探偵とサンタクロース
これから12月編となります。
「高校生にサンタクロースはやって来ない」
会長は真剣なまなざしでそう語った。
「うちらがプレゼントを嬉々として受け取ることができるのはせいぜい小学生まで。それ以降は恋人だったり、バレンタインデーまがいのプレゼント作戦だったり、つまりそういった不純な贈り物しかないのよ。相手に媚を売って、ちょっとでも好いてもらおうっていう魂胆なの。その点、サンタクロースは偉いわよね。子供たちの笑顔、それだけを見返りに無償でプレゼントを配ってくれるんだから。うちらもその温かい心意気を学ばなくてはならないわ。探偵はいつだって夢を与える存在でなくてはならないのよ」
「どちらかというと、夢を現実に引き戻す役割だと思いますけど」
咲がぼそりと呟いた。この前の一件があってからしばらくはおとなしかった咲だったが、十二月も暮れに近づいてくると段々と普段の調子を取り戻してきて、遠慮のない言葉が復活していた。
会長はち、ち、ちと指を横に振った。
「甘いわよ、咲ちゃん。その様子じゃまだまだ探偵のいろはも理解していないわね」
「そうですか」
「そうよ。探偵っていうのはね、摩訶不思議な事件に解答を与える存在であると同時に、事件にかかわる人たちに夢と笑顔を提供する役でもあるの。探偵がいなければ、難事件はただの血なまぐさい事件にすぎないわ。それを明るく、ハッピーエンドに解決するのが真の名探偵というものよ」
「探偵の心意気ですね」
神崎がブレザーの胸ポケットから手帳を取り出し、会長の言葉をそそくさとメモする。会長の気の向くままに発された名言、もしくは迷言はこうして神崎のまだページが余っているメモ帳に記録されていくのである。
とはいっても、さほど量は多くないのだけれど。
「でも、ハッピーエンドになんて解決するものなんでしょうか? 確執どろどろ、愛憎劇の末の殺人事件なんて救いがないじゃないですか」
結衣が訊いた。
二度目の期末テストも無事に終わって、どこかほっとした表情の結衣は、文化祭で使ったホームズの衣装を着用している。これをコート代わりに着こむのが結衣のお気に入りなのである。
何度かホームズの格好のまま帰りそうになり、副会長たちにとめられたという経緯はあるのだが。
「サスペンスドラマはそれでも犯人を更生させようとするでしょ。最後に反省するのなら、まあ、ある意味ハッピーエンドよね。ああいうのは正確には名探偵じゃなくて警察だから、別物だと考えた方がいいわ」
「じゃあ、三角関係のもつれは?」
生き生きと結衣が質問を重ねる。会長は首を振って結衣の言葉を制した。
「あんまり若いうちから面倒くさい恋愛に興味を持ちすぎない方がいいわよ。何度もいってるけど。結衣ちゃんは冗談抜きで、教師との恋愛に発展して人生を破滅させそうだから怖いのよね」
「そんなことないですよ」
結衣は否定するが、本人以外の部員たちは深くうなずいている。
「で、そのハッピーエンドは?」
「ないわね。皆無よ」
「そうですか……」
しょぼくれる結衣を無視し、会長はつづける。
「とにかくクリスマスなんてものは、うちら高校生にとっては偽善の象徴でしかないのよ。で、それを我らが優秀なる生徒会の皆様が矯正してくれるっていうんだから、これ以上に喜ばしいことはないわね」
「手のひらを返すのが早いことだ」
副会長が神崎の耳元でひっそりささやく。
「ええ。この間は散々能なしとか、鬼畜とかいってけなしていましたよね」
「あのくらいの変わり身がないと生きていけない世の中なのかもしれないな」
「世知辛いですね」
「――生徒会はこれから様をつけて呼ばないといけないかもしれないわね。生徒会様、もうひとつおまけして生徒会様様かしら」
「そんなに嬉しいことなんですか?」
いぶかしげに咲が訊く。
会長の喜びようは、まるで初めてサンタクロースにプレゼントをもらった子供のようだ。文字どおりそうなのかもしれないが。
「だって生徒会がプレゼントを用意してくれるっていうのよ? 今まではただのいけすかないインテリ集団かと思ってたけど、人の心も持ち合わせていたみたいね。それでこそうちらの学校を預けるにふさわしい委員会だわ」
「プレゼントとはいえ、全校生徒に配るのだからさほど高級なものではないと思いますよ」
