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ホワイトクリスマス

「いい気分ね、人助けをすると非常に気分がいいわ。犯人はあなただ! じゃないパターンのなぞ解きも悪くないわね。人情探偵、片倉みなみって感じ?」

 会長は機嫌よくケーキをほおばっている。朝井から返してもらったお金でささやかな贅沢を楽しんでいるのだ。そのためか、ここ数日というもの会長から笑みが絶えることはない。

「その話、もう何度目ですか? いい加減耳にたこができます」

「いいじゃない、良い話はいくら聞いても損はないものよ」

 咲が苦情を申し立てるが、会長はヒラヒラ手を振って受け流す。

「それとプレゼントはどれだけもらってもいいものね。生徒会は素晴らしい仕事をしたわ。もちろんうちらの活躍もあるわけだけど、実際のところ金額的にはほんの僅かばかりの貢献なのよね。どちらかというと心理的な手助けが大きかったわ。これぞ名探偵の仕事ってものね」

「わたしもプレゼントはうれしいです!」

 生徒会から配られた、少しはやいクリスマスプレゼントは大きな反響を呼んだ。廊下のあちらこちらで喜びのダンスを踊って叱られる生徒が続出したほどだ。

 その光景をほほえましげに眺めていた朝井の表情は、おだやかなものだった。

「学校が今日で休みに入るのが惜しいくらいだわ。いつまでもこの高揚した感情をみんなに披露してあげたいものね」

「それは結構です」

 きっぱりと咲がことわる。会長が気にする様子はない。

「副会長からも、なにかプレゼントがあると嬉しいなって思います」

 結衣が悪意のない視線を副会長に送る。神崎があわててフォローしようと口を開きかけたが、その前に副会長が大きな鞄のチャックを開いた。

「――まあ、見てののとおり僕からのクリスマスプレゼントだ。せっかくアルバイトの金が入ったから、あまり高価なものじゃないが、もらってくれ」

 長テーブルにならべられていくのは、包装紙にくるまれた品物。縁には赤いリボンが飾り付けられ、華やかな雰囲気を醸し出している。大きさはそれぞれだったが、どれも小奇麗に彩られていた。

「副会長、ありがとうございます! 開けてみてもいいですか?」

 結衣が子供のように目を輝かせながら副会長をうかがい見る。副会長は軽く笑って「いいよ」と答えた。

 はやる心をおさえながら、破かないように包装紙をほどいていく。ささやかに紙のこすれる音がクリスマスツリーのイルミネーションが光る部室を包み込む。

 いち早く歓喜の声をあげたのは結衣と神崎だった。それぞれスイーツの詰め合わせセットと万年筆をキラキラした瞳で見つめている。

「そのくらいしか用意できなかったんだ」

 副会長が言い訳気味に弁解するが、結衣は勢いよく副会長の腕に抱きつく。その勢いで椅子ごとひっくり返りそうになる副会長を、うしろから神崎が支えた。

「大好きです副会長!」

「――まあ、ありがとうといっておこう」

 照れているのか、顔をそむけて副会長がいう。その顔は赤く染まっている。

「これ、有名なケーキ屋さんのですよね? 何時間くらい並んだんですか」

「クリスマスで込んでいたのもあったし……三時間くらいかな」

 結衣がさらに強く抱きつく。副会長はちょっと痛そうな顔をしていた。

「この万年筆、おれの手帳によく合いますね」

 会長の言葉などをよくメモしている神崎の黒い手帳に、つややかな紅い万年筆は綺麗に映える。さっそくページを開いて文字を書いてみると、なめらかにペン先がすべった。

「本当にありがとうございます。おれ、大事にしますから」

「壊さないようにしてくれよ」

「――これは、よく見つけましたね。レアな本ばかりです」

 プレゼントの包みを開き終わった咲が、古い推理小説が積まれた山をしげしげと眺める。昭和の香りが漂う黒っぽいカバーをした文庫本からは、かすかに本屋の匂いがする。

「古本屋でアルバイトをしていたからな。店主さんにいって集めてもらったんだ。見る人が見ないと価値のわからないものばっかりだから、意外と棚の奥のほうで眠っているやつも多かったけどね」

