解いてはいけない謎
「生徒会が全校生徒にクリスマスプレゼントを配布するという企画が発表されて、Xデーを翌日に控えた朝会のさいに何者かによって襲撃されプレゼントを盗まれてしまったというのがこの事件のあらましです。犯人はおそらく学校内部の生徒だと、生徒会の人たちは証言しています。そしてプレゼントの中身、犯人の動機などは不明です。生徒会長の朝井さんも犯人の顔は見ていないといっています」
結衣が部室のなかを徘徊しながら話す。名探偵の掟のひとつ、推理をするときは歩きまわらなければならないという項目を律儀に実践しているのだ。
「ここでひとつ疑問が浮かび上がってきます。犯人が生徒であるならばどうしてプレゼントをわざわざ盗みに行ったのでしょうか。強奪には非常に大きなリスクがかかります。プレゼントは待っていてもやって来るのに自分から危険を冒す必要はありません。ですがプレゼントの中身を知っているのは生徒会だけ。高級な品物なので盗みに行ったという説は薄いです」
推理の途中で副会長のパイプ椅子に足を引っ掛ける。結衣は気にしなかったようにまた歩きはじめるが副会長は申し訳なさそうに椅子をすこし引っ込めた。
「ここで生徒会がアルバイトをしているという情報を加えてみましょう。バイトをするにはいくつかの理由が考えられます――お金がほしい、働きたい、誰かにプレゼントを贈りたい」
結衣はここで立ち止まった。
お気に入りのホームズの衣装をはためかせ、パイプ煙草を口から離す仕草をする。もちろんそこに煙をたゆらせるものはない。
「わたしたちが選挙で選んだ生徒会のみなさんはとても優秀な方達です。彼らは滅多にミスをすることもないし、いつも楽しいイベントを企画してくれます。今回もそういう生徒を喜ばせたいという善意からはじまったイベントでしょう。でも、生徒会といえど人間です。滅多にミスを犯さない、けれど、間違いを犯すこともあるでしょう。それは非常に珍しいことなので、気づくまでに時間がかかったのかもしれません」
結衣は再び部屋のなかをまわりだす。推理のテンポによって歩くスピードを変えているらしい。
こげ茶色のローファーが冷たく硬い床をたたく音が小気味よくリズムを刻む。
「そこで仮説を立ててみました。生徒会が予算を申請したときに計算ミスをしていた、という可能性です。当然学校に請求した金額ではプレゼントを買いそろえられません。ひょっとしたら予算の請求額が低かったためにこの企画が認められたのかもしれませんね。どちらにせよ、今のままではプレゼントは不足してしまいます」
「それならもう一回学校に金を出してくださいって頼めばいいんじゃないか?」
神崎が質問する。結衣は足を止め、神崎に微笑みかける。
「当然その請求を学校側は突っぱねると思います。生徒会が間違っていたのなら新たに支出をする義理はありませんから。経費削減というものです」
「いつも生徒会に助けられているくせに」
「わたしたちは残念ながら自分でお金を稼いでいるわけではありませんから、金銭のことが絡むと格段に立場は落ちます。それが大人の強みです」
抑揚のない口調で述べると結衣はまた推理を再開する。
「期日は決めてしまった。けどプレゼントがそろわない。ミスをしました、もう少し待っていてください、といえば良かったのでしょうか? 会社だったらそうすべきでしょう。ミスをした人間は責任を取らなければなりません。けれどももしそれが一年生だったら? 間違いがあったと公表する以上、その人は責任を追及されるでしょう。生徒会はクビ、ほかの人が代わりに生徒会に入るかもしれません。ですが朝井生徒会長はやさしい人柄ですからそれを申し訳なく思ったことでしょう」
「つまり、ミスをした部下をかばったということですね」
咲がはっきりした声でいった。もうほとんど事件の全貌を理解しているような口ぶりだった。
