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交霊

「霊は、いるわ」

「やっと僕らはわかりあえたようだな、みなみ」

「いままで疑ってすまなかったと思ってるわ。うちもこれからは霊を肯定する立場にまわるから」

「これで形勢が逆転したな。これから探偵同好会はオカルトの方面も含めて捜査方針を決めていくことにしよう」

 満足げな表情で副会長が宣言する。強い味方ができたとあって、いつもよりも自信たっぷりに喋っている。

「僕、みなみ、そして結衣くんの3人で心霊探偵団を結成しよう。いまなら誠くんと児玉くんも参入可能だ」

「けっこうです」

 きっぱりと咲が否定する。

 副会長は調子に乗って咲につめ寄った。

「本当にいいのかい? あとから入りたいといっても手遅れだぞ」

「しつこいですよ。あたしはオカルトの類は一切信じていないので。会長も悪い夢でも見たんじゃないですか、いきなり変なことを言いはじめて」

「うちも最初は夢だと思っていたのよね」

 いつになく真剣な会長の口ぶりに、神崎はすこし身構えた。嘘や冗談のような感じはまったくない。むしろそういった雰囲気を許さないような、大真面目な口調だ。

「でもそれは間違ってたのよ。うちは霊の存在を認めなければならないの」

「どうしてですか?」

 結衣がいつになく目つきを鋭くして尋ねる。

「自分自身にいわれたのよ、こっくりさんを信じなければいけないって。ものすごくリアルな夢だと思ってたんだけど、目がさめても後ろに妙な気配があるのに体が動かせなくって――あれは完全にこっくりさんに呪われていたのよ。うちが信じないものだから」

「こっくりさんって、ずいぶん昔の話ですよね」

「結衣くん、その認識は間違っているぞ。呼称は変わっているが、今現在3年生の間では大流行の占いなのだ。『交霊の儀』という名前でな、なんでも我々の質問に答えてくれるというからみんな試している」

「……そうだったの?」

 会長が小首をかしげる。

「そんなことも知らずにこっくりさんの話をしていたのか。てっきり実物を目にして改心したのかと思っていた」

 副会長が呆れたようにいう。

「こっくりさん、ってあれですよね、10円玉とか特殊な紙とかを用意してみんなでそれを取り囲むやつ」

 神崎が思い出すように宙を見る。

「基本的にはそれで間違っていない。全国には様々なバリエーションがあってな、10円玉のかわりにシャープペンシルで代用するエンゼルさん、西洋風にいえばターニング・テーブル、そういうわりと有名なものからローカルな様式まで、全国的に普及しているんだ。なにせ一時期ものすごい流行って、社会現象にもなったくらいだからな」

「それで自殺者が多発したから絶対やるな、と厳命されて段々下火になって行ったと聞いたような気がします」

「少し誇張した表現かもしれないが、多くの人が精神的に不安定になったというのはたしかな事実だ。いうなればこっくりさんの呪いにかけられたんだろう。呼び出すに成功したはいいものの、離れてもらえなかった、帰してもらえなかったという話はよく耳にするな」

「うちもそのパターンだった。いわれた通りに『こっくりさん、こっくりさん、お離れしてもよろしいでしょうか』って訊くんだけど、返事は必ずいいえ、なのよ。それで怖くなって、目が覚めたらあんなことに。頭はもやもやするし、最悪の気分だわ」

「どう考えても夢でしょう」

 咲がじれったそうに反論する。会長はむっとしたように唇をとがらせる。

「教室のどこかで小耳にはさんだこっくりさんの遊びを思い出して、深層心理に潜んでいたこっくりさんに対する当時の恐怖がよみがえって来たんでしょう。よくない噂はたくさんありましたし、今でも本気でこっくりさんを恐れている人は大勢います。会長もそうだったはずです」

「うちはこっくりさんなんて、やったことなかったんだけど?」

「内容を聞いたことくらいはあるはずです。流行した際には誰でもどこでもやっていましたから、無意識のうちにしっかり覚えてしまっていたんでしょう」

「体が動かなかったのはどうして?」

「自己暗示です。自分はこっくりさんに呪われてしまった、という誤った認識が強烈に自分を制限したんです。のろわれている、だから体を動かせるはずがないという暗示のせいでほんとうにそうだと錯覚してしまったんですよ。人間な体なんて所詮はそんなものです」

