強奪事件
事件は、全校放送で流された。
テスト返却も終わり、学校全体にのんびりとした雰囲気が漂っている師走の中旬のことだ。生徒会から重要なお知らせがあるということで、一時限目の授業がはじまる前にテレビ中継で発表があったのだ。
学校側も生徒会に関してはほとんど干渉をすることはなく、自主的な活動を重んじているという体裁はあるが、要は厄介事はまかせたというスタンスなのである。
各教室にとりつけられたアナログのテレビの画面には生徒会長――朝井孝太郎の姿が映し出されている。その放送も自分たちで仕切っており、教師たちは自分の担任するHRでその映像をながめていた。
「えー、みなさんこんにちは。生徒会会長の朝井です。最近はめっきり寒くなっていますが、風邪などひかないようにお気を付けください。今の時期にインフルエンザで休んでも特にメリットはありませんよ。どうせ授業もないことですし、出席日数を稼ぐには絶好の日和ですから休むと逆にもったいないですよ。かくいう僕はプレゼントの用意に奔走していたわけなんですけどね。おかげでくたくたですよ」
朝井が合図をすると、背後にプレゼントの山が映し出された。
教室のあちこちから歓声とどよめきが漏れる。
「このプレゼントを明日にでも皆さんに配ろうと思っているところなんですけどね。クリスマスにはすこし早いですが、楽しいことは早く訪れたほうがいいでしょう」
朝井がにこりと笑う。
印象付けるほど顔だちがととのっているというわけではないのだが、朝井の表情はなにか人を引き付けるものがあるという評判だった。
そのため、生徒会長を選ぶ選挙でも、学内から圧倒的な支持を得て当選しているのである。
朝井の長所はその愛嬌だけではない。ほかにも、今回のようにイベントに積極的に取り組み、部下の育成にも熱心である。
それでいて最優先にするのは教師への体面ではなく生徒たちの利益であるから、一種学校からの防波堤のような役割も果たしている。物おじしない姿勢と、魅力的な人物像、これが生徒会長である朝井の特徴だった。
「みなさんもプレゼントの中身がいったい何なのか、気になりますよね。秘密ですけど。それは明日、開けてみてからのお楽しみということでご容赦ください。クリスマスっていうのはプレゼントを期待して眠るイブがいちばん楽しいものなんですよ。祭りは本番よりも準備のほうが楽しいってやつですね。ちょっと違いますか、そうですか」
そのとき、学校の上空をヘリコプターが通ったためか、エンジンの爆音で朝井の音声がかき消された。だが突然のハプニングにも動じることなく朝井はつづける。
「――というわけで、朝の挨拶はこれくらいにさせていただきたいと思います」
教室から自然と拍手がわく。朝井は深々と一礼すると、驚いたように横へ視線を向けた。朝井の眼は大きく見開かれ、カメラの映す画面外のなにかを凝視している。
先ほどとはちがった意味のどよめきが教室に走る。
「なんだお前たちは! ――うわっ!」
テレビのなかからいくつもの悲鳴と怒声が聞こえてくる。朝井もあわてて立ちあがると事態の収拾を図ろうとしたのか画面の外側へ駆けていったが、何者かにはねとばされて尻もちをつきながら再び戻ってくる。
カメラが倒され、世界が九十度回転する。
大勢の足が映し出されている。半分ほどはスカートで、もう半分はスラックス。
「やめろ、それだけは!」
朝井の悲痛な怒鳴り声がひびく。
教室の担任たちは困惑した様子で映像を見つめている。生徒会の行動には、教師は基本的に介入しないという暗黙のルールがある。それを破って放送室に駆けつけるべきか迷っているのだ。
誰かの足に蹴飛ばされて画面が揺らぐ。その瞬間、画面が黒一色にかわる。機械とカメラをつないでいたコードが外れたのは明らかだった。
平和な朝の挨拶は、通勤ラッシュのような混乱へと変貌した。
「まったく、ふざけないでほしいわよね。まさか学校内でこんな事件が起こるなんて」
「仕方ないだろ。生徒会だって武闘派じゃないんだ。というより、あんな急に強奪事件が起こるだなんて考えてもないだろうな、ふつうは」
「天下の生徒会でしょ。剣道部なり空手部なり、警備につけていればよかったじゃない。なんならうちら探偵同好会が出動してやってもよかったわよ。それを怠ってプレゼントを盗み出されたなんて、赤っ恥にもほどがあるっていうのよ」
騒然とした雰囲気のまだのこる昼休み、会長は購買部で買ったパンを片手に副会長の前で愚痴っていた。ふたりのクラスは隣同士なので、移動するにもさほど苦労はしない。
「だれがやったのかしら。また怪盗同好会のやつら? そうだったら容赦しないわよ」
「また無実の汚名を着せるつもりか。マネキンのときといい、今回といい、そんなに目の敵にしなくてもいいじゃないか」
副会長が呆れた口調でたしなめる。
「怪盗と探偵は相いれない存在なの。水と油、猿と犬、昼と夜なのよ。盗みがあったら本職を疑うのが筋ってもんでしょ」
「たしかにそうだが、わざわざプレゼントを丸ごとごっそり奪ったりはしないだろう。そういうのは趣味じゃないはずだ」
「気が変わったのかもしれないでしょ。人間の意識なんてひょんなことですぐに変わってしまうものなんだから。昨日まで愛を誓い合っていたカップルが翌朝には別れていた、なんてよくある話よ」
「みなみもそうか?」
「なにがよ」
「あー――たとえばだな、探偵の心構えがいきなり変わったりはしないだろう? 犯人がわかってもずっと黙っていて、ほかの人がなぞ解きしてから『そのひとが犯人だって知ってたよ。いわなかったけど』みたいな名探偵がいたら、おかしいじゃないか」
「健輔、あんたがなにを伝えたいのかさっぱり分からないわ」
会長が力なく首を振る。
昼休みの教室はいろいろな話し声や物音がまじって雑音をつくりだしている。その雑然とした空気のなかで副会長は会長の顔を見返した。
「いつもの健輔らしくないじゃない。話も支離滅裂だし。勉強のしすぎで頭がちょっと弱くなってるんじゃないの? 寝不足はかえって体に良くないのよ」
「しってるさ。僕は勉強もほどほどにしているんだから」
「じゃあどうして寝不足なのよ。悩み事でもあるわけ?」
「ある意味では、そうかな」
「気になるわね。洗いざらい白状してごらんなさいよ、笑わないから。もしかしたらひとりぐらいには教えちゃうかもしれないけど、たぶん誰にも明かさないから」
「まったく信用ならないな」
副会長は椅子の背もたれに体重を預けると、大きく伸びをした。そして、欠伸をひとつ。
「児玉くんにも調査されそうだし、少しは僕をそっとしておいてくれる気づかいはないものかね。僕にだってプライバシーや隠し事はあるんだ」
「健輔はうちに隠し事なんて出来ないんだから。いざとなったら健輔の家に潜入調査ぐらいやってやるわ――といいたいところなんだけど、そうもいかないのよね」
会長は鋭い眼つきで虚空をにらみつける。その視線の先には白い天井と、そこに染みついた歴史ある汚れが浮かんでいる。
「うちらのクリスマスプレゼントを返してもらわなくちゃならないの」
「返してもらうって――誰からだ?」
「もちろん犯人に決まってるじゃない。そのために探偵同好会は不眠不休で捜査に励むことを義務付けようと思うの。いい考えでしょ」
子供のように屈託のない笑顔を浮かべる会長の前で、副会長は深くため息をついた。