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2日目

 生徒会の使者は12時を少しすぎたころに現れた。はじまるのが何時になるかわからないということで、会長以外は部室を離れて校内をまわっている。

 本当は校則違反なのだが、みな隠し持っている携帯電話にメールをする。生徒会の目の前でメールを打つのは気が引けたが、べつにかまわないかと思いなおす。

 どうせ同じ生徒だ。

 数分後には、5人の部員がそろった。

「じゃあ、体育館に来てください」

 そう言い残すと、生徒会の役員は誘導することもなく去っていった。ずいぶんと忙しそうだ。待っているあいだもせわしなく足踏みをしていて、こちらまで焦らされる。

「なんかいやになるわね。12月でもないのに」

「僕たちにとっては師走よりも文化祭のほうが忙しいだろ。いや、それよりも期末テストか。そうなると12月のほうが忙しいな、うん」

 ひとりでうなずく副会長。

 それを咲が冷ややかな視線で眺めている。

「副会長はなにもしてないじゃないですか」

「いや、いろいろあったんだよ。これでも」

「だからなにがあったっていうのよ」

「いや、やっぱりなにもなかったと思う。最後まで平和なお化け屋敷だった」

「まったく」

 ため息をつく会長。

 結衣がくすりとほほ笑んだ。

「でも、お化け屋敷だと可愛い女の子に抱きつかれちゃうかもしれませんね」

「……そんなことはなかったさ」

 副会長は気丈に返事をしたが、一筋の冷たい汗が首を伝い落ちていくのを結衣は見逃さなかった。こうしてからかうくらいがちょうどいい薬になるだろう。

 体育館ではなぜか一般人がステージの上に並んでいて、その横に役員の姿が見えた。怪盗同好会がいる気配はない。

「どこにもいないですね」

 結衣が瞳を探しながらいった。さきほどまではいっしょに校内を回っていたのだが。

「あーいらっしゃいましたか。どうぞこちらへ」

 八百屋の店主みたいに頭を下げながら、役員がステージに会長を連れていく。ほかのメンバーは下で待機している。これからなにがはじまるのか、まだ誰にも知らされていない。

 ステージに上がると、さっそくマイクを持った制服姿の男子生徒が司会だと名乗りでた。

 元気な声がスピーカーから流れ出る。

「さあはじまりました頂上対決。昨日の激闘は引き分けに終わりましたが、本日は会長同士の一騎打ち、まさに探偵と怪盗のバトルだぁ! はたして勝負を制するのはどちらか、さあご注目!」

 大喜利のような、プロレスのアナウンサーのような、その両方を混ぜ合わせたような口上。とにかくテンションをあげて喋っていればいいという適当な雰囲気だ。

 まったくひどいMCね、と会長がちいさくつぶやく。

「バトルの方法はこちら! 変装見破りクイズだぁ!」

 胸に数字をつけた十人近くの一般人と何人かの生徒が並んでいる。ステージに立って緊張した表情をしている人がほとんどだが、茶髪の少女二人は楽しそうに騒いでいる。

 下から見たら短いスカートが丸見えなんじゃないかと、他人なのに心配してしまうほどの制服。霞ヶ丘高校のものではないから、どこか近隣の高校生なのだろう。

「この方々は我々が無作為に選んだ一般人ですが、ひとりだけ怪盗同好会の会長の変装した人がまじっていまーす! それを見つけ出せば探偵同好会の勝利、見破れなければ怪盗同好会の勝利だぁ!」