咲が現実的な意見を述べる。
会長はひらひらと手を振る。
「きっとゴディバのチョコレートか、カシミヤのマフラーにちがいないわ」
「それこそ恋人からの贈り物じゃないか」
思わず大きな声でつぶやいてしまった副会長があわてて自分の口を隠す。会長は副会長にひと睨みくれてから、
「プレゼントがなんにせよ、うちらが貰って嬉しいものには違いないわ。生徒の喜ぶ顔がみたいなんて、よくわかってるじゃない」
「支持率アップの作戦かもしれませんよ」
「それは邪推ってやつよ、咲ちゃん。他人の笑顔のために働ける人々が、悪人であるはずはないわ」
完全に舞い上がっている会長を見て、咲はやれやれとため息をついた。まんまと策略にはまっている。
生徒会がプレゼントの配布を宣言したのは期末テストの直前のことだった。テレビ放送で生徒会長が全生徒に伝えたのだ。「我々が霞ヶ丘高校のサンタクロースになる」と。
彼の話によるとテストなどという心を憔悴させる試練ですり切れた精神を、すこしでも癒してあげたいということだった。そして不景気のいまこそ、真の笑顔が必要なのだと。
彼の演説は一部の生徒――会長など――を大いに盛り上げることになった。一方で咲のように冷ややかな視線を送る者たちも少なからずいて、学校全体が一枚岩になるというわけにはいかなかった。
プレゼントは冬休みがはじまる前に、本物のクリスマスよりもすこし早く配るということで、今から期待に胸を焦がしているのだ。
「予算はどこから出すんでしょうかね。臨時の出費ですから、あまり大きな額は出せないはずなんですけど」
探偵同好会、会計担当の咲がぼやく。
「生徒会のほうから試算を見積もって学校側に申請したところ、受理されたって聞きました。余分なお金でもあったんじゃないですか」
神崎がいう。
「それなら同好会に予算を回してくれればいいのに」
「いいのよ咲ちゃん、喜びはみんなで共有するほど大きくなるわ。大人数の食事がおいしいのと同じことね」
「あたし、食事は少人数でゆっくり食べるほうが好きです」
「……幸せは独占しちゃだめよ。探偵はね、幸福を分け与える職業なんだからね」
「わかりました」
機械的に返事をする咲。会長はしばらく難しい顔をしたあと、いった。
「ちょっとゲームでもしようかしらね。推理ゲーム。お題はプレゼントの中身で」
「それは推理じゃなくて、推測だろう」
「いいじゃない、細かいことは気にしない」
副会長の突っ込みを軽くかわす会長。
「新しい問題集とかじゃないですか? 学校側が許可するようなプレゼントはそのくらいしか――」
神崎がいいかけて、やめた。会長が呆れた視線で見つめていることに気づいたからだ。
「うちらの心を癒してくれるありがたいプレゼントがどうして問題集なのよ。それじゃ完全に乾ききった心になっちゃうじゃない」
「ブラックジョークという可能性も……」
「不吉なことをいうもんじゃないわ。言霊って知ってる? そういうこと」
「わたし、指輪がいいと思います!」
挙手をして勢いよく立ちあがった結衣がいう。
「指輪? なんで?」
「自分の思い人にその場で指輪を渡してしまえば婚約成立、ハッピーエンドじゃないですか。学生結婚、アリだと思います」
鼻息荒く語る結衣を、うしろから咲が羽交い絞めにして席に座らせる。
「学生結婚の果てがハッピーエンドになる可能性は薄いと思うわ。それに誰からも指輪を渡されなかった人の心は逆に傷つくばかりじゃない」
「じゃあ、会長はなんだと思うんですか?」
「うちはね――」会長はいたずらっぽく微笑んだ。「手袋だと思うの」
「手袋ですか」
結衣が意外そうに小首をかしげる。さっきまでチョコレートといってたような気がするのだが。
「個人的な事情なんだけど、この前手袋をなくしちゃってさ、寒くて困ってるのよね。心を温めるにはまず体から。というわけで手袋がプレゼントだと思うわ」
「それって自分が欲しいだけじゃ――」
神崎がやれやれと肩をすくめる。副会長がとめる間もなく、会長がパシリと神崎の頭をたたいた。
「プレゼントってのはそういうものなの!」
「いってることが滅茶苦茶ですよ……」
「うるさい! 探偵は論理的な生き物なんだ!」
逃げ出す神崎。追いかける会長。いつまでも終わらない追いかけっこを、残された三人は静かに見守っていた。