二話
ゆっくりと啓座は目蓋を開ける。
網膜に映すのは見なれた木の天井。懐かしい夢を見たな、と僅かに苦笑しながら啓座は上半身を起こした。
まだ室内は暗く、満月の光が優しく窓の隙間から洩れている。
月の昇り具合からまだ真夜中くらいだろう。夏虫の奏でる曲を耳に流しながら、しばらくそのままボー、とする。まだ残暑が厳しいからだろうか。一度無くなってしまった眠気が戻ることはない。
「・・・暑い、な。」
このあたりは夏は猛暑が続くが、冬はそれ以上の寒波が襲う。その為隙間風を通さない造りになっているが、夏の間はこの造りがわずわらしくて仕方がない。冬にはその恩恵を受けているが、暑いものは暑いのだ。
「出るか・・・。」
バサリ、と薄い掛け毛布を押しやり外へ向かう。
空気のこもりやすい室内よりも風の吹く外の方が涼しいだろう、と思ったからだ。
水差しに水を一杯入れ、外に出る。思った通り、外は微風が吹きわずかに汗ばんだ体に心地がいい。
雲ひとつない空は月が多くの星達を伴い、輝いている。
「・・・ルーフェリ、オライエ、檻姫、カランダ、禊星・・・。」
足を動かしながら、空に浮かぶ星座を読み上げる。昔から啓座は星空を眺めるのが好きだった。自身の啓座、という名前も星の名前からとったものだ。
幼少期の頃の名前はシ螺、幼名よりも啓座は17歳で元俸の儀式の際に曾祖父から貰った啓座の名前が好きだった。
啓座。秋の次点星で、同じく秋の主席星である明石にひっそり寄り添う星。
率いるのではなく、率いられることでその力を開花させる星。
自慢ではないが、昔からそつなくなんでもこなせた。けれども専門家には到底敵わず。良く言えば万能、悪く言えば器用貧乏。啓座はそんな男だ。
だから自身とよく似た在り方の星の名前をもらったのだ。皮肉でもなんでもなく、啓座の星が好きだった。
裏方に回り、主役を手助けする、そんなポジションこそ彼の望んでいた場所だったから。だからこそ自己主張の強い朱音と恋に落ちたのだろう。そしてその選択は正解であり、間違いでもあった。
「―――。」
足を止める。視線の先に在るのは木の柵で覆われた、黒い石の台座。その上には灰色の長方形の岩が据えてあり、なめらかな表面には名前が書かれている。
朱音・キ襟/ラクシャイエス
啓座の妻の名。この世で最も愛した女性の―――墓だ。
星を眺めるのに夢中で知らないうちにこんなところまで来てしまったらしい。
「君が死んでもう五年、か。早いものだ。そうは思わないか?」
返答はない。そんなことは当たり前だと思いつつ、声をかけられずにはいられない。
「朱座ももう七歳だ。子育ての一つの山場を越えたところだが君に似たのか好奇心旺盛でね、近所の汪理と一緒に探検と称しては森に向かうんだ。前に遭難して懲りたかと思ったらすぐこれだ。勘弁してほしいよ。」
語る内容な愚痴。けれどもその顔は優しく微笑む。朱音が生きていたらどう思っていたのだろうか、と意味のないことを考える。
「こういうのはなんというか、私の深名に反するんだけどね、私がしっかりしないといけないんだ。・・・本来なら君の仕事なんだけど、まあ仕方がないか。・・・大丈夫、朱座はしっかり育てるさ。・・・啓座・シ螺/ラクシャイエス、途永の宣言を。」
生涯貫く宣言を行った。
それは結局のところ意味のないものになってしまうけれど、その宣言に偽りはない。




