30話 開戦2
「さっきのはなんだったんだ……」
ヴァンスは大きな狗が跳んでいった方を見て呆けていた。 ものすごい唸り声をあげたと思えば、すぐさまどこかに跳んで行ってしまった。 あの声を聴いた時はみんなが絶望していたが、どこか拍子抜けしてしまった。
「いなくなったのならどうでもいいです。 ヴァンスさん他が来てますよ」
剣を鞘から抜いて顎で示す方向には、様々の種族の魔物が真っ黒い絨毯のように押し寄せていた。 兵士の隊長格らしき人が先頭に立ち「突撃ー!!」と号令をかけて突っ込んでいった。
「この数です。 向こうにもボスが数体いると思います。 私たちはそれを叩いて向こうの統率を乱しましょう」
「分かりました、行きましょう!」
ロナとヴァンスも一足遅れて魔物に軍勢に向かっていった。 初めはヴァンスと並走していたが、魔物と接触すつ瞬間に加速した。
一気にヴァンスとの距離を離し人や魔物の間を縫うように進むと、一際大きな身体を持った猪の魔物を見つけ通り抜ける際に脚を横一文字に斬りつけた。 骨に当たり止められそうになるが身体を捻って骨ごと切り裂いた。
苦痛の雄叫びをあげ地面に伏したが目だけはロナを睨みつけていた。 目を真っ赤にして「殺してやる」と言ってるようだった。
とどめを刺そうと剣を構えるが、周りの猪がそれを阻止しようとロナに突進してくる。 突進してくる猪を踏み台にして大きく跳躍すると、剣を下に構えそのまま真下にいる猪に深々と突き刺した。
剣を抜き去るとまた別の猪に同じことを繰り返し数を減らしていく。 その間にも、大きな身体の猪は立ち上がろうともがいていた。
その隙に遅れてきたヴァンスが走る勢いのまま猪の眉間に剣を突き立てた。 鮮血がヴァンスの顔を濡らし猪はその大きな身体を横たえた。
これを見て他の猪の多くは逃げて行ったが、数体は仇を取るためかヴァンスに襲い掛かった。
ヴァンスは足を使って剣を猪から抜き取ると、剣の腹で猪の突進を受け止めた。 突進の勢いにどんどん後退していくが、なんとか踏ん張り突進の勢いをとどめると猪の目玉を拳で殴った。 痛みに耐えかねて目をつぶり頭を下げたところに剣を突き立て一撃で仕留めた。
残りはすでにロナが仕留めていた。
「ロナさん、足速いですね」
「プロですから」
返り血まみれの笑顔で明るくそう答えた。
「大分、減ったね」
息も絶え絶えにラナは横に跳んでいるクリムに言った。
「あいつのおかげでな」
クリムは下で暴れ回っているポチを見た。 上から見ることで分かるが、ほとんどの魔物がポチを殺そうと押し寄せていた。 しかし、それを物ともせずに拳を振り続け魔物は数を減らす一方だった。
「私たち竜はすべての種族の頂点にいる。 しかしな、それは魔法が使えたからだ。 身体能力だけだったら、狗の方がはるかに上だ。 竜など足元にも及ばん」
クリムの言ったことはこれまでの闘いを見ただけで理解できた。 しかしいくら強くても数が数だ。 体力がもつはずがない。
「クリム、もう少し頑張ろ!」
「もう魔力も少なくなってきたからな、早々に終わらせたいものだな」
多少愚痴を吐いて魔力を練っているクリムの横で、ラナは魔法で自身より大きく棘の付いた剣を作り出すと、魔法で操作してポチの近くに振り落した。
小さな地鳴りを起こしながら土煙が舞い上がらせた ポチは鬱陶しそうに土埃を払いのけながら地面に突き刺さっている剣を乱暴に引き剥いた。
ラナに向かって親指を立ててグーサインを送ると、耳をつんざくほどの咆哮をあげた。
「私も行ってくる」
身体を青白く発行させたクリムはそう言い残すと、青白い軌跡をひいて目にも止まらない速さで魔物の喉を噛み千切っていく。 声も上げることも出来ず、血を流し倒れていく。
「そろそろ諦めて帰った方がいいのに……。 自然界で力の差が見抜けないようなら命取りになるぞー」
ラナは両手を広げて電気の弾を作り出すと、クリムとポチに当たらないように撃った。 地面に着弾すると広範囲に電気が走り、範囲内の魔物の原型を変えるほどの高電圧を流し込む。
一人と二体しかいないのに魔物の軍勢を圧倒していた。