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第3の事件

 寒い。

 学校の中とはいえど、暖房のある教室から出てしまえば息が凍りつくほど寒い。白くなった吐息をながめながら、結衣は重い足取りで探偵同好会の部室に向かっていた。

 本校舎の廊下からながめる教室のいくつかは、大きな運動部や吹奏楽部の部室になっていて、たくさんのスポーツバッグや管楽器のつややかな色が見える。

 校舎を揺さぶるようなバスクラリネットの音。

 パート練習をしているらしく、ばらばらのリズムと音程がまざっている。

 のばされた長い音符。ラ、の音だ、と結衣は思う。

 あまりこの音階は好きじゃない。曲を奏でることなく、絶対の指標として使われるラ、の音は孤独で、苦い思い出がつまっているから。さながら砂糖を入れ忘れたチョコレートのように。

「あーあ」

 嫌なことを思い出した。

 人の記憶も、CDのようにきれいさっぱり上書きできればいいのに。

 いまの楽しい探偵同好会の時間を、苦々しい歴史に重ねて、いつまでも忘れないでいたい。

 そうはいっても過去を消してしまうことが無理なのはわかっているし、いまさらどうあがいたところで変えられるものではない。

「わたしは名探偵なんだから」

 そう、ハッピーエンドに事件を解決するのが名探偵の仕事。

 つまらない記憶にしばられているようじゃ、みんなを幸せにすることなんてできやしない。

 決められた戒律と音符に従って、指揮者のタクトの踊るままに旋律を紡いでいくのが合唱なら、犯人の残していった足跡を、ひとつひとつ、あるいは三つ飛びくらいでたどっていくのが探偵だ。

 合唱部にわたしは求められていなかった。

 いつも歌っていると貧血を起こしてしまうわたしは、ただの足手まといでしかなかったから。コンサートになんて出してはもらえなかったし練習でもたびたび保健室で運び込まれていくのを億劫がっていた仲間がいるのも知っている。

 部長にもそういわれた。

 やめたら? 邪魔なんだけど。

 だから高校になったら合唱部にだけは入らないと心に誓っていた。今度こそは自分の居場所を見つけられるように。

 そんなときに現れたのが会長だった。

 足手まといでしかなかったわたしを、あろうことか探偵同好会に勧誘してくれた会長。

 自分に探偵の素質があるだなんて考えてもいなかった。思い返してみれば中学でも同じようなことは、ほんの些細ながらやっていたのだけれど。誰もそれを評価してはくれなかったし、褒めてもくれなかったから、価値のあることだとは思っていなかった。

 探偵同好会。

 五人がそれぞれに勝手なリズムと曲を奏でるから楽しいんだ。

 なにも合唱を全部否定するわけじゃない。それはわたしの肌に合っていなかったというだけのことだから。でも、いまはとても居心地がいい。

 あれから一週間が経ったいまも神崎先輩と咲先輩は部活に顔を出していないけど、きっとそのうち解決するだろう。

 なんてったって探偵同好会なんだから。

 名探偵に解けない事件はない。

 本校舎をぬけ、旧校舎とをつなぐ渡り廊下に差しかかる。廊下の反対側から見慣れた友達がやって来たので、手を振って声をかける。

「ひとみー!」

「ん、やっほ」

 怪盗同好会のルーキー、黒崎瞳。

「部活?」

「うん、これから。瞳は?」

「先輩たちが手品をするからおひねりを持って来いってうるさくてさ、仕方ないから安いお菓子でもあげようかと思って。十円ガムかなにかを投げれば静かになるだろうし」

「瞳、ケチだね」

「部長まで調子にのっておひねりを要求するんだから、あんな人たちに情をかけてやる必要はないの。ほんとにみんな子供なんだから」

 それじゃね、といって本校舎に入っていく瞳の背中に声をかける。

「そろそろ怪盗同好会の部室の場所を教えてよー」

「そのうちねー」

 またはぐらかされた。

 いつも旧校舎の階段を上るときには怪盗同好会のアジトがないものかと注意しているのだが、なかなか見つけることができない。時々瞳とはすれ違うのに。ひょっとしたら地下にでも隠れているんじゃないかと最近思う。

 探偵同好会の部室がある三階まで行くと、大抵息があがっている。

 こればかりは一年間かけても改善されることはなさそうだった。

 なにかの備品がおかれた、雑然とした通路のいちばん奥に探偵同好会の部室はある。結衣がノブをひねると、鍵がかかっているのか開かない。

「みんなまだ来てないのかな……?」

 時間にルーズな同好会ではあるけれども、今日は別段早く来たというわけではないから、いつも誰かが部室の鍵をあけているはずだった。

 結衣は本校舎の教員室にもどってから、再び部室のドアの前に立つ。

 そこで、違和感に気づいた。

「看板どこいったんだろ?」

 そこが探偵同好会の部室であることを示すプレートが、取り外されたのか見当たらなかった。結衣が首をひねりながらなかに入ると、もうそこには勘違いではすまない異変が起こっていた。

「部室が――ない?」

 そこには、なにも残っていなかった。

 抜け殻のような部屋だった。

これにて2月編は終了になります。

引き続き3月編をお楽しみください。

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