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予感

「だから、本当に霊能力や科学で説明できないような不可思議な現象は世界中に存在しているんだってば。その眼は信じてないな、よし、説明してさしあげよう。有名どころならバミューダ海域の魔のトライアングル――これは君たちも知っているだろう。フロリダ半島の先端とプエルトリコ、そしてバミューダ諸島を結んだ三角形の範囲では、船舶や飛行機が突如消失してしまったり、乗組員だけが神隠しにあったみたいにいなくなってしまうという怪事件が多発しているんだ。原因は諸説あるけど、僕はやはりなにか異形の力が働いているとしか思えない。日本のあちこちにも心霊スポットなるものがあるが、それの異常なまでに強力なものがバミューダトライアングルではないかと考えている。科学的な説明を試みようとした人もたくさんいるが、そのどれもが確実性に欠けている。つまり真実ではないんだ。第一、すべてを科学で説明できるというおこがましい風潮が間違っているんだよ。なぜ世界中にいわゆる超常現象やオカルトの類が分布しているのかを考察すれば、答えは簡単だ。つまり未知のパワーは存在している、という結論になる」

 パチパチパチ、と結衣ひとり分の拍手が副会長に向けられる。大演説に対してもっと大きな拍手はないものかとばかりに副会長は周囲を見回すが、咲をはじめ誰も話を聞いているようすはない。

 会長は一心不乱に菓子パンにかぶりついているし、神崎は会長とのオセロ対決の途中でうんうん唸っている。去年のクリスマスにもらった古本の山をとっくに消化した咲は、どこで見つけてきたのかぶ厚いハードカバーの本を読んでいる。

 結衣だけが真剣に副会長の話に耳を傾けていた。

 副会長は目に涙を浮かべ、感謝の言葉を述べる。

「ありがとう結衣くん、君だけがこの科学というウソで塗り固められた現実に疑問を抱いてくれるよ。他の人たちはみんな不都合な真実から目をそむけてしまう、でもそれじゃいけないんだ」

「その通りだと思います」

 結衣が力強くうなずく。お気に入りのホームズ姿のコスプレをしているのはいいが、世紀の名探偵がオカルト話を拝聴しているのはなんだか滑稽でもある。

 悩んだあげくに神崎が白のオセロをおき、いくつか石をひっくり返す。それを見た会長が間髪いれずに黒石をオセロ盤のかどに打ちおろす。あぁ、という悲鳴のような溜息が神崎からもれた。

「どうして科学なんていう得体のしれない物を信じられるんだ? 原子? 分子? それがなんだっていうんだ。僕らは科学というものを教科書でそれっぽく説明されているだけで、なにもわかっちゃいない。実際に目にしたわけでもないのに、テストで点数がとれるようにと無理矢理、頭に詰め込めさせられる。これは理不尽だ」

「おっしゃるとおりです、副会長」

「それならオカルトを信じたっていいじゃないか。妖怪や霊の教科書があって、それを教える先生がいたなら、僕らはきっとオカルトを疑わない。むしろ科学に対して疑問をぶつけるだろう、どうしてそんなもの信じてるの? って」

「まったくです、副会長」

「すべての学問は同等に扱われるべきだ。科学が存在するのならまやかしも同時に存在しなければならない。表と裏はつねに隣り合わせ、切っても切れない関係だ。それを強引に引きはがそうとするから科学では説明できないことがたくさん出てくる」

