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探偵からのプレゼント

冬のアルバイトは想像以上に体を酷使した。

 身を切るような風が無情に路面を吹きすさぶなか、屋外で働くのは精神的にも肉体的にもこたえるものがある。会長にほとんど強制的に肉体労働を命じられた神崎の手は、あちらこちら赤切れを起こし、乾燥しきっていた。

「はあ――これでおしまいか」

 働くのは大変だったけれど学校が終わるとすぐにアルバイトに向かう毎日は新しい世界が開けたみたいに新鮮で、楽しかった。それが今日でおしまいとなると少し物寂しいような気もする。

「お疲れ様でした!」

 野球部仕込みの大きな声で挨拶をし、工事現場を去る。

 懇意にしてくれたベテランのおじさんが「じゃあな」と笑いかけてくれる。神崎は深々とお辞儀をしてから、会長たちとの待ち合わせ場所である、副会長がアルバイトをしていた駅に足をのばす。

 朝井がバイトをしているのもその近辺なので、帰りに待ち伏せようという作戦らしい。十日ほど働いて得たお金は、それほど大金ではなかったけれどお小遣いとして使うには十分な額だ。

 それを生徒会に寄付してしまうというのはすこし惜しい気もする。

「遅いわよ誠くん。逃げられたらどうするつもりなの」

 もうすでに駅前の広場には探偵同好会の面々が集合していた。会長は神崎の手から今までの給料が入った封筒をとり上げると、なかにある数枚のお札を数え、小銭を確認する。

「しけてるわね」

「なんですか、そのカツアゲみたいな台詞は」

「まあいいわ。あとは朝井を待ち伏せて、驚かせるだけね」

 私服姿の会長がのんびり構えながらいった。学校がアルバイトを禁止していることはかくしているので、制服ではいられないのだ。

 そういえばこうやって同好会のメンバーが校外で集まるのは久しぶりだな、と神崎は思う。

「――副会長」

 結衣がつんつんと副会長の肘を小突く。

 かなり高い位置から副会長が結衣に視線を向ける。

「なんだい?」

「あの、お給料はわたしが副会長の分まで一生懸命に働いたので、ぜひクリスマスプレゼントは買ってください。お願いします」

「ああ、そのことか」

 副会長は興味がなさそうにこたえる。

「仕方ないよ。最初に貯めていた分はあるけど、それだけじゃとても足りないし。なかったものと考えてくれ」

「そんなぁ……」

「来ましたよ」

 咲が声をかける。その視線の先には、背中を丸めて歩く朝井の姿がある。黒いコートはいつもより寂しげに見えた。

「よう」

 副会長が肩をたたくと、朝井は弾かれたように顔を見上げ、そして硬直する。朝井の両目はわずかな間大きく見開かれていたが、やがて平静の表情に戻った。

「さすがにばれちゃったか。上手いことやったと思ったんだけどなあ。さすがは探偵同好会ってところだね」

 照れ臭そうに笑う。会長は得意げな顔をして朝井に近づき、背中をどついた。

「あえてすべてを語ることはしないわ。うちらはこの真相を公表するつもりはないし、それについてあなたたちを責めるつもりもないから。だから安心して、これを受け取ってちょうだい」

 ずいと差し出したのは今しがた徴収したばかりの封筒に入ったお金だ。朝井は静かにそれを受け取ると、中身を確認する。

「これは――って、聞くまでもないか」

「黙って貰うのが男ってものよ。あげるから、使って」

「まいったなあ」

 朝井が困ったような口ぶりで天を仰いで、ぼやく。だがその表情は明るいままだ。

「君たちの気持ちはとてもうれしい。言葉では言い表せないくらいに感謝してる。この際規則がどうのこうのなんていってはいられないからね、現におれらが破っているわけだから。そしてそれは、明日でお終いの予定だったんだ。つまり、目標金額はほとんど集まっていたんだよ」

