23話 パン
「はい、ごちそうさま。 あとは部屋で食べるよ」
ラナはパンの残りとスープを持って早足に部屋に戻った。
「何かあるんですか?」
「ちょっとしたことですよ、あまり気になさらず」
ヴァンスは少し心配そうな顔で聞いていたが、食べることに夢中なロナは適当に答えた。 おそらくは竜のご飯だとは思うが、ヴァンスに知られたらラナもロナも困るのでここはこれで正解なのだ。
「にくー、ご飯だよー!」
肩で自室のドアを開けて、声をかけるとラナのベットからモソモソと竜が顔を出した。 年頃の乙女のベットに入るとはいい趣味をしている。
机に食べ物を置くと、翼を広げて飛んできた。
「その名前はやめろ」
「変に名前つけると、食べるとき嫌じゃん」
「食う前提で名前をつけるな」
「まったく……」とブツブツ文句を言いながら、器用に前足を使って自分の倍はあるパンを掴みかぶりつく。 しかし、パンが固すぎたのかうまく噛み千切れず噛みついたまま首を左右に振っていた。
不覚にも可愛いと思ってしまった。
ラナは肉からパンを取って一口大にちぎってスープに浸し、スプーンですくってやった。 肉は息を吹きかけて熱を冷ましてからかぶりついた。
「おいしいか?」
「美味だ」
しっかり飲み込んでから満足そうに答えた。 それからもラナはパンをちぎってはスープに浸してやった。
パンの三分の一ぐらいを食べきったところで肉のお腹は満足した。
「そういえば、肉ってオス、メスどっち?」
「竜に性別の違いはない。 生殖機能を持たないからな」
「ふぅん、じゃあどうやって増えるの?」
「いや、増えない。 増える必要はない」
「増えなきゃ絶滅するじゃん」
「竜の寿命は人間より遥かに長い。 それに寿命が近づけば、人間に憑りついて生まれ変わるから不死みたいなものだ」
「じゃあ、私に憑りついて失敗した肉はもう死ぬってこと?」
「いや、ちゃんと生まれ変わったではないか」
翼を広げて己の存在をアピールする。 人間が竜になるから生まれ変わった、というわけではない?
「少し混乱しているようだな。 私も初めはそうだったが、身体は幼竜になってるから生まれ変わりはしている」
肉が言うには、竜にも成長過程があるらしい。 今の肉のように小さいときのことを幼竜といい、人間の一生の時をかけて成竜になり、そこからさらに千年をかけて大人の竜、至竜になるようだ。
「それよりも名前だ、名前」
「ん? うぅん……じゃあ、クリムで」
肉は一瞬だけ驚いた表情を浮かべ、そのあとまんざらでもなさそうな表情をいした。 そうか、気に入ったか。 それはよかった。