探偵たち
翌日の放課後も、同じように部活は行われた。
生徒会からは再びテレビ放送で連絡があり、無くなった分のプレゼントを確保するために時間がかかるので、プレゼントの配布は延期されるということだった。
企画が廃止にならなかっただけいい、という前向きな意見もあったが生徒たちの注意はもっぱらプレゼントを盗み去った犯人の行方に向けられていた。
誰がやった、彼がやったとあらぬうわさが飛び交うのはまだいいほうで、探偵同好会でなくても自ら捜査に加わろうとする集団が大挙して放送室に押しかけることもあった。
生徒会はその協力を断ったが、その理由を「自分たちの責任は自分で取る」と説明した。
「皆さんには多大なご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ありません。この件は我々生徒会が解決にむけて調査中ですので、心配は無用です」
朝井はそういって深々と頭を下げた。
「――ったく、なにやってんのよ」
会長がいらついた様子で部室のなかを歩きまわっている。というのも、授業はとっくに終わっているのにいつまでたっても咲が姿を現さないのだ。
携帯電話もつながらず、メールもない。
普段から時間にルーズな探偵同好会とはいえ、数十分も遅れることは珍しい。真面目な咲が連絡もよこさずに無断欠席をするとは考えづらかったが、まだ部室に来ていないのは事実だ。
「学校を休むでもなく、早退したでもなく、いったいどこで油を売っているのかしら。遅すぎるのよ」
昨日のトラブルについては誰も話題にだそうとしない。
副会長は部室のすみで腕を組みむっつり黙りこんでいるし、もう一人の当事者である咲は部活に来ない。空気は灰色の鉛のように重たくのしかかっている。
鮮やかに飾り付けられたクリスマスツリーだけがピカピカと色のついた電球を点滅させる。
「誠くん、ちょっと校内をさがしてきてくれない――」
会長がいいかけたところで部室のドアが勢いよく開かれる。そこには額にうっすらと汗を浮かべた咲の姿があった。
「すみません、遅れました」
「遅刻するならするって連絡をよこしなさいよ。心配したじゃないの」
「いろいろ調べることがあって、携帯電話の電源つけるの忘れてました。でもこの事件、とっかかりはつかめそうですよ」
咲は鞄をおくと、長テーブルを囲む席についた。
ホワイトボートの近に会長が立ちマジックペンを構えている。その右手側に結衣、神崎が座り反対側には副会長と咲が着席する格好だ。
ペンのキャップをはずし、会長はいつものようにブレインストーミングのような単語を書き出して要点をまとめていく。いくつかの言葉が丸で囲われ、直線でつながれる。
「探偵同好会の意地とプライドにかけて、そしてプレゼントを奪還するためにも探偵同好会は全力で事件解決に取り組むわよ。うまく生徒会に恩を売ることができれば予算拡大、部員増員、部室増設くらいは取り計らってもらえるかもしれないわよ。ただの事件じゃなく、うちらには報酬まであるんだから、これを解決しない手はないわ」
会長の力説は続く。
「ただ、探偵同好会の存在意義は事件解決の報酬にあらず、解決そのものにあると心得なさい。予算もプレゼントもおまけにすぎないわ。事件は探偵のもとに転がりこむとはよく言ったものね。日ごろの成果を発揮する大チャンスよ。謎が目の前にあるのなら、それを解くのが名探偵の仕事なんだから」
バン、とホワイトボードをたたく。
こすれたマジックの線が少しだけ手についた。
「事件の全貌をまとめると、生徒会が朝のテレビ朝会中に何者か、あるいはグループによって襲撃され、放送室にあったクリスマスイベント用のプレゼントをごっそり盗まれたということになるわ。目撃者は校内にいた全員、けれどカメラに写っていない部分は見ることができなかった。それに加えて現場にいた生徒会の役員たちはすぐに制圧されちゃったから犯人の顔は見ていない。分かっているのは、犯人が霞ヶ丘高校の制服を着ていたということだけ――つまり、うちらの学校のなかに犯人一味がいるということね」