「それにしても、こんなのタイトルを見たことしかありませんよ。復刻版も出てないし」

「読み終わったら貸してくれるとありがたい。僕も少し読んでみたいんだ」

「いくらでもどうぞ」

 咲はていねいに本の束を鞄にしまうと、名残惜しそうにそれを見つめる。どうやらいますぐ読み始めたくてうずうずしているらしい。堪えられなくなったのか一冊だけ取り出すと、最初のページを開く。

「手袋」

 会長がぼそりとつぶやく。

 その手には暖色の毛糸で編まれた一組の手袋がにぎられている。ほころびのない手袋は副会長が編んだものではないことを示していたけれど、上品な毛糸の感触はやわらかかった。

「うちが失くしたっていってたから」

「それくらいしか思いつかなかったんだ。悪いな」

「別にかまわないわよ」

 会長はそっけなく返事をした。その声を聞いた咲は文章を追う目を止めると、耳をピクリと動かす。やれやれ、とため息をつきながら本を再びしまい、よだれを垂らしながらケーキを凝視している結衣と玩具を買ってもらったばかりの子供みたいに万年筆で線を書きまくっている神崎をうながす。

「そろそろ帰ろう」

「えー、わたしここでケーキを食べていきたいです」

「えー、おれまだ帰りたくない」

「つべこべ言わないで、はやく」

 咲の有無を言わせぬ口調と鋭すぎる視線に気おされたふたりは、しぶしぶといった様子で咲に部室のそとへ連れ出されていく。ドアを閉める直前に、咲はすこしだけ副会長と目を合わせて、ウインクする。

 賑やかな人々が去ってしまうと、残された会長と副会長のまわりを静寂が包みこんだ。モミの木に飾られた小さな色つき電燈が、祝福するみたいに交互に光っている。

 副会長がそとを見上げると、すっかり空は黒く塗られていた。

「帰ろうか」

 副会長がいうと、会長は「うん」と短くこたえてイルミネーションの電源を切る。暗くなった部室を後にすると、ふたりは同じ方向の家路をたどる。

 夜空は雲に覆われていて、星の光を見ることはできない。冷たい風が通り抜ける。会長はもらったばかりの手袋をゆっくりとはめた。

「ねえ」

「どうした」

「全員分のプレゼントを合わせるとさ、アルバイトのお金だけじゃ足りないよね」

「――セールだったんだよ」

「嘘つき」

「うるさい」

 会長が足元に転がっていた小石を蹴飛ばすと、からからとアスファルトを転がって排水溝の隙間に吸い込まれていった。

「嘘だよ」

「なんで断言できるんだよ」

「うちもやろうと思ったけど、足りなかったんだもん」

 会長が唇をとがらせる。

「四人分っていうとけっこうな額になっちゃうのよね。それで、やめたわ」

「そうか」

「でも、健輔からプレゼント貰っちゃったし。返さないとね」

「べつにいいさ。気にするな」

「はい。これ」

 会長は唐突に立ち止まると、ポケットに忍ばせていた袋を副会長の目の前に突きつける。副会長は驚いたようにそれを見つめ、うけとった。

「足りなかったんじゃないのか?」

「だから健輔の分しか買えなかったんでしょ。言わせないでよ」

「そうか、それはすまない」

 無言の沈黙がふたりの間に舞い降りて、しばらく言葉を交わさずに歩く。お互い顔を見ることはなくて、前ばかり向いている。もうすぐ分かれ道だという所に差しかかってようやく会長が口を開いた。

「ねえ健輔」

「うん?」

「ありがと」

「お互い様だ」

 会長が手袋ごしに副会長の手を握る。副会長はすぐに会長の手を握り返す。温かい感触がお互いに伝播した。

「あ、雪だ」

 頬にあたった冷たいものを会長が見上げる。曇りがかった静かな空から粉雪が舞い落ちている。

「寒いな」

 副会長が小さな声でつぶやくと、互いの体温をたしかめ合うみたいに、ふたりは雪のなかを寄り添った。

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