夜空の檻
ちょっと挑戦的な構成。読みにくいかもしれません。さらに、意味がよくわからないかもしれません……
そんな感じですが、よろしくお願いします。
冬の夜空は少し遠い。
冷たく澄んだ空気は星を鮮明に輝かせる。輝き鮮明であればあるほど、その途方もない光年がありありと見せつけられるのだ。
深呼吸をすると、夜気がほんの少しの痛みを伴って肺を満たしていく。そういえば窓が割れていたのだった。ちらりと目だけそちらを見やれば、砕けたガラスと鉄パイプが転がっている。彼がやったものだ。
普段は穏和な彼が、窓を破るなんて少し意外だ。彼にもそんな乱暴なところがあるなんて、思ってもみなかった。それともそれくらい切迫していたのだろうか。自殺しようとしている人間がいたからといって、そこまでするだろうか。窓を割るにしてももう少し小さく割ればいいものを。尤も、自殺しようとしたのは私なので文句は言えないのだけれども。文句を言う意味ももはやないのだけれど。
冷淡な月明かりに照らされた私は赤く染まっている。お気に入りだった白いワンピースを濡らす、血。私の血ではない。足下で崩れている亡骸は私じゃない。もともとそのつもりだったのに、最後まで余計なことをしてくれた。死んでしまったのは彼だった。
なんとも因果なものだ。私は彼がきっかけで自殺しようとしたのに、彼が私のせいで死んでしまった。責任でもとったつもりだろうか。やめてほしい。私の自殺は彼がきっかけではあるけれど、原因は私にあるのだ。
私は恋が叶ったから、死のうと思った。人生の大半を捧げた恋だった。片思いで十分、そんな恋だった。私が幸せになる必要などない。ただ彼が幸せであればそれで良かった。良かったというのに、あろうことか彼は私に告白してきた。彼が誰かを好きになるとは、予想もしなかったからだ。しかもよりによって私を。
それは耐え難い衝撃であった。
私は空に触れてしまった。空に手が届いてしまったのだ。
空は私には重すぎる。だから、終わりにしようと思った。
逃げたかったのか、生きていたくなかったのか、それとも死にたかったのか。今となってはもう思い出せない。
ただ、死のうと思った。
ひょっとしたら彼は最初から告白すれば、私が自殺することを、気づいていたのだろう。彼は誰よりも自分のこと知らないくせに、本人よりも他人を理解できたのかもしれない。だからこそ、あえて私に告白したのだろうか。
今となっては考える意味もない。
チャイムの音を私は無視した。包丁を首筋にあて、彼が去るのを待った。確認するまでもない、私を訪ねるのは彼くらいなものだ。そして、チャイムが鳴り止んで、十分な時間を置いて、包丁で押し込もうとした。そうすると、彼が窓を割って乱入してきたのだ。
彼が私の腕から包丁を奪い取ろうとして、もみ合いになる。押し退けるように、腕を振り払った。
腕が弧を描く。力など入れるまでもない。当たる、と思ったときにはもう遅い。
刃がゆっくりと彼の肌に吸い込まれる。思いの外、抵抗はなかった。切るというよりは、引きちぎるという感覚。だけど、紙を断つよりもたやすく肉は断たれる。止まらなかった。
彼は目を見開き、しまった、というような顔をした。視線が私の目を貫き、頭蓋をかき回される錯覚。直後、首から吹き出したのは熱い血。月光を反射してきらめきながら降り注ぐそれは、まるで星空が落下してくるようで、思考が音を立てて押しつぶされる。
私は目から体を焦がされた。関節が焼き付いて動いてくれない。手から包丁が滑り落ちて、高い音をたてた。
私を見つめる目は既に生気などなく、視線すら薄れ始めていた。呆気なく、彼は終わっていた。私を燃やした鮮血は、黒く酸化し熱を失っている。月だけは相変わらず遠かった。
これから私はどうすればいいのだろう。既に警察は呼んだ。扉の鍵は開けておいた。特に何かを考えた覚えはない。まるで体が独りでにやってくれたようだ。事実そうなのかもしれない。頭は動いていない。
なぜだか悲しくはなかった。辛くもなかった。苦しくも虚しくもない。なにも感じないのだ。絶望すら、狂うことすら許されないかのように。この心は透明な沈黙で満たされていた。
血溜まりに沈む彼の隣に横たわる。かつて愛した人の骸は冷たい。その一部だったはずの血は熱をもっているというのに、冷たい。その冷たさを実感しても、私の胸は静謐を保っている。
感情は涸れていた。私はきっと既に生きてなどいない。ただ、死に損なってしまっただけなのだ。
少しだけ眠ってしまおう。
次に目が覚めた時は、もう警察が着いていることだろう。
だから、今だけは眠ろう。
ジャンルは恋愛でいいのかな?w
読了ありがとうございます。
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