現場検証
「ようこそ、という状況じゃないんだよね。残念ながら。でも君たちが協力してくれることには感謝する。わずかでもいいから手がかりがほしいところなんだ」
事件現場となった放送室の前には、数名の生徒会役員と会長である新井、そして探偵同好会の面々が集合していた。
プレゼント奪還にいきまく会長が新井に直談判して捜査に協力させてほしいと頼んだのだ。
最初は悪いからと断っていた新井だったが、会長の尋常でない熱意に折れて、合同で捜査を行うことになった。最初に調べなくてはならないのはやはり事件現場であると会長が主張したため、一同は事件の当日の放課後に放送室に集まっていた。
「悪いな、うちのみなみがわがままをいって」
副会長が早々に頭を下げる。同様に、神崎と、咲も頭を下げる。
「ちょっと! なんで謝らなくちゃいけないのよ。うちらは捜査に協力してるんだから、むしろ感謝してもらわないと」
「明らかにでしゃばり過ぎだ。生徒会だって迷惑だろう」
「いえいえ、そんなことないよ。こちらとしては同好会とはいえ、専門家に意見をうかがえるのだから願ってもみないことだ。一刻も早い事件解決になるよう、お互いに頑張ろう」
「ほらね、つまりそういうことよ」
新井のさし出した手を会長がにぎりかえしながら胸を張って部員達を見回す。副会長は疲れたように「はいはい」と適当な返事をすると、すぐさま右手を出す。副会長が新井との握手を終えると、会長はさっそく放送室の内部へ足を踏み入れる。
放送室は主にふたつの部分に分かれている。
テレビ放送の際の音量などを調整する整備室と、主に朝礼などの会見のために使われる部屋が、壁で仕切られている。
二つの部屋をつなぐのは音漏れを防ぐための重厚なドアであり、それ以外に行き来する手段はない。
整備室では音量調整のほかに、CDやビデオテープによる映像を流すこともできる。昼休みにスピーカーから流れてくるクラシック音楽は、この部屋から生まれたものだ。
「実はここに入るのってはじめてなのよね。意外と広いじゃない」
「何人もの役員を配置しなくてはならないからね。そうでなければプレゼントの山を運んだりはできないよ」
新井は放送室の内部を歩きまわりながら説明を続ける。
「おれが会見を行っている途中、見たことのない人たちがいきなり入って来たんだ。そいつらはあっという間におれ達を床に引き倒して、目隠しをされているあいだに出ていった。全部のプレゼントを盗んでね」
「顔は見てないの?」
会長が質問する。
「覆面で顔をおおっていたからね。それにおれは彼らの容姿や特徴を見る前に早々と倒されちゃったから、ほとんど見てないし覚えていないんだ。恥ずかしながら」
苦笑いをする朝井。だが、その眼が笑っていないことに副会長は気づいていた。
「人数は? よほどの大人数じゃないと大量のプレゼントを運び去るのは無理だろう」
今度は副会長が問いを投げかける。
「実はね、あのテレビに映っていたのはプレゼントのすべてではないんだ」
「どういうことですか?」
神崎が手帳を構えながら聞く。朝井が喋っている最中は必死に手を動かしてメモをとっているのだ。探偵同好会の記録係として任命されたのはつい最近である。
だが、大抵のことはいちど聞けば頭に入ってしまうので、メモをつかう必要性はほとんどない。
勉強はちっとも覚えられないけれど自分たちの好きなことならばすぐ記憶できるものなのだ、会長は自慢げに解説していた。
「さすがに大量のプレゼントにもなると運び入れが大変でね。この放送室では置く場所が足りないんだ。それにおれら生徒会がいちいち運んで来なきゃいけないから、ほんとうは今日の放課後に店側から一気に運んでくる手はずだったんだ。だから放送室にあったのは全体のごく一部、というわけ」
「じゃあ、プレゼントはおおかた無事なんですね?」
結衣が目を輝かせながら尋ねる。
「まあ、ね。でもなくなった分を再び仕入れるとなると少し時間がかかる。当初の予定通り明日にみんなに配るという計画は残念ながら達成できそうにないね。――君は一年生かい?」
