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会長の満悦

「クリスマスキャロルが~♪」

 鼻歌まじりに上機嫌で部室にもみの木を運びこんできたのは、言わずもがなの会長である。どこから仕入れて来たのか身の丈ほども大きさがあるクリスマスツリーを迎え入れた部室はいつもより窮屈に感じられた。

 そして、鞄からツリーの飾りをとりだすと、結衣と神崎を下っ端にして装飾をはじめる。ツリーの葉に乗っけられた雪を模した綿や、きれいな星がクリスマスのムードを盛り上げていく。

「どうにも上機嫌ですね」

 その様子をはたから見ている咲が、同じように傍観している副会長に話しかけた。

「そんなにプレゼントが嬉しいんだろうか」

「会長は単純でうらやましいです」

「たまには素直に喜んでみることも必要かもしれないぞ。児玉くんは僕に笑顔を向けてくれたことがないような気がするんだけど」

「見たいんですか?」

「――いや、やめておこう。なんだか怖い」

 副会長はあくびをしながら身をすくめてみせた。眼の下にはくまができていて、そのために会長の使役から逃れることができたのだった。

「ひょっとして、副会長もプレゼントが楽しみで寝られなかったとかいうんじゃないですよね」

「そんなわけないだろう。僕はそんなに幼くない」

「なら、勉強ですか? そろそろ本格的に追いつめられる時期ですもんね」

「まあそれもあるんだけど――」

 すこし言葉に詰まる副会長。その顔を咲が不思議そうにのぞきこんだ。

「他に理由でもあるんですか?」

「まあ、いろいろとね」

「はぐらかしますね」

「ちょっとくらい隠し事があってもいいだろ。僕にだってプライベートな事情はあるんだ」

「ふーん」

 のめりだした上半身をもとの位置まで戻す。その眼は意味ありげに副会長を上から下まで観察する。咲は口元をわずかに歪めると、持っていた推理小説に視線を落とした。小説のタイトルは『極寒島殺人事件』であるのを、副会長はぼんやり視認する。

「なにか秘密があるんですね。好奇心がくすぐられます。そのうち、あたしが暴きだしますから覚悟しておいてください」

「放っておいてくれてもいいじゃないか。どうしてそんな余計なことを」

「謎を解くのが探偵ですから」

「事件もなにも起こしていないのに?」

「あたしが気になるからです」

「やっぱり……」

 副会長が大きなため息を吐き出すと、空気が雪色に染められる。部室にはヒーターもエアコンも置かれていないのだ。そのため各自でコートを着たり、カイロを用意したりして寒さをしのいでいる。

 なかでも副会長はとくに寒がりで、マフラーに手袋、5枚重ねた洋服にニットキャップと実に怪しい恰好をしている。実際、何度か不審者として通報されたことがあるのを咲は知っていた。

「名探偵はハッピーエンドになる結末でなければ、なぞ解きをするべきではない――とだけ教えておこうか」

「それって副会長に都合のいい格言をつくりだしただけですよね?」

「そんなことはない」

 視線をそらす副会長。咲は冬の寒さよりも冷たい視線をぶつける。

「なら、ひとつだけ真実にたどり着きそうな事実を提示します」

 片腕を差し出す咲。

「なんだい?」

「握手しましょう」

 近くに猫がいるとわかっている子ねずみのように警戒しながら、おそるおそる差し出された咲の右手を握りかえす。その手を思い切り咲が引っ張ると、副会長は「いててて」と悲鳴を上げながら二の腕をおさえた。

「副会長、筋肉痛ですよね?」

「――ああ」

「ま、それだけです。どうしてなのやら」

「児玉くん、欲しいものはあるかい?」

「副会長が隠してることを聞きたいです」

「出来れば現物で頼みたいのだが」

「それならダイヤモンドの指輪を」

「僕と結婚するつもりかい?」

「御冗談を」

 会長たちがクリスマスツリーのデコレーションを終えると、殺伐としていた部室の雰囲気がとたんに華やかなものにかわった。飾り付けられた電球は色とりどりの光を放ち、まっ白な蛍光灯とは違った世界をつくりだしている。

 会長はツリーの出来栄えにひどく満足したようで、しきりに携帯で写真を撮ったり、モミのとがった葉をなでたりしている。

 クリスマスは着実に近づいて来ているようだった。



 霞ヶ丘高校の生徒たちにとって、生徒会に入るということは進学に関して大きなアドバンテージを得ることと同義である。選挙がおこなわれるどころか万年候補者探しに追われる大多数の高校とはちがい、優秀な生徒たちによる激しい競争が行われるためである。