犯人、と大きく書かれた文字。雑だが、バランスの整った字だ。
「謎はいくつかあるわ。第一にだれがやったのか。HRから抜け出したやつらがいるはずなのよ。動機はなにか、プレゼントは保証されているのにリスクを冒してまで盗みに行く理由がわからないわ。そしてプレゼントはどこに保管しているのか。これは重大な問題ね。隠し場所さえ特定できればそこから逆算して犯人の正体も明かせるってもんよ。そして、現場にみじんも証拠を残さない手際の良さ。どうして犯人は制服を着ていたのか――挙げればきりがないわ」
「でも、その一つ一つが解決の糸口になります」
結衣が手をあげていった。
会長は親指を立ててほほえむ。
「ザッツライトよ、結衣ちゃん。がんじがらめにされた謎のほうが事件的には解決しやすいものなのよ。そのぶん推理は難しくなるけどね」
「じゃあ、どれがいちばん簡単なんですか」
質問したのは神崎だった。手には例の手帳をたずさえている。
「――難しい質問ね。どれも厄介だわ。強いていえば、制服の謎、そして証拠が残っていなかった謎というところかしら。どちらも不自然だしね」
「わざわざ制服を着て身元が特定されやすくなる必要はありませんし、どう考えても襲撃の際に痕跡くらいは残していくはずです。それをしなかったということは――」
「外部犯が、内部犯のふりをしている可能性がある、か」
副会長が咲の言葉を引き継いだ。
「そうなると犯人を突き止めるのは困難だな。メリットが少なすぎる。まさか黄金を配るわけでもあるまいに。なにか裏があると思ったほうがいいだろう」
「そのことなんですが」
咲がスカートのしわを直しながら立ち上がる。
「部活に来るまえに生徒会の人たちに聞き取りをしようと思ったんですけど――誰一人として校内に残っていないんです」
「生徒会長も?」
「はい」
「――怪しいわね」
会長があごに手をあてて考えこむ。肩ほどにかかる髪がさらりと揺れる。
「生徒会が絡んでいるんでしょうか」
結衣が思いついたような口調でつぶやく。
「あながち間違いでもないかもしれません。生徒会が裏でつながっているのなら、話は簡単ですから」
咲が頷きながら賛成する。だが、会長の表情は晴れない。
「無理ね。アリバイがあるもの。生徒会の役員が教室を離れていれば記録に残ってしまう。欠席がつくからね。そしてカメラ中継で何名もの倒れている姿が見えた。これでアリバイ成立」
「――となると、やはり外部犯か?」
副会長がうなる。会長はふたたび首を横に振った。
「この時期、授業なんて息抜きみたいなものだから遅刻してくる生徒が相当数いるわ。そしてそれは、生徒会の役員ではない。あの人たちは遅刻なんて決してしないもの。事件当日の遅刻者、欠席者だけでもかなりの容疑者が生まれることになるわ」
「となると、やはり謎を解明するしかないか」
副会長の口調は昨日と比べると心なしか明るいようだった。相変わらず目の下の隈や疲れた様子はぬぐえていないが、すくなくとも苛立った感じはない。
「プロのテロリストが犯人っていうのはどうでしょうか。生徒会の用意していたプレゼントのなかに重要な機密書類だとか発信機だとか、小型の記憶媒体が紛れ込んでいて狙われたとか」
神崎が名案とばかりに自説を披露するがすぐさま会長に一蹴される。
「ハリウッド映画の見すぎね。そんなに都合よく物事が展開するはずがないわ」
「でも、違うっていう証拠もないですよね」
食い下がる神崎に、結衣が無情な答えを出す。
「プロのテロリストがわざわざ姿をさらすような失態を犯すでしょうか。誰もいない深夜にでも忍び込んで、鍵をピッキングして盗む出しておしまい、だと思います。催眠ガスという手もありますね」
「……そうですか」
うなだれる神崎をよそに議論は会長の手によって進められていく。
「教師がけしかけた、っていう可能性はどうかしら。動機は分からないけど、HRの出欠席はごまかせるし、生徒会との権力争いとか――」