「はい。一年の白谷結衣といいます」
「そうか。来年は生徒会に立候補してみない? 白谷さんにはその才能があると思うんだけど」
「えー、そうですかぁ?」
はたから見ても分かりやすい反応で結衣が相好をくずす。お菓子をもらったときと同じ、満面の笑みだ。
「たしか入学早々に教室で起こった事件を解決した人だよね。噂では密室連続殺人事件と神隠しにあったような犯人の謎を同時に解決したとかなんとか」
「いやぁ、実はそうなんですよー」
「違うでしょうが」
会長が結衣の後頭部に突っこみを入れる。打楽器のように気持ちのいい音が放送室のなかにこもる。
「どんだけ誇張してんのよ。ちょっとは遠慮ってものを知りなさい。それにうちのスーパールーキーを勧誘しても生徒会にはあげないんだからね」
「でも、生徒会に入れば進学が楽なんですよね」
会長にぶたれた頭を押さえながら結衣がいう。朝井の目つきが少しだけ鋭くなる。
「結果的に、ね。でも生徒会に入ったからといって努力しない人間は、端的な話では留年する可能性もある。おれらは生徒会のプライドを守るため、そして自分自身の成長のために勉強をして、その結果として良い進学率を残しているに過ぎないんだ。だから生徒会にもぐりこんでしまえば、なんて甘い考えのやつらは当選できないんだよ」
口調はいままでのように穏やかなものだがその裏には厳しい色が隠れている。結衣は朝井の顔をまじまじと見つめると「ごめんなさい」と謝った。
「いいんだよべつに。わかってくれればさ。ただ、進学は生徒会の特権じゃないってことだけ覚えておいてね」
「はい」
「なによ。うちよりもなつくじゃない。結衣ちゃんも白状ね」
ぼやく会長を見て、朝井は声を立てて笑った。
「おれはそんなにできた人間じゃないよ。立派に会長をこなしている片倉のほうがしっかりしてるさ」
「あら、そうかしら」
「会長だってデレデレしてるじゃないですか」
結衣が唇をとがらせる。
「デレデレなんてしてないわよ」
「さ、余計な話はここまでにして早いところ調査を済ませてしまおう」
副会長が結衣と会長をひきはなす。咲がくすりと笑った。
「どうしたんだ?」
神崎が不思議そうな顔をする。
「なんでもない」
「事件のとき、朝井のほかには誰がいたんだ?」
「そうだね――おれと、数人の生徒会の役員たち。それ以外に先生なんかはいなかったよ」
「つまり、生徒会のメンバーだけってことか」
「平たくいえば」
「犯人に心当たりは?」
「ないね。おれらは恨まれるようなことはしていない――って言い切れればいいんだけど、事件が起こってしまった以上弁解する余地はない。ひょっとしたら恨みをかっての抗議運動の一環だったのかもしれないし、単にプレゼント狙いの犯行だった可能性もある。おれには分からないよ」
「でも、プレゼントは全員に配る予定だったんですよね」
結衣が残念そうな表情を見せる。
「それなら無理に奪いにいく必要もなかったんじゃないですか? というより、犯人たちは霞ヶ丘高校の生徒だったのでしょうか」
いやに丁寧な口調で結衣が朝井に質問する。朝井は首を縦に振って応じた。
「それは確かだ。なにせ制服を着ていたからね」
「だったら犯人はすぐに絞れるんじゃないですか?」
「そうはいってもね――」
朝井は顔をしかめる。
「学校側としてはこの事件を明るみにはしたくないらしいんだ。ほら、窃盗事件だろ、これって。つまり生徒の中から犯罪者を出したくないというわけ。そもそも事件がなかったことにすれば、犯人もいなくなる」
「勝手な大人の都合ですね」
神崎が憤慨するが朝井は軽く笑って受け流す。
「おれらとしてもメリットがないわけではない。学校の評判を守れるからね。でも犯人を突き止めないことにはプレゼントを配ることができない」
「ねえ、うちらが犯人を捕まえたらおまけのプレゼントをくれたりしない?」
「前向きに検討しておくよ」
「ケチ」
「まあ、学校側が消極的な姿勢では早期的な解決は見込めそうにない。おれらは捜査という方面に関してはまったくの素人だからね」
