五話
「・・・暑い。」
「・・・夏だからね。」
「・・・昨日この会話しなかったか?」
「・・・したかも。」
場所は私塾教室の武道鍛練場。3列に並べられた塾生はひたすら木刀を振り続けていた。私塾の必修科目「武道」の授業である。すでに振った数は五十を超える。歳を考えれば中々キツイ回数だ。
「コラア!そこ!何しゃべってんだ!!」
やばい、ばれたか?と二人は思ったがどうやら他の生徒を注意したらしくこちらにそれ以上の怒声は聞こえてこなかった。注意された奴はあとで素振り百回ほど追加されるだろうが、そのあたりは二人の知ったことではない。
怒声を上げたのはこの授業の教官を務める車夫等だ。四十過ぎの筋肉隆々のこの男は塾生からは恐怖の対象に見られている。
どう見ても軍人だろう、と呼ばれるような見た目で、聞いたところ実際に迎蘭層の主力部隊で『錬気』のエキスパートとして活躍していたとか。こんな片田舎に飛ばされたのはいろいろ大人の事情というものがあるらしい。
授業では鬼だがそれ以外では案外大らかで、里の自警団の隊長を務めていることもあり里の人達からは結構人気だったりする。
ちなみに仇名は本人公認の「鬼軍曹」。ハマりすぎだ。
「よおし、二人組を組め!組んだら打ち込みを二十回ずつ、二セットだ!」
朱座と汪理は即座に組み、打ち込みを始める。何時も通りのメニューであればこの後、試合稽古がある。その前に少しでも休んでおきたい。
「一、二、三、四、五、六――!」
朱座は中段の構えから素早く汪理の頭左右に打ち込んでいき、汪理がそれを木刀で受け止める。化生の弱点は頭部だ。
小型のものであれば、後頭部に拳を叩きこむだけで倒せないにしても暫く戦闘不能状態に持ち込むことができる。
そういうこともあってか、この授業では頭部での打撃を重視している。「武道」という肩書きではあるが、かなり実践的な授業だ。
「教官!打ち込み終わりました!」
「そうか、では試合稽古が始まるまで待機!」
「「はい!」」
思惑通り朱座と汪理は休憩をせしめることができた。二人は邪魔にならないように道場の片隅に腰を下ろす。板張りの床が僅かに冷たい。猛暑が続く日ではこれすらも貴重だ。筋肉を解しながらだらけること数分、全員の素振りが終わった。
「よおし!では試合稽古に移る!先ほどの組で西方と東方に別れろ!」
終わるや否や試合稽古が始まる。先ほどまで木刀を振るっていた塾生はクタクタであるが、休憩など与えられない。車夫等曰く、「実際に化粧と戦う時、万全の状態とは限らない」とのこと。
確かにそうかもしれないが、迎蘭層から少数とは言え軍人が派遣されているし、里の自警団もある。戦うこと自体がほとんどない。子供相手に軍人理論を適応させるなとは言いたい。だが武道の授業ではこの試合稽古が最も人気だ。
なぜかというと―
「よおし!今日も勝って三連勝だ!いくぞ朱座!」
「君ばかりにいい思いはさせないさ、来い、汪理!」
彼らもオトコノコであった、そういうことだ。
競い合うことこそ進化の根源である。という高名な学者先生の言葉を借りるわけではないが、競い合うということが己を高めるにあたって最も効率的であるというのは真実だろう。
それは頭脳労働というものを除き、男であるならより顕著に感じる。それは大人と遜色ない思考を働かせる少年達にとっても同じらしく、少年漫画のようなノリで打ち合っている。
「りゃあ!」
「っし!」
汪理の振りかぶった一撃を迎え撃つように朱座は木刀を振るう。
ガンッ!という軽い音が響く。一応頭と両腕と胸を保護するプロテクターを付け、木刀の表面を固いゴムで覆っている等の配慮がされているが、直撃すれば相当に痛いし、当たりどころによっては骨が折れる。
一般的に普及している「化生剣術」に則った試合では、三分の間に頭部のプロテクター部分一撃を与えれば、勝負ありとなる。相手に直接触れていはいけない、木刀以外の攻撃をした場合は反則負け、くらいで細かいルールはない。これも実戦を重く見た結果だろう。
「ぐ、ぐ・・・・!」
「・・・!」
迎え撃った汪理はその後カウンターで朱座の頭部を狙うも朱座はそれを防ぎ、鍔迫り合いに移行する。朱座は相手の攻撃を防ぎつつ、カウンターを狙う「守」の戦い方。
汪理は積極的に攻撃を繰り出す「攻」の戦い方。対極と言ってもいい二人の戦い方である。道場主を父親に持つ汪理は幼いころから剣術を習っていたが、朱座は違う。
大人達から逃げまわって平均以上の体力を有していたが、それだけだ。単純は打ち合いなら経験が勝る汪理に軍配が上がる。そういった故の朱座の戦い方なのだ。
腕力はほぼ互角。埒が明かない鍔迫り合いに汪理は牽制を加えながら一旦身を引く。だが、
「・・・そこ!」
「うお!」
その牽制を半ば無視し、体を捻じ込み一撃を加える。側頭部を狙った朱座の不意の一撃は、反射的に頭を反らすことで避けられた。
だがそのせいで体勢が揺らぐ。その隙を狙わない朱座ではない。さらに距離を詰め、追撃の一撃を加えようとしー
「っ!」
後方に跳んだ。その一瞬後、さきほど朱座の頭があった部分に汪理の木刀があった。体勢を大きく崩しながらも、正確に朱座の頭部を狙った一撃である。背中に冷汗をかきながら、朱座が汪理を見据えた時にはすでに体勢を直していた。
「正直、さっきので決まると思っていたんだが・・・。」
「そりゃこっちの台詞。死角からの一撃をなんで避けられるんだよ。」
「・・・勘?」
「なんで疑問形なんだ・・・。」
そう言いつつ、汪理は楽しそうである。
「でも正直、こんな接戦ができるなんて会った頃は想像できなかったな。」
「・・・それは、まあ。」
単純な剣術の腕前なら汪理の方が頭一つ上なのだが。
「まあいいか、次でケリつけよう。」
「望むところ。」
朱座は木刀を中段に構え、守りの体勢に。汪理は上段に構え、攻めの体勢に。
そして勝負の行方は―
「お前らぁ!稽古の合間になにくっちゃべってんだ!」
背後に現れた車夫等の拳骨でケリをつけられた。
朱座の汪理とも試合稽古戦績 23勝36敗11引き分け。
本日の決まり手は車夫等による拳骨。