「イエス、副会長」

「オカルトを認めろ! 霊を認めろ! 超能力を認めろ! それこそが科学と超常が共存できる唯一の道だ! 世界を平和に、ラブ&ピース!」

「ラブ&ピース!」

「そこうるさい。黙って」

 仁王立ちになって空にピースサインを突き出している結衣と副会長に対して、会長の冷たい弾丸のような言葉が撃ちこまれる。

 浮かれた二人組はしばらく抗議するようにピースサインを崩さなかったが、会長のナイフのような視線を喉元に突きつけられてあっさりと降参する。

 力なくうなだれながら副会長が席に座ると、神崎が会長に投了を告げた。

 頭をかきむしりながら、げんなりした副会長を見る。

「あー勝てないっ! 副会長、気晴らしに一戦やりませんか?」

「僕が勝ったら話を最後まで聞いてくれるという条件をつけるなら、受けて立とう」

「じゃあ止めておきます」

 あっけなく引き下がる神崎。年季のはいったオセロを箱にしまうと、長テーブルの上に突っ伏した。

「なんか副会長のオカルトを聞いてたら肩が凝りました。どうにかしてくださいよ」

「マッサージしながらたっぷり話を聞かせてあげよう」

「――まるでどこかの怪しい新興宗教ですね」

「そんなものよ、オカルトなんて」

 会長が菓子パンの包み紙を丸めて投げると、NBAのフリースローみたいにゴミ箱へ向かって鮮やかな軌跡を描いた。

 ガッツポーズをしながら会長はつづける。

「いい加減に迷信は捨てなさい。この世に起こった怪事件がすべて霊の仕業だったら、うちら探偵の出る幕がないじゃない。同好会の存在意義が消えてなくなるわよ」

「怨念を抱いた幽霊の、生前に起こった事件を解決して真犯人を突き止めてあげるというのは」

「ただの除霊師じゃない。しかもレアなケースだし。恨みの元が男女関係のもつれによる痴情とかだったらどうするのよ」

「……夫婦喧嘩は、犬も食わないっていうだろ」

「つまり無理ってことね」

 会長が呆れた口調でなじる。そして、大きく伸びをすると眠たそうにテーブルに頭を乗せる。腕を枕にして心地の良い体勢を整えると、目を閉じた。

「暇すぎて眠くなって来たわ。くだらないオカルトばっかり聞かせるからよ」

「なら、背筋も凍るような怪談を――」

「遠慮しとく。うちはちょっと眠るから、面白いことがあったら起こしてね。もしうちが目覚めたときにみんなだけで楽しそうなことやってたら怒るから」

「意外と寂しがり屋ですね、会長」

 神崎がぼそりとつぶやくが、会長にひと睨みされるとあわてて口をつぐんだ。

「僕も眠いな。最近ずっとそうだ」

 副会長があくびをする。さきほどまでの元気はどこへ行ったのか、今は目が半開きの状態になっている。部室においてあるタンスの上から簡易まくらを取って来ると、副会長は頭をまくらにもたせかけた。

 会長はわずかに瞼をあけて、副会長のまくらを奪い取る。

 支えを失った副会長の頭は重力に従って、長テーブルに思い切りぶつかった。

「なんだよ、まったく……」

 涙目まじりに文句を言う。コートの袖をうまく利用して頭が痛くないようにすると、副会長も瞳を閉じた。

 結衣がこっそり神崎に耳打ちする。

「ふたりとも寝不足ってことは、今度こそ――」

「結衣ちゃん、なにかいった?」

 目を閉じたままけん制する会長に「いいえ、なんでもないですぅ」と笑いながら誤魔化す。結衣の額にはいやな汗が浮かんでいた。

「いま、命の危険をちょっと感じました」

「勉強で疲れてんのよ。いつになったら終わるのかしら」

 会長が力なく睡眠不足の理由を説明すると、副会長も静かにうなずいた。

「あとすこしの辛抱なんだが、それがどうしようもなく長い」

「健輔は来年もあるかもしれないわね」

「縁起でもないことを言うな。僕たぶん成功する」

「おそらく――かしらね」

 会長は眠たげにいうと、それっきり黙ってしまった。副会長も同じように動かなくなってしまう。

 ふたりが安らかな寝息を立てはじめるのを確認してから、結衣は本を読んでいる咲に質問する。

「あの、咲先輩?」

「なに?」

 短い返事。ページに向けられた視線をあげようとはしない。

「この部室で怖い話したの覚えてますか? 副会長がすごく怖い話をしていたのを」

「――そんなことあったっけ」

 咲はページをめくる手を少しだけ中断して、思い出すように宙を見上げる。すこししてから、怪訝そうに結衣に問い返した。

「夢かなにかを見たんじゃないの? 副会長が変なことばっかり言うから、夢に出てきたことと混同してるんだと思う。すくなくともあたしはそんな記憶はないし」

「……そうですか」

「あんまり真剣に副会長のオカルト講義を聞かない方がいいよ。ああいうのは話半分に聞き流すくらいがちょうどいいんだから」

「わかりました。ありがとうございます」

 抑揚のない結衣の返事。咲は一瞬、難しい表情をしたがすぐにまた小説を読みはじめる。

「でも」

 そうつぶやいた結衣の言葉は、誰の耳にも届くことはなかった。



 霞ヶ丘高校でも例にもれず最高学年になると理数系のクラスと文系のクラスとに仕分けされ、それぞれの科目に特化した授業を受けることになる。

 理数系クラスならもちろん数学や物理、化学などを。

 反対に文系のクラスでは歴史や古典などを教えている。

 とくに理数系クラスは成績の優秀なものが集まる傾向があり、羨望と尊敬の念を込めてαクラスと呼ばれている。αクラスの生徒たちは試験で良い成績を収め、名のある大学に進学するという義務を暗黙のうちに背負わされているのである。

