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第五部

「会長たちも行ってしまいましたし、嫌々ながらあたしたちも行くとしましょうか」

「……はぁ」

 嵐のような勢いで結衣と神崎をひきつれた会長が部室を飛び出していくと、残された部屋は急に静かになってしまった。

 今までは聞こえなかった小雨が窓をかすめて行く音さえ明朗に届いてくる。

 小説を読むのにちょうどいい静かさだな、と副会長は思う。雨の日は読書をするに限るのだ。

「めずらしく会長がやる気を出したんですから、サポートするあたしたちが動かないでどうするんですか」

「口の悪い後輩といっしょでなければ幾分か気が楽なんだけどね」

「あたしも頼りない先輩とペアを組まされるとは思ってもみませんでした。まだパシリとして使えるぶん、神崎のほうがマシってもんです」

「パシリ以下、ね」

「マイナスですね」

「児玉くんはよく小説を読んでいるみたいだけど最近はやりのツンデレというのは」

「違います。いつまでも無駄口たたいてると怒られますよ」

 咲はそう言うと席から立ち上がり、ちらりと窓のそとへ視線をやった。きっと会長は野球部の部室にむかったことだろう。元野球部の神崎を連れていったのだからコネクションにはこと欠かないはずだ。

 副会長もあとからつられるようにして腰をあげた。

「僕らは呪いの出所を調査ということでいいかな」

 咲が驚いた表情をする。なんだか小馬鹿にされているようで、副会長の心中は複雑だった。こういうとき、どんな表情をすればいいのだろうか。間違っても笑ってはいけない気がする。

 論理的な思考をするのが苦手なわけではないのだ。いや、むしろ得意な分野にはいるかもしれない。ただ――

「なんで数学のテスト赤点なんですか?」

 そう、ただ試験には反映されていないだけで。

「学校裏サイトがあれば便利なのに」

 ふたりで旧校舎の廊下を歩きながら、咲が愚痴るように言った。

 普通の高校には裏サイトと称されるものがあるのだろうが、霞が丘高校ではそういった類のはなしを聞いたことはない。おそらくそんなものを作っているような物好きがいないからなのだろうが、良いにしろ悪いにしろ、学校の生々しい情報が手に入る場所がないというのは探偵にとって不便だ。

「信用度の低い情報をあてにしてはいけないからね。僕に言わせてみればそんなものに頼るのは邪道というものだ」

「あたしあんまり聞き込みとか好きじゃないんです。冴えない刑事がうーんと悩んでいるところに颯爽とあらわれた名探偵があれよあれよという間に事件を解決してしまうようなやつが好きなもので」

「つまり、面倒くさいことは鈍くさい僕に任せるってことかい?」

「あらいやだ。そんなこと言ってないじゃないですかぁ」

 わざとらしく笑うが、その瞳は笑っていなかった。

 先輩としての威厳はどこに消えてしまったのだろうと自分の半生を振り返ってみたが、会長に馬鹿にされ続けてきた思い出ばかりが蘇ってくる。

 生まれたときからダメみたいだ。無性にむなしさが込み上げてきて、ため息に乗せてふりはらう。

「けど、調べるといってもどこから目星をつけていいのやらわからないな。噂なんて誰がながしたものかわからないし」

「ある程度は絞り込むことができると思いますよ」

「どうやって」

「まずは動機です。普通に考えればただの風邪の集団感染だというのに、わざわざ呪いだとか怨念だとかいう物騒な話題をつくりだすのだから、それなりに理由のある人間がかかわっているのは間違いないでしょう。だからこそ一見どうでもいいことなのに、会長が重要視しているんです」

「なるほど。つまり野球部になんらかの恨みがある人物だと思っていいだろう」

 副会長が深くうなずく。

 人間性はあまり信用していないが、会長の探偵としての洞察力は舌を巻くものがある。だからこそ同好会のトップという地位を得ているのだ。

「で、その恨みというのは」

「体育会系の部活は大方グラウンドをとられている積年の怨恨があることでしょう。特にサッカー部とかは。彼らの練習場はサッカーというよりフットサルに近いものだと聞いています」