「そうです。ひとりのミスは全員のミス――運動部的な連帯責任をかかげれば個人を守ることはできるでしょう。ですが、それでは今まで先輩たちが築いてきた生徒会の名誉と尊敬が失われてしまう。プライドや葛藤もあったことでしょう」
「あいつなら、そう考えると思うわ」
会長が太鼓判を押す。結衣は満足げにうなずいて見せる。
「そこで考えました。誰かに盗まれたことにすればいい、せめて自分たちでアルバイトをしてお金を貯められるだけの時間を稼ぐことができればいい、と」
探偵同好会の部室におだやかな静寂が流れる。誰もが結衣の言葉に耳を傾けているのだ。
「自作自演の襲撃です。朝井さんは実に巧妙な計画を立てました。自分たちはもちろん、校内にいる誰も犯人にならないような計画を。最初の朝会で、生徒会長は遅刻や欠席している生徒のことをなんとなく、ですが確実に意識させました。わたしたちも朝会時に教室にいなかった生徒をまず容疑者として疑ってしまったことからも、それがわかります」
「それで? 自分たちも疑われない方法ってどうするのかしら?」
会長が目を輝かせながら尋ねる。
「録画です。前日にでもあらかじめ朝会を録画しておけば、生徒会の人たちが教室にいたまま犯人を登場させることができます。プレゼントを消失させる手間もはぶけますし、自分たちを縛る時間も稼ぐことができたでしょう。放送室には生放送だけでなく、ビデオを流せる機械もありましたし、先生たちもいなかったので実際のところなかの現状は外部から見ることができませんでしたから」
「証拠はあるのか?」
神崎が犯人でもないのにおきまりの台詞を吐く。その問いに答えたのは結衣ではなく副会長だった。
「証拠がなかったのが、証拠だよ」
「え?」
「僕らが現場を検分したとき、証拠らしい証拠はなにも見つけられなかった。それこそが当日なにも起こっていなかったという証拠になる。ふつうの高校生がなんの痕跡も残さずにあれだけのことをやってのけるのはまず不可能だからね」
「副会長のいう通りです。証拠がない、それこそが証拠です」
「なるほど」
神崎が手帳に鉛筆を走らせる。結衣は書き終えるのを確認してから口を開く。
「学校が終わるとすぐにアルバイトに向かう生徒会の人たち。これで放課後にいなくなる謎も解明されました。後はプレゼントだけですけど」
「それはお楽しみってことね」
会長が言葉を継いで、結衣は「はい」と嬉しそうに答えた。
「でも、この事件はうちらの出る幕はなかったのかもしれないわね」
会長が疲れたように椅子へ腰をおろし、思い切りのびをする。
「なぜですか? 事件は解決したじゃないですか」
神崎がけげんそうに聞く。会長は神崎の手帳を指さし、いった。
「名探偵は事件をハッピーエンドに解決するのが仕事でしょ。うちらが今回の事件の真相を明かしたところで誰も幸せにはならない。生徒会が一生懸命に働いてまで守ろうとしているものを、全部壊しちゃうことになるもの」
「解いてはいけない事件、ですね」
咲が感想をもらす。ほとんど無表情だが、そのなかにはわずかに嬉しそうな色がうかがえる。
「さてと。うちらもそろそろ帰りますか」
会長が腰をあげる。咲が不思議そうな顔をした。
「もう帰るんですか?」
「ただ帰るわけじゃないわよ、もちろん」
ニヤリと口元を浮かべる会長。咲は背中に悪寒が走るのを感じた。
「真相を知ってしまった以上、うちらも協力しなければいけないと思うのよね。微々たる戦力だけど、アルバイトに赴くのよ。たまったお金は生徒会に寄付、ということで」
「本気ですか?」
「当たり前じゃない。それも名探偵の仕事のうちよ。さ、行くわよ」
抵抗の色を見せる咲を強引に引っ張っていく会長。部室のドアが閉じられると、副会長がいつも以上に気苦労をのせたため息を吐き出した。