「それよりも生徒会長へのあてつけという線はどうでしょうか。次の生徒会長の座を狙っている人物からすればチャンスになりますし」
「恋愛がらみの怨恨事件だと思います」
わいわいがやがやと無秩序に広がっていくマインドマップはとどまることを知らず、冬の早く訪れる夕暮れを認めたときにはすでにホワイトボートが文字で埋め尽くされていた。
神崎や副会長が入りこむ隙間もない。
居眠りをしていた授業のように神崎が大急ぎでメモをとっているが、見開きのページだけでは容量が足りず、もはやなにがなんだかわからない混沌とした状態になっている。
事件はさらに難解さを極めていた。
「結衣くん、君は欲しい物とかあるかな?」
すっかり暗くなった放課後の帰り道、副会長がおもむろに尋ねる。
「欲しいものですか?」
「そうだ。君ならサンタクロースになにをたのむかい」
「私は――そうですね」
結衣はすこしだけ漆黒の空を見上げた。街の明るさに消された星の光は、針であけた穴から漏れているみたいに頼りない。クリスマスの派手なイルミネーションに比べると、それはあまりにも儚かった。
「美味しい物が食べたいです。せっかくのクリスマスですし、みんなでケーキを囲んでパーティーなんていいですね。お酒はダメですよ? 酔っ払ってそのまま、っていうのはあんまり好きじゃないですし。あ、でも、前々からうっ憤した思いがたまっていてっていうシチュエーションなら」
「もうわかったよ。高校生にはサンタクロースはやって来ない」
疲れたように副会長がいった。それを見た結衣が心配げに声をかける。
「大丈夫ですか? 最近なんだかずっと疲れっぱなしですね。元気ないですよ」
「――まあ、いろいろとね」
副会長は曖昧にはぐらかすと今度は神崎のそばにすり寄っていく。はてな、と結衣は首をひねる。なんだか様子が変だ。
神崎としばらく話してから副会長はなにかを考えるように難しい顔をしながらとぼとぼ歩いて行く。
「どうしたんでしょうか」
「おかしいね」
結衣がこっそり神崎に耳打ちすると頷き返す。
「五月病にしては時期外れだし、中二病ともちょっと違うし……なんだろう」
「あ、ひょっとして」
結衣がほくそ笑む。
「恋わずらいだったりするかもしれませんね」
「でも、副会長には会長がいるはずじゃ」
「あのふたりが必ずしもうまくいっているとは限りません。この間はすごいところを見ちゃいましたけど、副会長も男ですから気がうつってしまうこともあるでしょう」
「ってことは」
「浮気です」
ニヤリとふたりはどす黒い笑みを浮かべる。
「副会長もなかなかやるねえ」
「意外とプレイボーイですね」
「だから会長と喧嘩してたのか。ばれていないにしろ、副会長にも負い目があるからな」
「そういう些細な心のすれ違いが喧嘩につながってしまうんですよね」
「副会長が変だったのはそのせいか」
うんうんと納得したように首肯する神崎。
「でも、そうすると疲れたり、寝不足気味だったりするっていうのは」
「――まさか」
ありえない、と言いたげに神崎は結衣の考えを否定しようとする。うっすらと顔色が悪い。
結衣は表情ひとつ変えずに続ける。
「新しい彼女と、ってことですね」
「ウソだろ――副会長が、そんな」
「先月のこともあります。あれで副会長が性に目覚めてしまったとしたら、ありえない話ではありません」
真剣な眼つきの結衣の言葉に、神崎は絶句する。首筋をいやな汗が伝った。
「もしそれが事実だとすれば、大変なことになるぞ」
「はい。探偵同好会の存亡の危機です」
「ここは、探偵の出番だな」
制服のネクタイを締めなおす神崎。その目つきは鷹のようにするどい。
「浮気調査は、現実の探偵の主な仕事だ」
「私も協力します」
「ありがとう。ふたりで協力して、この世紀の危機を未然に防ごう」
「ハッピーエンドが探偵、ですね」
「ああ」
冬の冷たい夜が更けていく。凍てつくように冷淡な風が結衣と神崎の火照った頬をなでる。副会長はひとつ、大きなくしゃみをして鼻をすすった。