「だが、そんなものは年中変わらないだろうし、そいつらだって半分あきらめているんじゃないかい」

「人の恨みを侮ってはいけませんよ。副会長もいつか背後から包丁でグサリ、なんてことがあるかもしれませんからね」

 むしろ咲が被害者で、自分が犯人になっていそうだと真剣に思った。はやいところガンジーと同じくらい寛大な心を手に入れないと危ういかもしれない。

「ほかにも個人的な理由で恨んでいるという可能性もあります」

 副会長の危険な未来予想図も関係なく、咲が普通に続けた。

「たとえば素振りの最中に手がすべって飛んできたバッドに顔面を直撃された人とか」

「それは痛そうだ」

「極端な話ですけど、廊下で肩がぶつかったというだけで恨みに思う人もいるでしょう」

「それじゃ、僕たちには見当がつかないじゃないか」

「あたしたちには分からなくても、他の人が気付いている可能性は高いです。だから聞き込みをするんですよ、副会長」

 笑顔のひとつもなく咲が副会長の細長い背中をたたく。

 女子のなかでも小柄なほうである咲と、筋肉さえあれば運動部から引く手あまたであろう高身長の副会長が並んでいると、まるで教科書に載っている、子供の発達具合をまとめた図を見ているようだ。

 足のむくままに渡り廊下をつたい、教室のならぶ本校舎を歩いて行く。

 放課後の教室に人影はまばらだ。上級生の教室ほど下の階にあるので、副会長と同学年の3年生からまわっていくことになった。

 最高学年である3年生には、部活を引退して受験勉強に専念するひともいるが、学校側がそれほど受験に力を入れていないせいもあって強制ではない。そのため会長や副会長のように部活を続けるひとも少なくないのだ。

 どこかさびしげな雰囲気の漂っている教室のなかでは、数人の生徒がノートと参考書を広げてせわしなくペンを走らせていた。まだ6月ということもあって、それほど張りつめたような感じではなかった。

 これが冬に近づくにつれて見ているのが辛くなるような必死さに変って来るのだ。

 ほんとうなら副会長も残って勉強に励まなければならないような成績なのだが、やらなくて大丈夫なのだろうかと咲が珍しく心配するほどに。

「やあ」

 と嫌味にならないよう気をつけながら、机に向かう生徒のひとりに声をかける。

 問題に行き詰っていたのか、その人は疲れた様子で顔をあげた。勉強熱心ではなさそうだったが危機感をつのらせて残っているのだろうと咲は推測した。

「なんだよ、大高か。後輩連れて、彼女ができたって報告か?」

「違います」

 咲がつめたく言い放つ。

「そうだよな、お前には幼馴染とかいう世にも珍しい彼女候補がいるもんな」

「どうだろうね」

 この手のからかいには慣れているのか副会長がかんたんにはぐらかす。

「君はたしか野球部だったよね」

「レギュラーにはなれなかったけどな」

 自嘲気味に笑う。

 だからこそ部活をやめるふんぎりがついたのだ。

「野球部のなかで風邪が流行ってるのは知ってるかい?」

「ああ。この時期にしては」

「その原因を調査しているんだけど、なにか思い当たるようなことはないかな」

「そりゃあ――ただの体調不良じゃないのか。あんな息のつまるような男くさい場所で練習していたら身体も壊すだろ」

 なにを言っているんだというような表情で首をかしげる。

「あ――、いや、前にもこんなことがあった気がするな。たしか俺が1年だったころに。あれも梅雨どきで風邪が蔓延したんだったっけ」

「そうだったか。あまり覚えてはいないんだが」

「それもそうだ。今年よりは全然少なかったし、だれも騒ぎはしなかったからな。夏になってグラウンドが使えるようになったらウソみたいに無くなったし」

 まあ、偶然かもしれないけどな、と付け加える。

 これは貴重な情報を手に入れることができた。偶然という線も捨てきれないがおそらく関連性はあるだろう。一昨年と今年の状況を比べることで原因を見つけられるかもしれない。

「呪いの噂は?」

「野球部に怨念がついているとかそんなんだったっけ。もう俺には関係のないことだけど」

「だれかが話しているのを聞いたことは」

「教室で小耳にはさんだくらいだから特定はできない。わるいな」

「いや、すごく助かった。ありがとう」

 副会長が言うと、そのひとは欠伸をしながら問題集に向きなおった。数学の問題集だったが式を解いている時間よりもペンを回しながら問題文を凝視しているほうが長いみたいだった。

 頑張れよ、と声をかけてから教室をあとにする。

 まだ勉強をはじめるには早すぎると自分に言い訳をしながら。

「副会長もはやいところ問題集に取り組んだほうがいいですよ」

 無情にも咲が確信をついた。


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