生徒会の仕事外だ、と朝井は力なくうなだれる。
「こちらの警備が甘かったことは認めよう。まさか学校内で襲われるとは思ってもみなかった。けれど、おれらには責任をとる力がない。このままじゃ卒業するまでに犯人を暴く事も出来ない」
「任せてください。それは私たち探偵同好会の仕事ですから」
結衣が胸を張ってこたえる。
どこから持ってきたのか虫眼鏡を取り出すと、あ、と声を出した。
「衣装忘れて来ちゃいました。ちょっと取ってきますね」
いそいで放送室を飛び出していく。
「なんだい、衣裳って」
「すぐにわかるわよ」
放送室は本校舎にあるため、探偵同好会のある旧校舎まで戻るには時間がかかる。渡り廊下を往復しなければいけないうえ階段も上り下りしないといけないので、ホームズの格好をした結衣がかえって来た時にはすでに疲れきっていた。
「本格的だね」
「ある意味ね」
会長がめずらしく気苦労の乗ったため息をつく。
それから探偵同好会の5人は放送室のなかをくまなく捜索し、なにか不審な場所や証拠品が残っていないか徹底的に調査した。
機械の裏、カメラのレンズ、床に敷き詰められた絨毯の毛まで、室内をくまなく捜しつくす。結衣は虫眼鏡を片手に、神崎は手帳をもちながら。男子高校生が友達の家に遊びに行ったときにベットの下をまさぐるような執拗さで現場を検証し終えると、会長は額に浮かんだ汗をぬぐった。
「これだけ探しても有力な手掛かりとなりそうなものは何一つ発見できなかった。こんな屈辱があってたまるものですか」
「これ以上は無駄だろう。余計なことをして現場を荒らしすぎるのもよくないぞ」
副会長はぐったりと床に座り込んでいる。もう動く気力がないのか、壁にもたれかかりながら目をつぶっている。そして、大きな欠伸をひとつ。
「なによ。もう疲れたの? だらしがないわね」
「証拠のひとつも見つからないようじゃ、骨折り損のなんとやらだ。僕は今日はもう引き上げたほうがいいのではないかと思う」
「だって、これじゃ探偵同好会の沽券にかかわるじゃない。うちらまだ役に立ってないのよ」
会長は副会長にかみつくように怒鳴り散らすが、朝井がそれを押しとどめる。
「まあまあ、なにも現場検証だけが君らのやり方ではないだろう? 証拠が残っていない、それはそれで手掛かりになるようなこともあるんじゃないかな。おれにはよくわからないけどさ、片倉たちが頑張ってくれたのはすごくありがたく思ってるよ」
「でもそれじゃ――」
「帰るぞ!」
副会長は乱暴な動きで立ちあがり、鋭い言葉を発した。いつもは見せないような苛立った様子に、その場の空気が固まったようになる。
「僕は帰る。ここで失礼するよ」
そう言い残して副会長は大股に歩いて放送室を出ていく。後ろ手にしめられたドアは壊れそうな音を立てる。
「なによ、あれ」
会長が眉間にしわを寄せる。
それからそわそわと落ち着かない様子で放送室を歩きまわる。
「副会長のいうことにも一理ありますよ」
「なによ咲ちゃん、文句あんの」
「……会長もすこしは副会長をいたわってあげてください。副会長だって一生懸命やってたじゃないですか」
「結果が出なきゃ意味ないのよ。そんなもの」
「じゃあ、あたしも帰りますね。いつまでたっても結果が出そうにありませんし」
咲はしばらく会長とにらみ合った後、放送室を離れた。そのまぎわに「明日も部活には出ますから」とつけ加えるのを忘れなかった。
「…………」
朝井を含め、その場にいた生徒会の役員たちは気まずそうな表情をしていたが、凍りついた雰囲気をやぶったのは生徒会長であった。
「まあ、今日はこのくらいでお開きにしよう。さがしたって見つからないものは仕方がない。なにも探偵同好会の技量が足りなかったとか、そういうことじゃないと思うよ」
「ごめん」
「いいってば。片倉のせいじゃない。大高のせいでもない。どうしようもなかったことなんだよ」
朝井がぽんぽんと会長の肩をたたき、口には出さないが放送室から離れるように促す。3人の探偵同好会員たちは、重たい足取りで部室に一度戻り、そして帰宅した。