一話
二次創作に煮詰まり、PSPでうたわれるものをやっていたら唐突に浮かんだネタ。連載にしましたが続くかはわからないです。要望等あったら続けていきたいと思いますが。
―――月光巡り星は降る
―――潮流れ地は躍動
―――若葉萌え鳥は鳴く
―――古き叡智は失われ
―――太古に明け暮れる
いつかは分からない。それは遠い昔の事かもしれないし、遠い未来の事なのかもしれない。けれど今という軸から大きく外れたものであったとしても、その世界に生きる者達にとっては『今』という紛れもない事実。だからそれ以上の意味は必要ないだろう。
がしゃり、という金属同士が擦れ合う僅かに耳に触る音が鳴る。風吹き荒ぶ荒野を歩くのは一人の男。短く刈られた白髪交じりの逆立った黒髪は獅子のようで、前方を見据える鋭い目付きはまるで鷹。右腰には傷だらけの直刀が剝き出しのまま差されていた。
軽鎧に包まれる傷の目立つ細身の筋肉で覆われた肉体は歴戦を思わせる戦士。武人、そんな言葉が当て嵌まるような無骨な男がそこにいた。
そしてその男を最も特徴づけるものがあった。それは左腕だ。右腕にあるような手甲もなく、関節を守るための腕鎧もなく、それどころか左腕すら存在していなかった。腕のある部分にはただ空白があり、鎧の下に着込んだ黒麻の生地が風にはためくのみ。
男は歩く。
行先は、歩く男すら分からない。
「おおよしよし、元気な男の子ですねー。」
産声を上げて新たな生命が誕生する。初老の女性が赤子を温め湯につけ、白く柔らかい麻布で体を包んでやる。おぎゃおぎゃあと泣くその姿は一つの生命として躍動を始めた証しなのだろう。
「どう、ですか、守音さん。私の子は・・・。」
初産でまだ体の疲れがとれないもののこの赤子の母親、朱音は早く自分の子を抱こうと両手を伸ばす。
「まだ無理してはいけませんよ?・・・ほらこの子ですよ。落とさないように気をつけて。」
守音と呼ばれた老婆は起きようとする朱音を片手で押しとどめ、空を彷徨っていた彼女の両手にそっと赤子を抱かせる。赤子は一通り泣いてしまって落ち着いたのかすうすうと息をたてて寝ている。
「これが・・・私の・・・。」
愛おしそうにそう言い、頭をそっとなでる。その様子を見た守音もその親子の様子に微笑み、穏やかな空気が場を包むが――
「朱音!泣き声が聞こえたぞ!子供は、子供は大丈夫だったのか!?」
それは呼吸を乱した一人の男の乱入によって霧散した。男の名は啓座。朱音の夫である。
啓座も陣痛が始まってからしばらくは朱音の傍でおろおろしながらいたのだが、守音の「清潔な布をありったけ持ってこい!」という指令のもと、近隣の家々を回り、布を集めていた。
自分の子の産声が聞こえるや否や全速力で駆け付けたらしく、運動神経も碌にないためか玉の様な汗が流れている。泣き声が聞こえなくなった時は「もはや流産か!?」と先走り、勝手に絶望しかけたらしい。
乱入者の突然の大声で驚いたのか赤子は起きて再び泣き始め、それに追随するように啓座も泣き始めた。
「これが・・・これが・・・私達の。」
朱音がそっと赤子を啓座に差し出すと、おっかなびっくりという感じでそっと抱き締める。
「おお・・・おお。」
赤子特有の温もりを感じた。ひとつの生命がいまここに在るのだと腕の中の存在が教えてくれる。
「ありがとう・・・ありがとう・・・ありがとう。」
泣きながら啓座は言う。生まれてきたわが子に対して、産に立ち会ってくれた守音に対して、産んでくれた朱音に対して。
「そういえば・・・名前は決めていたんだろう?」
木桶を片づけながら、守音は啓座よりはまともな状態である朱音にそう聞く。
「ええ、もう決まっています。」
啓座と赤子はどちらも大泣きしどちらか赤子か分からない。その様子を見てそっと微笑みながら言う。
「朱座、と。」
決して平穏な時代とは言えない戦乱の時だった。
けれどもこの子が生まれた事は紛れもない奇跡で、何ものにも変えることができないほどの宝物。
夏の首席星、琴座に寄り添う星、次席星の朱座から貰った名。琴座をまるで慈しむかのように照らすその朱座には一つの星言葉がある。
『守護する者』という星言葉が。
感想、意見よろしくお願いします。
また自分の書いたなのはSSも読んでくれるとありがたいです。