24話 ラナも頑張ります!
「朝から何をやっている」
ラナのローブを布団がわりに寝ていたクリムが、机に向かって本を読んでいるラナに声をかけた。
「魔物避けの匂いを作りたいんだけど、カニに嗅覚があるかどうか調べてた」
「それで、どうだった?」
「うん、口のまわりにある歯ブラシのような毛を動かして嗅ぎ取ってるみたい」
両手でカニの口のまねをして指をわちゃわちゃ動かしている。 見ている方としては若干気持ち悪い。
「水と食事をくれ」
「唐突だな、おい」
本に栞を挟んでラナは下に降りて行った。 しかしバスケットの中にあるはずのパンはなく、代わりに『買い出しよろしく』との書き置きがあった。
お姉ちゃんとヴァンスさんは役所に行ったから、夜まで帰れないか……。
とりあえず水を持っていくか。 ラナは食器棚から底の深い皿を取り、水を貯めて部屋に戻った。
水しか持ってこなかったことに絶望的な表情をしていたが、事情を説明したら安堵の表情になった。
「これから買い出し行くけど、クリムはどうする? 留守番してる?」
部屋着から外着に着替えてながら、一応聞いてみた。
「うぅん……、外の空気も吸いたいことだし連れてってくれ」
ついてくるとは思わず、固まってしまった。 どうやって、連れていこう……。
帽子に入れていく? そんな深い帽子なんて持ってない。
じゃあ、服に入れていく? もちろん却下。
「バッグに入れてもらえればいい」
悶々と悩んでるラナに一番最初に出てくるだろう案を出し、ラナたちは買い出しに出かけた。
朝方だというのに市場には人がごった返していた。 あるところでは値切りをしていたり、大声で客引きをしていたりと活気に満ちていた。
クリムに一言かけてからラナも市場に入っていった。
ラナもまわりの熱気にあてられ値切って買い出しを始めた。
買ってはクリムの入ってるバッグに入れていくので、中でクリムが世話しなく動く。
バッグが程よく肩に重さを伝え始めたところで、本日の買い出しは終わった。
人混みから離れたところでバッグの中を確認きてみるとクリムが野菜や果物に挟まれていた。 抜けそうとすると買ったものを潰しそうだったので、動こうとも動けないでいた。
「ちょっと行きたいところあるからもう少し我慢してて」
コクコク頷いたのを確認して早足で目的地に向かった。
家とは正反対の方向にある丘にやってきた。 ここで腰を下ろしてバッグからクリムを出してやった。
猫のようにぐぅっと背中を伸ばして身体のこりを解していく。
ラナはバッグからパンを取り出し細かくちぎった。 それを手のひらに乗せてクリムに差し出した。
「はい、ごはん」
クリムはパンを見つけると「待ってました!」と言わんばかりに食らいついた。 手が少しくすぐったかった。
「ねぇ、魔法って本来は竜が使うものなんだよね?」
「ほうはが」そうだが。
「だったらさ……、私に魔法の使い方教えてよ」
クリムは一旦口の中を無くしてから言った。
「もう使えるじゃないか。 それではダメなのか?」
「うん……ダメ。 私の魔法はさ、時間がかかるんだよ。 いちいち絵にしないとできないからさ、メンドウなんだよ。 だからさ、もっとこう……ぱぱっと使いたいんだよ!」
腕をパッと広げ大げさなジェスチャーと共に面白そうに言った。 しかしクリムの目は鋭いものだった。
おちゃらけたラナに怒りを覚えた目ではなく、本当のことを見抜くような目つきだった。 ラナはラリムの目を見て萎んでしまった。
「ぱぱっと使いたいのは本当……、私の魔法って大砲みたいなんだよ。 一発の威力は高いんだけど、準備に手間がかかっちゃう」
「威力があって強力であればいいものではないか?」
ラナは首を振った。
「たしかに威力はあって強力であることも大切だよ。 でも咄嗟の時、何もできない。 それじゃあダメ、お姉ちゃんにもしものことがあったとき助けられない……」
ラナは小さくうずくまった。
前までラナは魔法を使うことをできるだけ避けてきた。 ロナからも「使うな」と釘を刺されたぐらいだ。そのためロナはラナの分まで魔物と闘い、傷を作っていった。 小さいものや大きいもの、闘うたびに身体に傷は増えていった。
ロナも女性だから身体に傷が残ることは嫌だったと思う。 だがそれでも、ロナは魔物と向き合い剣を振るってきた。
町のため、道を作るため、ロナは女を捨てた。
そんなロナを見ているのが、正直辛かった。
妹である分、辛かった。
ロナをこんなにした張本人として、余計辛かった。
ロナの傷ついた身体を見るたびに罪悪感は募るだけだった。
だけど魔法が存分に使える今、いままでため込んできたものを清算できる。
もうロナに、お姉ちゃんに傷をつけるようなことはさせない。
「……そういうことなら、力になろう」
クリムはラナの頭に乗って額を叩いた。
「……私の心を見るな」
「話す手間が省けただろう」
クリムは得意げな顔をし、まずは魔法のことについて話した。