黒き太陽
懐かしい夢を見た。体躯は人だが、顔は獣。そんな父の大きな背中に背負われて微睡んでいる夢だ。
自分の倍はある暖かい父の背中に頬を寄せて心臓の鼓動を聞く。ドクンドクンと力強い音に意識を向けていると、何処かから聞こえる母の声。
何処にでもある家族の日常だった。
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「……んぁっ…おとう…さん………」
背中ですぅすぅと安らかな寝息を立てる少女を背負いながらランゼブは歩く。
「ったく。迎えにくるならさっさと来いよな。」
眼前にいるのは目深にフードを被った二人の不審者。だが、ランゼブはそれ以外にも感じ取っている。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……諸々合わせて五人か。」
そう声に出して言うと目の前の二人は腰からナイフを取り出して構える。隠れている様子を窺っている仲間の場所を見破ったのだ。警戒度はさらに高まる。
「あー、武器を下ろせよ。こちとらこのガキを助けた恩人さんだぞ。全く。」
そう言ってみるが、相手方はじりじりと詰め寄ってくるのみ、周りに隠れている連中も徐々にだが包囲網を狭めてくる。
「分かった、分かった。このガキを返せばいいんだろ。」
背負っている少女を降ろそうと手を回すが、少女を外套を握り締めて離れようとしない。
「こんなとこで人獣の馬鹿力発揮するんじゃねぇよ!くっ、離れねぇ。お前達も見てないで手伝え!」
不審者達は顔を見合わせて驚き、ナイフを収めて後ろに回って少女を引き剥がそうと引っ張ったり、外套を握り締めた指を外そうとするが、うんともすんとも動かない。
眠りながらも頑なに離れようとしない少女にローブの不審者達も困惑し始める。ボソボソと仲間内で何かを話し始める。
「はぁ、おいそこの。今日のとこはこの外套ごと渡すから今度返してくれ。祭りの間いるからその間に返してくれたらいい。」
外套を脱いで少女をくるむようにして抱き抱えて近くのローブに渡す。その淡々とした行動に呆気に取られるフード達だが、路地裏の先から2メートル近い体躯のフードが現れてランゼブの前に立ち塞がる。
「コイツを助けてくれた恩人に無礼なことをしてすまないと思っている。これはほんの礼だ。」
ゴツゴツとした手から渡されたのは革袋。揺らしてみるとジャラジャラと硬貨の音がする。ランゼブは訝しげにそのフードを見上げる。
雰囲気から察するにこの男は何処からか見ていたのだろう。
「取り敢えず外套をちゃんと返してくれればいい。高くはないとはいえ、お気に入りなんだ。」
「ああ、明日にでも届けるとしよう。」
それを聞いたランゼブは大男の横を通って光が見える表の道へと向かう。
「黒い太陽の刺青か……。」
チラりと見えた大男の手首に刻まれていた黒い太陽の刺青を見てランゼブは祭り特有の喧騒の中で溜め息を吐く。