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尾行

「生徒会のプレゼントっていったいなんだったのかしら」

 会長がふと思い出したようにいった。

「朝井に聞いても教えてくれないし、プレゼントの中身って意外と重要な推理の鍵になるんじゃないかしら。もしも中身を知っての犯行だとすれば、どこからか情報が漏れだしていることになるし、それを欲しがっていた人物も逆算できるわ」

「そうはいっても、教えてくれない者は仕方ないだろう。生徒会はもう奪われた分を補充しはじめているといっていたし、朝井の性格からして最後まで中身は明かそうとしないんじゃないか」

 副会長が教室の机に突っ伏しながらこたえる。長いからだは机に収まりきっていない。

「そうかしら。捜査のためって強引に押し切れば教えてくれると思うんだけど。背に腹は代えられないでしょ」

「やめておけ。それは無粋ってもんだ」

「どうしてよ? 生徒会だって犯人は見つけたいはずでしょ」

「みなみだって推理小説のオチをばらされる代わりに報酬があるっていわれても、断るだろ。いたずらを仕掛ける子供みたいなもんだ。最後まで秘密にしているからこそ意味があるんだ。それを誰か一人にでも知られてしまったら、一気に興ざめだ」

「たしかに。そうかもしれないわね」

 会長は手にしているパンを一口かじる。会長のお弁当はいつも早々に消化されてしまうため、おやつ代わりの食べものが欠かせない。

 自分のお弁当を細々と食べながら副会長がきく。

「今日も部活はあるのか?」

「あるわよ。がっつり。事件が解決するまでは毎日だからね」

「……はぁ」

「なによため息なんてついちゃって。名探偵は事件が起こっているあいだは生き生きしてなきゃだめなのよ」

「僕は――」副会長外れていた眼鏡をかけ直す。「早く事件が解決してくれればいいと思う。できればクリスマスの前に」

「なら、そのために頑張りましょ」

 ばん、と副会長の背中を思い切りたたく。鈍い悲鳴が聞こえた。



「さてさて」

「やってまいりましたね」

 たがいに顔を見合わせ、笑みを浮かべているのは結衣と神崎だ。

 副会長を尾行するために、副会長の家の前で待ち合わせをしていたのだが、それでは近すぎると思いなおしてすこし離れた場所で待機している。最初結衣がホームズの衣装を着て来たためあわてて脱がせたという経緯はあるが私服姿の副会長が姿をあらわすと一気に緊迫感が高まる。

 ジーパンに、上着を何枚も重ねている副会長はまるで雪だるまのようにふくれている。大きくなった背中を追いかけていくと、やがて駅前に出た。

 夜の冷気にあてられて結衣と神崎の頬はほんのりと赤く染まっている。姿を見られないようにある程度距離を置きながら、ふたりは副会長を追って改札を抜ける。

 すぐにやって来た電車にはカップルが何組も乗っていて、利き過ぎた暖房とともに車内の温度をあげている。副会長は空いた座席のひとつにすわると、うとうと居眠りをはじめた。

「どこまでいくんでしょうかね」

 副会長のとなりの車両に陣取った結衣が神崎に聞く。

「さあ。あんまり遠くでなければいいんだけど」

 隅の座席に腰を下ろす神崎。すくなくとも電車のなかにいるうちは尾行は簡単だ。

 クリスマスソングを歌うように電車は一定のリズムを刻んでいくつかの駅を超えていく。やがて副会長がゆっくりまぶたをあけると、思い出したようにプラットホームへ降り立った。

 結衣と神崎もあわててその後をつける。一瞬、副会長がうしろを振り向いたが、人ごみにまぎれて結衣たちの姿には気付かなかったようですぐに前を向いて歩きだす。

「あぶなかったですね」

「これでこそ尾行って感じだね」

「よく見てください。副会長、回数券で降りて行きましたよ」

「ほんとだ。ってことは、いつもここに来てるんだろうな」

 ひそひそと推理を交わしながら改札を通り抜ける。そこは霞ヶ丘高校の生徒たちが利用する最寄駅から三十分ほど行ったところにある駅だった。

 いくつかの路線が交差しているため利用客も多く、駅前は人でごった返している。イルミネーションがまぶしかった。

 副会長は一直線に目的地に向かっているようだった。いくつか道を曲がり、交差点を越えて、信号を渡るとさびれた古本屋に入っていく。

「ここがデートの待ち合わせ場所なんでしょうか」

「まさか――とは思うけど、ひょっとすると本が好きな彼女なのかもしれない。副会長も好きだし」

「もしかして、咲先輩でしょうか」

「いやいや、そんなわけは……ない、はず」神崎の語尾が弱々しくなっていく。「同じ部活のなかで三角関係なんて、信じたくない」

「どろっどろですね。なんだかわたし楽しくなってきました。いっそ神崎先輩とわたしも含めて五角関係なんてどうですか?」

「――まだ地球を救う方が簡単そうだ」

 神崎の背中に悪寒が走ったのは寒さのせいだけではなかった。

 ふたりはしばらく副会長が本屋から出てくるのを待っていたのだが、副会長はおろか、店に入る客さえもほとんど見当たらない始末で、だんだんと手足の指さきがかじかんでくる。