「――つまり?」

「このお金の、3割だけでいい。生徒会に寄付していただけないだろうか」

 深々と頭を下げる朝井。会長はひどくバツの悪そうな顔をして、朝井に頭をあげるよう促す。

「全部あげるっていったばかりじゃない。3割といわず、どーんと持って行きなさいよ。こっちもなんか恥ずかしいじゃない」

「そういうわけにはいかない。これは君たちが汗水たらして働いたものだ。生徒会が無暗に受け取れるものじゃない、それがいくら君らの善意だったとしても。だから、最低限の額だけいただく。それがおれなりの礼儀だと思うから」

 ありがとう、と。

 朝井はこげ茶色の封筒から数枚の札を抜き出し、うやうやしく感慨深げに見つめてから財布にしまう。朝井の財布にはほとんどお金が入っていないようだった。

「残りの分は返すよ。どうぞ好きなことに使ってくれ。この施しは忘れないから」

「ずいぶん横柄な態度ね」

 会長が鼻をならす。

「推測はついているんだろうが、こんな事態になってしまった自分たちが情けなくてね。みんなを騙さなくてはならない罪悪感とか、これで本当に良かったんだろうかという迷いとか、そんなことばかり考えてた。君たちに真相を見抜かれ、すこし悔しい思いもある。言い訳になるが、こんな風に複雑な心境を、どうやって制御していいのかわからないんだ」

「あら、そんなの簡単なことじゃない」

 胸を張り、会長が答える。

「うちらを信用すればいいのよ。名探偵は事件をハッピーエンドに解決するのが仕事。なら、うちらが取った行動こそがハッピーエンドへの道のりになるのよ。今回でいえば、うちらは真相を明かさないことにした。それが最善の手段だと思ったから」

「おれのしたことは正しかったって言ってくれるのか?」

「そうよ。我らが生徒会のトップなんだから、あんたの判断が間違っているわけないじゃない。もっとうちらを信頼しなさいよ。後輩だか何だか知らないけど、身内をかばおうって姿勢は嫌いじゃないわ。学校のルールを破ってまで、約束を守ろうとする気迫も褒めてあげる」

「……励ましまでもらっては、おれはあんまり頼れる生徒会長じゃないかもしれないな」

 朝井はふっ切れたように笑った。

「おれら生徒会は学校のためじゃなく、生徒のために活動しているんだ。それを忘れちゃいけないから、クリスマスイベントを企画したはずだったんだけどな。改めて思い知らされたよ、なにがいちばん大切なのかって」

 ぽんぽん、と副会長の肩をたたく生徒会長。

「お前も大切なものはだいじにしろよ」

「なにを――」

「じゃあな」

「あの、ちょっとお話があるのですが」

 手を振って立ち去ろうとする朝井に咲がこっそり耳打ちする。

「探偵同好会の予算を拡大していただけないでしょうか。実績は認められるはずです」

「……前向きに検討しよう」

「ぜひよろしくお願いします」

 苦笑しながら駅の人込みのなかへ溶け込んでいく朝井を見送ってから、会長が咲に聞いた。

「なんて言ったの?」

「便宜を図ってください、と依頼しました」

「抜け目ないわねぇ、まったく」

 ほとんど呆れたような会長の視線を無視して、咲は話を続ける。

「ところで、このお金はどうします?」

「ああ、これね。ぱぁっとみんなで使っちゃいましょうか。ちょっと高いレストランくらいには行けるはずよ」

「そういうことなら、返してもらいます」

 咲は封筒から自分の取り分を引き抜くと、そそくさと懐にしまいこむ。それにならって神崎と結衣も急いでお金を回収する。

「なによ、ケチくさいわね。これだから日本の景気はいつまでたっても良くならないのよ」

「あたしはそれで結構です。会長はどうぞ盛大に消費してくださいな」

「副会長、どうぞ」

 咲は結衣から封筒をとり上げると、会長の分を除いてから副会長に手渡した。副会長はおずおずと中身をのぞきこむと、ほっと胸をなでおろす。

「なに安心してるのよ」

 会長が八つ当たり気味にいちゃもんをつける。副会長はどこ吹く風といったようにお金を見つめているので、つまらなくなった会長はぷいとそっぽを向いた。

「さ、用事はすんだから帰るわよ。あんまり寒いところに風邪をひいちゃうんだからね」

 ひとりでさっさと駅の改札を通り抜けてしまう会長。その手がポケットに入れられているのを、咲は注意深くたしかめていた。

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