「ふーん」と会長は頬づえをつく。そして、咲に質問した。

「ねえ咲ちゃん。あなた実際にこっくりさんをしたことがあるの?」

「いいえ。くだらないと思ってまったく相手にしてませんでしたから」

「じゃあ決まりね」

 会長はたちあがると、部室のドアに手をかける。読書に戻ろうとしていた咲が怪訝そうに質問した。

「どこへ行くんですか?」

「実物を体験してもらえれば納得すると思うのよね。ちょっと用意して来るから、そこで待ってて」

 会長はそういうと部室を去っていった。そのまぎわに「怖くて出来ません、なんて答えは許さないわよ。咲ちゃんも連帯責任者になって貰うんだから」と言い残して。

「……要は、自分だけ怖い思いをするのがいやなんですね」

 皮肉を返した咲の言葉は、廊下を走る会長には届かない。

 ――10分ほどして、ニヤリと笑みを浮かべた会長がもどって来た。いやな予感をいち早く感じ取って咲が逃げ出そうとするが、入り口をふさがれてしまい出られない。

「顔を見て確信しました。もっと早く行動を起こすべきだったと」

「さ、行くわよ。全員で」

「いったいどこへ連行するつもりですか」

 すこしでも隙があれば逃走できるようにと姿勢を低く構え、腰をおろした神崎が恐るおそる尋ねる。会長はドアに寄りかかりながら退路をふさいで、にんまりとほほ笑んだ。

「分かってもらうためには実演してもらうのがいちばん手っ取り早いと思って。オカルト同好会のやつらに頼んでみたら、快く引き受けてくれたわ。舞台を用意するのに時間はかからないから、すぐに来てくれていいって。というわけで、さっそく行くわよ」

「おれ、無条件に信じるんで行かなくてもいいですか」

 神崎の顔色は冬のプールに飛び込んだみたいに青ざめている。会長は抵抗する神崎と咲を否応なく拘束すると、底なし沼から伸びた腕のようにずるずると廊下を引きずっていく。

 残った副会長は結衣をうながして部室を出る。

 オカルト同好会の部室は探偵同好会と同じ、旧校舎におかれている。ひとつ下の階の廊下の奥に一行が向かうと、ドア越しにもわかる異様な雰囲気がこぼれ出ていた。

 ドアノブには血のような赤い文字で「オカルト同好会の部屋」と書かれたプレートがぶら下がっている。それだけでなく、髑髏の人形もゆらゆら揺れているというおまけつきだ。

 ドアを開けると黒い光が部屋をつつんでいた。どうやら照明に黒いビニールテープを張り付けているらしい。

 昼間だというのに厚いカーテンは閉め切られ、太陽光が入りこむ隙間はない。

 隅に置かれたラジカセから流れるホラー映画のサウンドトラックと相まって、どこか怪しい路地裏に迷い込んでしまったような錯覚を起こさせる。

「ようこそオカルト同好会へ」

 死霊使いのような服装をした集団がうめき声のような歓迎をする。

 フードをかぶっている上にサングラスもしているので、表情をうかがうことはできない。

 神崎と結衣は副会長の背中にかくれながら、こっそりオカルト同好会の部員達をのぞき見る。

「どうして変な格好をしてるんですか」

 泣きそうな声で結衣がきく。

「これが我々の正装だからだ。それっぽい恰好をしていれば、霊はおのずと向こうからやって来る」

 ガスマスク越しのようなくぐもった声。地声ではないだろうから、おそらく演技なのだろうが、それでもおぞましく感じられる。

「心霊体験をしたいのなら、君も我らの仲間になるといい。すぐに霊感が発達し、昼間でも霊が見えるようになるだろう」

「み、見えるんですか?」

「……私はまだ、修行が足りないのだ」

 どうやら出来ないらしい。

 会長は結衣の前に割って入ると、副会長の影に隠れている神崎と結衣を引っぱり出した。

「うちの大切な部員達を勧誘しないでちょうだいな。それよりはやく『交霊の儀』とやらをはじめてくれるかしら」

「大切ならこんなところに連れて来ないでくださいよー」

 神崎がじたばたもがくが、会長の手が緩むことはない。

「つべこべ言わない! ほら、はやく」

 会長は強引に結衣と神崎を中央のテーブルのまわりに配置すると、自分は離れた場所に移った。空いた残りの2つの席に副会長とうんざりした様子の咲が座る。

「会長はやらないんですか?」

 神崎がなじるようにいう。会長はとんでもない、というふうに首を振った。

「うちは昨日体験したばかりだもの。それにこっくりさんをお呼びするためには4人じゃなきゃだめらしいし、うちは人数的に余計なのよね」

「裏切りもの~」

「黙らっしゃい。さ、はやく始めちゃって」

「わかりました」

 オカルト同好会はうやうやしく一礼すると、テーブルに紙と10円玉をおいた。探偵同好会の全員の表情がこわばる。それからテーブルを囲んだ4人に、10円玉の上に指を乗せるよう指示した。