 会長も副会長もαクラスに属しているわけではないが、勉強のプレッシャーは無言のまま重たくのしかかって来る。

 ふつうの生徒でさえそうなのだから、αクラスの生徒たちにかかる重圧は尋常なものではない。

 事件が起こったのはある意味、必然だったのかもしれない。

 プラスチックの下敷きは力をかけるとそのぶんだけ反発するが、あまりに折り曲げすぎると真っ二つに割れてしまう。人の心もまた、ある時不意に堪えられなくなって、折れてしまうものなのかもしれない。

 ――教室のなかではチョークとシャープペンシルの走る音が競走するように鳴っていた。黒板に羅列される数列。それを必死に写し取っていく生徒たち。そこに私語を楽しむような余裕はまったく存在していなかった。

 目を充血させながら問題に励む者、いくつもペンたこを作りながらもペンを握りしめる者、小刻みに貧乏ゆすりをしながらノートを取る者、みな一様に教師の言葉を一字一句聞き逃すまいと集中している。

 教室に余計なものは一切置かれていない。

 あるのは勉学に必要なものだけ。ノート、鉛筆、問題集。それらが生徒たちを監視するように机に置かれている。誰も時計を確認しようとはしない。

 居眠りをするのは勝手だが、お前を拾ってやるほどの温情はない、という態度の教師はさっさと板書をすすめていく。それに離されまいと必死に手を動かし、生徒たちは無表情に記憶を刻みこんでいく。

 無機質な騒音。

 それはリズムというにはあまりにも心のこもっていない音だった。

 ふと、音楽プレイヤーからイヤホンを抜いてしまったときのように、シャープペンシルの音がかき消えた。

 今までうるさいほど鳴いていたひぐらしの群れがいっせいに押し黙ってしまった夕暮れのような静寂。チョークの音だけがむなしく響く。

 異常を感じ取った教師がふりかえる。

 全員が、まるでひきつけを起こしたように、机上にぐったりと倒れこんでいる。居眠りではないようだったが正常な状態でないのは明らかだった。

 誰一人として意識を保ってはいない。

 だが、全員が苦悶の表情を浮かべている。なにか悪夢にうなされているかのように。

 主を失ったシャープペンシルがノートの上を転がって、冷たい床に落下する。音のない教室で、それは異様なまでに大きく響き渡った。

 数学教師はおろおろしながら教室を歩きまわったあと、狐につつまれたような表情で教室を出ていった。他の教師に応援を要請するためだった。

 生徒たちは今の時期に授業を受けないことがどれだけ痛手になるか本能的に理解している。それは刷り込まれた恐怖のようなものだった。だから、悪戯のはずはない。

 高層ビルの屋上から車の行き交う道路を見下ろすような感覚。

 ここから飛び下りてみたい気がする、でも怖い未来が待っているからやらない。

「いったいなんだっていうんだ」

 いらついた口調で廊下を大股に闊歩する。

 他のクラスは、いつも通りの授業を行っていた。ときおり耳に届く誰かの笑い声がいやにまとわりついた。

 事態は大事になった。

 αクラスの生徒たちは全員が保健室に運びこまれ、意識が正常に戻るまでベッド、あるいはマットの上に寝かされ、その後は教師たちによる尋問にあわされた。

 1クラス分の人数がいっせいに意識を失ってしまうという異様な事件を、教師たちは世間に公表しようとはしなかった。今の時期に学校に不穏なうわさが流れれば、進学の障害になる可能性があるという判断だ。

 それは保護者にすら秘密にされ、校内放送で『こっくりさんを、絶対にやってはいけない』という厳命が下されるだけにとどまった。だが、校長自らが放送を流すこととなっては好奇心旺盛な一般生徒たちの口をふさぐことはできず、またたくまにαクラスの怪事は全校生徒の知るところとなった。

 だが、翌日になるとすべての生徒がけろりと健康そうに何事もなく登校してきたため、事件がそれ以上発展することはなかった。

 全校生徒の心に「こっくりさん」という不可思議な存在を強く印象付け、αクラスの変異は終わりを告げたのである。まるで呪われたみたいだった、とそのとき教壇に立っていた数学教師は証言している。

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