 いつからそのような特徴があらわれてきたのか定かではないが、昔々にとある熱血生徒会長が学校全体を改革してしまったのだという迷信もあるくらいだ。

 そのため、生徒会のメンバーとして選ばれることは、自動的に教師陣から絶対的な信頼を得ることに等しい。さらに今では珍しくなった名誉も得られるという特典付きである。

 優秀な生徒が生徒会に入っているためなのか、それとも生徒会が優秀だからなのか、どちらにせよ生徒会役員の進学率は盤石の数値をほこる。

 生徒会にさえ入ってしまえばなにも心配することはないといわれるほどだ。

 そのエリート集団のなかでも頂点に君臨するのが生徒会長であり、現在の生徒会長は事実上、学校のトップと呼ぶにふさわしい人物なのである。

「どんな人なんですか、生徒会長って?」

 クリスマスが近づくに従って加速度的に上機嫌な会長に連れられて、結衣と神崎は放課後に喫茶店に寄っていた。

 真冬ということもあって、学校が終わるとすぐにあたりは暗くなってしまう。

 ホットココアで温まりながら、三人でドーナツを注文する。その店のお勧めだというのが理由だった。

「変なやつだけど、おそろしく頭がいいのよね。テストなんか勉強しなくても全教科満点! って雰囲気をまとってる。それに加えて授業は真面目に受けるし、体育の成績も悪くないし、顔もそこそこなんだけど、なんか言動が変わってんのよ。いきなり大真面目に『萌え』について語りはじめたり、ケーキを買いこんで学校で大量に食べていたり、ハロウィンには片っ端からお菓子をせびって、貰えないとわかると容赦ないいたずらを仕掛けたり――あ、でも最近はよく授業中も寝てるわね。プレゼント探しで忙しいのかしら」

「同じクラスなんですか」

 結衣がドーナツをほおばりながら聞く。

 半分をビターチョコレートで、もう半分をホワイトチョコレートでコーティングされたものだ。食べている結衣の口元にも白黒のチョコレートがついている。

「そうよ。どういうわけかね。おもしろい奴だから、いちど喋ってみるといいわよ。この前、プレゼントはなに? って訊いたら秘密だってはぐらかされたけど」

「そりゃ、会長にも話しませんよね。プレゼントは中身がわかっていたらつまんないですから」

 神崎が、こちらは和風に抹茶ドーナツをガツガツと口のなかに送り込んでいる。食べたり、喋ったり、ココアを飲んだりと忙しそうだ。

「でも知りたいじゃない? 好奇心は探偵の命ともいえるし」

「私もプレゼントがなんなのか、すごく気になります。副会長と咲先輩も来てくれれば、一緒に考えられたのに」

「用事があるらしいから仕方ないわよ。なにをしているのやら」

「会長は勉強しなくていいんですか?」

 神崎が自分のことを棚に上げて質問する。会長はドーナツを平らげると、ココアのカップを傾ける。

「うちは平気だもん、健輔とちがって。今ごろ家に帰ってせこせこ勉強でもしてるんじゃないの。恥ずかしいから知られたくないのよ、きっと」

「生徒会に入っていればそんなこと心配しなくてもいいんですよね」

 神崎がうらやましげに天井を見上げる。プロペラが静かに回っていた。

「ある意味受験より過酷だから、生徒会に入る方が難しいかもしれないわよ? どちらにせようちには生徒会なんて無理だから、関係のない話なんだけどね」

「大多数の人がそう思ってますね」

「誠くん、来年は頑張ればいけるかもよ?」

「まさか」

 神崎が笑いながら首を振って否定する。

「そんなに難しいんですか?」

 結衣がきく。

「一説によると遥か古代中国の科挙に匹敵するとか、なんとか」

「たしか倍率3000倍とかじゃありませんでしたっけ、それ」

 冷や汗を浮かべながら神崎が確認する。

「そうだったかしら。あくまで噂だから、そんなもんでしょ」

「はあ」

「それにしてもこのドーナツ美味しいわね。おかわりしようかしら」

「パフェもおススメみたいですよ」

 結衣がメニューを覗き込みながらあれこれと悩ましげに目移りしていく。甘いものならいくらでも食べられそうだ。

「さすがに太るわよ?」

「私あんまり太らない体質みたいなんです。だから砂糖を主食にしてもいいんです。むしろそうしたいくらいです」

「殴りつけたいほどうらやましいわね。でも、そうやって強がっていられるのも今のうちよ。気がついたらポワロみたいなお腹になってるんだから。あのホームズの衣装も作りなおさなきゃね」

「それはいやですー」

 あわててメニューを閉じる結衣。後輩を脅しておきながら会長は、店員を呼びつけるとココアとドーナツのお代りを注文した。「あ、俺もお願いします」といって神崎も注文を告げる。

「太りますよ」

 と涙目になった結衣がいう。

「うちは平気なの」

 と会長が片目をつぶりながら笑った。


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