「いいですか、途中で絶対に離してはいけません。絶対にです。約束を守らなかった場合、我々はどのようなことになろうとも保証いたしません」

「か、会長」

「我慢しなさい、結衣ちゃん」

 泣きそうになりながら恨めしげな視線を送る結衣を、会長が一喝する。だが、会長の声もわずかに震えていた。

「みなさん、こっくりさんを少しでも疑ってはなりません――特にそこのあなた」

 オカルト同好会のひとりが憮然とした表情の咲に向かって警告する。脅すように声を低くする。

「取り返しのつかないことになりますよ」

「そうですか」

「本当に本当に大変なことになりますよ」

「わかりました」

「咲先輩っ!」

 結衣の必死な叫びに、うんざりしたような口調で咲は「わかった」といった。

「信じればいいんでしょ」

「その通り。我々の指示したように行動すれば、とても安全なのです」

 それからサングラスをかけた男はこっくりさんを呼ぶように、と指示した。壮絶な譲り合いのすえ、副会長がその任をまかされることになる。こわばった口調で、副会長は「こっくりさん、こっくりさん、どうぞ私のもとにおいでください」といった。

「それで結構です。では、今度はこっくりさんの好物をおたずねしてください。あぶらあげ、という答えが返って来るはずです」

「どうしてそんなことを質問するんですか」

 結衣が10円玉から顔をそむけながら質問する。答えたのはオカルト同好会ではなく、会長だった。

「うちらの意識とこっくりさんの意識が混同してしまうから。こっくりさんに、自分はこっくりさんなのだと気付かせなければならないの」

「よくご存じですね」

 感心したように魔術師の恰好をしたひとりが称賛する。会長はテーブルからなるべく距離を置きながら「まあね」と答えた。

 副会長が代表してこっくりさんに質問する。全員の視線が10円玉に引き寄せられる。一種異様な緊張のなか、古びた硬貨はゆっくりと「あ」の文字に向かって動きはじめた。

 結衣と神崎の表情が一気にこわばる。

 咲は不思議そうに自分の指が動くさまを見つめている。

 だが「あ」の文字に到達した10円玉がそれ以上動くことはなく、副会長は困ったようにオカルト同好会を見上げた。

「すこし霊力が弱いのかもしれません。誰かが信じていない、という可能性が高いですね。全員がこっくりさんの存在を信じれば、こんなことにはならないはずです」

 非難するように咲の肩をたたく。咲はまだ指さきの感触を確かめるように10円玉を注視している。

「さて、次は質問をしてみましょう。代表のかた、どうぞなんでもお尋ねください。ただ礼儀は忘れないように」

「――なんでもいいのか?」

「ええ、どうぞ」

「じゃあ」と副会長はつばを飲み込む。「僕はセンター試験がうまくいくかな?」

 ずずず、と10円玉が動きだす。そのまま「はい」に向かっていくと、副会長は安堵のため息をついた。体力を使いきったようにぐったり椅子の背もたれによりかかる。

「これで十分だ。僕はもう構わない。みんなも質問したいことがあったらいってくれ」

 副会長は3人の顔を確認するが、誰も口を開こうとはしない。恐怖で喋ることができないのか、それとも思い浮かばないだけなのか、判別は付かなかった。

 会長はうす暗い部屋のなかでテーブルを凝視している。そして時どきふと思い出したように後ろを振り返っては、そこに壁しかないことを確かめていた。

「もう終わりにするのでしたら『こっくりさん、こっくりさん、お離れしてもよろしいでしょうか』と聞いてください。大丈夫です、なにも心配することはありません。あなた方は正式な手順にのっとって交霊の儀を行いましたから」

 副会長はその言葉を聞いて、すこし安心したように質問をくりかえした。あるいは試験がうまくいくというお告げが出たからかもしれない。

 無事に10円玉は最後に質問に対して「はい」を指した。

「もう指を離しても結構ですよ」

 といわれて神崎がすぐさま人差し指を引っ込める。

 なにか不審な痕はないかと注意深く自分の指紋を観察していたが、異常は見つからなかったらしく、胸をなでおろした。

 咲は静かにしげしげとテーブルをながめている。

 まるでそこに、見えない何かを求めているように。

「これでお終いです。楽しんでいただけたでしょうか」

「こ、怖かったです」

 脱力した結衣が床に座り込んでしまう。副会長が肩を支えながら立ち上がらせようとしたが、足に力が入らずうまく起き上がることができない。

「結衣ちゃんがいちばん怖がってたみたいね」

「どれもこれも会長のせいです!」

「うちはみんなにも同じ体験をしてほしかっただけのことよ。結衣ちゃんもわかってくれたでしょ?」

「それはもう、十二分に」

 副会長では身長が高すぎるということで、会長と咲が両側から担ぐようにして結衣を支える。

 オカルト同好会の面々は黒いサングラス越しに探偵同好会を見送ると、暗い部室のなかへ戻っていった。

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