだ蕾だな。どんな花が咲くんだ?」

小鉢に植わったレック草は、直径二センチ程度の大きな蕾を付けている。

実はこのレック草、蕾を2回弾いて話しかけると、その音声を記憶する。

そして1回弾くと、その音声を奏でるらしい。

さらに、花が咲いた後は、風などに花弁が揺れる度に、その音声を奏でるという。

花が咲いた後は記録する音声を変えることはできなくなるので、蕾のうちに愛の言葉を記録しておいて、恋人に贈ったりする奴もいるとかなんとか。



スーニさんに菓子選びも手伝ってもらい、ミズキの服地の買い物も済ませ、ナンパされたとかでやたらテンションの高いヴァニラとルリを拾って、馬車で村に戻り中。

後ろの荷車では、買った荷物に埋もれるようになりつつ、女子どもが何やらはしゃいでいる。

こいつら元気だなあ。俺はもうぐったりなんだが。

なんつーか、こいつらに俺の生命力は吸い取られてるんじゃないかと思うほど、俺の方はぐったりだ。


「おお! 本当だ! 録音された!」

「すごーい!」

「どういう仕組みなんだろ」

どうやら、レック草で遊んでるみたいだ。

買ったレック草は明日には花が咲く予定らしく、今日中にノエルにはメッセージを入れてもらう予定だ。

……よく考えたら、風に吹かれるたびにノエルのメッセージが再生されるのって、うざくねえか?

……まあいいか。ノエルだし。

「『私はレグルス王国第三王子クリスフォード!貴女を迎えに来た!』」

「次! 次これ!」

「『麗しいお嬢さん。私は貴女の恋の奴隷です』」

「次! ワイルド系も!」

「ワイルドな王子は私の範囲外なんだが」

「いいから!」

「ワイルドかあ……『壁ドン!』こんな感じか?」

「よくわかんないけど違うと思う!」

どうせノエルがメッセージは上書きするにしても、こいつら商品で遊び過ぎじゃないか?

まあいいか、ノエルのだし。



どうして俺は、ノエルが出来ない奴だということを失念していたのだろう。

翌日、ノエルが音声を上書きすることを忘れた結果、ミズキのふざけた音声が村中に配られることを、俺はまだ知らなかった。

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