 しきりに白い吐息で冷たくなった手指を温める。尾行をする途中で、張り込みにかわるとは想像していなかった。防寒対策を怠ったのはこれで何度目だったろうかと、文化祭のことを思い出しながら反省する。

 一陣の風がふたりのいる電柱の影を通り抜けていった。

「寒いです。耐えられないくらいに」

「ここは我慢だ。副会長の浮気現場をおさえるまではここで待つしかない」

「でも、いっこうにやってくる気配がないですよ。いっそ店内にいたほうがいいんじゃないでしょうか」

「あんな狭い店にふたりで行ったらすぐに気付かれちゃうだろ。副会長を尾行していたことがばれたら大変だぞ」

「構いません。修羅場歓迎です」

「なに暴走族みたいなことを言って――」

 神崎の言葉を無視して、雪山で遭難している登山者がストーブの幻影に引き寄せられていくようにふらふらと本屋のほうへ吸いこまれていく結衣のマフラーを、神崎がつかんだ。

「待て」

「わたし、もう疲れましたパトラッシュ」

「辞世の句か。とにかく見つかっちゃダメだ」

「ああ……」

 物欲しげに窓からもれる温かな黄色い光を見つめる結衣。その眼は焦点を結んでいない。

 神崎はちらりと副会長がいるはずの本屋を見やってから、白い息を吐き出した。

「仕方ない。いちど近くの喫茶店にでも――」

 避難しようか、といいかけたとき、唐突に古本屋のドアが開いた。内側からエプロンのようなクリーム色の作業着を着た副会長が、重そうな段ボール箱をかかえて出てくる。

 茶色い箱の上からのぞいた副会長の視線は、電柱の影から体を乗りだしている結衣と、それをつなぎとめている神崎の姿をしっかりととらえた。

「なにやってるんだい、こんなところで」

「それはこっちの台詞ですよ」

 神崎が観念したようにいった。

 副会長のアルバイトが終わったのはそれから数時間後のことだった。神崎と結衣はしばらく古本を立ち読みして時間をつぶし、ようやく副会長がその日の分のあまり多くはない給料をもらうと、三人は帰りの電車に向けて歩きだした。

「副会長」と結衣が自分よりもずっと背の高い副会長を見上げながら呼びかける。「どうしてアルバイトなんてしているんですか? うちの学校はバイト禁止ですよ」

「それに勉強の大事な時期じゃないですか。こんなことしてていいんですか?」

「こんなことといわれてもなあ」

 後輩ふたりから浴びせかけられる率直な質問に、副会長は視線をそむけながらこたえる。

「お金が必要だったんだ、自分で稼いだ」

「なんのためにですか?」

 結衣が間髪いれずにきく。

「欲しい物があるからね」

「なんですか?」

「――白状するよ。ほんとうは秘密にしておきたかったんだが」

 と前置きしてから、

「みんなに、プレゼントをあげようと思ってね」

 照れ臭そうに鼻の下をかく。街の明かりが無骨に副会長の表情を照らし出していた。

 神崎はさささ、と副会長の前にまわりこんでから

「プレゼントですか?」

「そうだよ」

 ぶっきらぼうな返事。

「それで、規則違反をしてまでアルバイトを」

「そうだよ」

「おれ達のために?」

「そうだってば」

「副会長!」

 神崎は九十度に腰をおって頭をさげた。

「おれ今まで副会長のこと見くびっていてすみませんでした。これからは一生ついて行きます!」

「わたしも!」

 結衣が副会長の右腕に抱きつくと、副会長は困ったような表情をした。

「みなみには、黙っててくれよ」

「咲先輩にはいいんですか?」

「児玉くんはどこか気付いているような節があったからな――まあ、いわないに越したことはないが、たぶん感づいているだろう」

「副会長……」

 結衣がうるんだ目で副会長を見上げる。

「筋肉痛にもなって、寝不足にもなって、わたしたちのために命を削って働いていてくれたんですね」

「いや、そこまでは――」

「それなのに、わたしたちといったら咲先輩と会長との三角関係だとか、副会長が浮気をしているとか、邪推してばかりでした」

「そんなことを考えていたのか」

「これからは認識を改めます。我らが副会長です。生徒会と同じ、いや、それ以上に素敵です! 副会長万歳!」

「万歳!」

 人目をはばからず両手をあげて万歳斉唱をする結衣と神崎。副会長がどうにか通行人の目から隠そうとするが、四方八方から飛んでくる視線は夜の風よりもずっと冷たい。

 こんなことなら他人のふりをすればよかったと後悔しながら、副会長の眼は神崎の頭の向こうにいる人物をとらえていた。コートのフードをかぶってはいるが、あれはたしかに見覚えのあるシルエットだった。

 副会長は有無をいわせず神崎と結衣のマフラーを引っ張って、その人物が本人であるかどうか確かめようとする。驚かさないように後ろからこっそり近付くと、気配を感じたのかその人物が振り返る。

 だが、副会長がとっさに身をかがめたためか、それともたんに人が多くて気付かなかったのか、その人物は駅のプラットホームにのみ込まれていった。

「……どうしてこんなところに?」

 ひとりつぶやく。副会長の眼に映っていたのは、霞ヶ丘高校の生徒会会長、朝井の小さな後ろ姿だった。

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