第二部
「夏風邪がはやっているらしいから結衣ちゃんも気をつけなよ」
会長がソーダ味のアイスをほおばりながら言った。涼やかな青色が目にまぶしい。
「大丈夫です、なんとやらは風邪をひかないっていいますから」
結衣が胸をはってこたえる。
「だってさ、健輔」
会長が副会長の背中に声をかける。
咲から聞いた話だと二人は幼馴染らしく、お互いを下の名前で呼び合う仲なのだ。付き合ってはいないようだが、普通の友達以上の関係であることには恋愛にうとい結衣にもすぐ分かった。
「なにが言いたいんだ、みなみ」
「そこまで言わせるから健輔は頭が悪いんだ」
会長がやれやれと肩をすくめた。
副会長の頭の悪さはひどいものだと会長から教えてもらったことがある。なんでも追試の常連らしい。それから神崎も同じように成績がよろしくないのだとか。
だから結衣ちゃんもちゃんと勉強しておきなよ、と忠告されてしまう始末である。
それでも会長と咲は平均以上の成績をとっているので、全体でのバランスはやや低めに傾いているということだ。
「そうですよ副会長、しっかり大学には進学してくださいね。あたし副会長と同じ学年にはなりたくないですよ」
発売されたばかりの推理小説をもう半分ほど読み終えながら咲が言った。
「なぜ僕ばかり責められなきゃならないんだ。神崎くんだって同じようなものだろう」
その神崎とオセロをしている副会長が抗議の声をあげる。神崎の次の一手を見ると、顔色を変えて悩みだした。
「副会長は見るからに優等生キャラなのに成績が悪いという負のギャップがありますから。それに対して神崎は見るからにスポーツ馬鹿です。どちらが残念かは一目瞭然でしょう」
まったく遠慮のない咲の言葉。
会長がくったくなく笑う。咲はなにか恨みがあるのではないだろうかというほど副会長に強い言葉を浴びせかける。本人もそれを楽しんでいるようだし、副会長もなれているのかあまり気にしていないので問題ないのだが。
さすがに結衣には皮肉を飛ばすほどの勇気はまだないのだけど。
「夏風邪のときってなにを食べればいいんでしたっけ」
結衣がだれにともなく質問した。
「アイスにきまってるじゃん」
会長が即答する。オセロの石をひっくり返す音が無機質に響いた。
「やはりビタミンをとることが大事ですからね、ゴーやチャンプルなんていかがでしょうか」
まともな回答をよこしてくれたのは咲だった。
「あたしのクラスでも野球部の何人かが休んでいますし、あまり不健全な生活をしていると危ないですよ会長」
「あら、咲ちゃん優しいじゃん」
「あたしは先輩思いのいい後輩ですから」
副会長が盛大な咳ばらいをした。
「副会長も風邪ですかね」
対面している神崎がおもむろにオセロの黒石をおきながら言った。結衣が盤面をのぞきこむとどうやら神崎のほうが優勢らしい。副会長は残念なことに4つの隅のうち3つをすでに取られていた。
「どうやらそうみたいだね」
副会長は本を読んでいる咲のほうを見るが、とうの本人が意に介した様子はない。ゆっくりとページをめくる手の動きはとまらず、すばやく行間に目を通していく。
肩をすくめて副会長はオセロを降参した。
神崎はうれしそうにマグネットのはいった石をあつめて、ぼろぼろになったケースにしまうとそれを棚の上にのせた。ほかにも将棋やチェスなどの盤も積まれているが、いちばんよくつかわれているのはオセロだった。
たまに暇をもてあました会長が相手をしていることもあるが、回数をこなしているわりに副会長も神崎も強くはなくて、圧倒的な大差で負けているのがほとんどだ。
「あ――そういえば、おれの野球部の友達も学校を休んでましたね。野球部内で風邪がはやっているんでしょうか」
神崎が席に戻りながらつぶやく。
「同じ部室をつかってるんでしょ、たしかあの散らかった薄汚いところ」
会長がはき捨てるみたいに言う。それから「うち、あそこ嫌いなの。どうにも汗臭くてムリ」と付け加えた。
結衣はまだ行ったことがないが野球部には専用の部室が用意されていて、そこには泥まみれになったユニフォームや使い古されたグローブが置かれているのだ。広さは探偵同好会とは比べ物にならないくらいで、何十人もの部員が腕立て伏せをできるくらいのスペースが確保されている。
さほど強くないとは言っても、霞ヶ丘高校の野球部はサッカー部や陸上部を抑えて堂々のグラウンド支配権を握っており、それにともなって待遇も非常にいい。
つまり学内で一番の勢力を誇る部活ということだ。
「そうです。最近は雨でグラウンドが使えないのでもっぱらあそこで筋トレに励んでいるみたいですね」
神崎が解説した。
「でも不自然ですね。雨なのに風邪がはやるなんて」
「なんかの事件かもしれないわね」
冗談っぽく会長が笑った。
更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
なるべく早く更新するようにはしますが、いろいろ(テストなど)あって厳しいかもしれません。