 どよめく観客と、ひとりで異様に盛り上がっている司会。

 会長はひとしきりステージにならべられた一般人たちを観察した。どれも大差ない反応だ。見た目だけではだれが氷川なのか見当もつかない。

「このなかにいるのよね」

 会長が訊くと、司会は思い切りよくうなずいた。

「その通り! さあ、選べるのはひとりだけ、あなたは誰をチョイスする!?」

 方耳をふさぎたい気分だ。

 それにしても生徒会のやつらは、ずいぶんと手を抜いたことをしでかしてくれたものだ。こんな数分で終わるイベントなど、最終対決にふさわしくない。

「けど、負けるわけにはいかないのよね」

 会長は袖をまくって、ひとりひとり顔をのぞきこんでいく。

 化粧でごまかせる範囲なら、女性である可能性が高い。けれども相手はあの氷川だ。顔かたちや声はおろか、身長や性別まで変える技術を有しているかもしれない。

「…………」

 真剣なまなざしで表情をうかがう会長。

 その横では司会がやかましく実況をしている。そうでないと間が持たないのだろうが、うるさくてかなわない。

 十数人の顔をすべて見終えると、会長は首をひねった。

「分かんないわね」

「おーっと! これは早くも敗北宣言か! どうなる探偵同好会」

 ステージの下では、神崎が両手を合わせ祈っていた。

「どうか勝てますように……」

 目をつぶり、神様に願う。そんなものは信じていないとかはこの際関係ない。どのような助けであれ、会長に勝利をもたらしてくれるならなんでもいいのだ。

 けれども、神崎の横では会長と同じように結衣が首をひねっていた。

「分かりませんね」

「氷川さんの変装がかい?」

 副会長が訊いた。

 会長の恐怖からはなれていくらか気が楽そうだ。

「そうじゃなくて、この企画自体がです。いくらなんでもお粗末ですよね、これ。本当にわたしたちの、――会長たちのやりたかったことなんでしょうか。わたしはそうは思わないんですけど」

「仕方ないじゃないか。生徒会も忙しいんだろうし」

「いえ、忙しいのは仕方ないんですけど、こんなイベントを氷川さんが了承したとは考えづらくって。そこまでして勝負をつけたいのでしょうか。プライドを捨ててまで?」

「それは……」

 言葉を詰まらせる副会長。

 たしかに、いわれてみればその通りだ。勝利よりも大事なものがあることも、ある。

「そうかもしれないな」

「ですよね」

 結衣の視線は、氷川がまぎれこんでいる一般人の列ではなく、会長の表情に向けられている。

 その会長は、ふたたび首をひねった。

「ねえ」

 司会に声をかける。

「どうしましたか?」

「もうやめちゃいましょうよ、こんなもの。名探偵のやることじゃないわ。まだなにも盗まれたわけじゃないのに、勝手に犯人捜してくださいなんてふざけた話よね。そう思うでしょ?」

「はあ……」

 会長の予想外の反応にとまどう司会者。どうしたらいいかわからないといった感じで、体育館を見回すが、もちろんアドバイスはもらえない。

「美保もこんなあほらしいこと意味がないってわかってるでしょ」

「そうね」

 突然、大柄な男性から女声が聞こえてきた。

 短髪にしたかつらを取り、かくしていた黒髪を下ろすと間違いなく氷川の姿になった。たったそれだけの変装で完全な別人になりきっていた。

「あんたそんな恰好してたの? どうりでわからないわけだ」

 会長が呆れていった。

「負けたくない気持ちはあったんだけど、プライド捨ててまで勝負にこだわる意味はない。怪盗の美学に反するからね」

 氷川はそれから肩パッドとヒールをはずし、ぶかぶかになった洋服をながめた。

「これじゃただの仮装大会じゃない。そんなものジャンヌダルクにやらせておけばいいのよ。ホームズの仕事ではないわ。それに、怪盗の仕事でもない」

「そうよね。うちもおかしいと思ってたのよ」

「生徒会も堕落したものね。なにもわかっちゃいないし」

「苦情を出してやろうかしら。第一、最初の勝負で決着をつけるようにしておけばよかったのよ。あれで引き分けなんてしっくりこないわ」

「ほんとに」

 どうしたらいいかわからず突っ立っている司会をよそに、両会長はマシンガンのように途切れない会話を展開する。ひとしきり喋り終わったあと、司会と同じように困惑した一般人たちに向きなおった。

 氷川が司会の手からマイクをそっと盗み出す。

「お呼びしたくせに勝手に終わらせてしまって申し訳ありません。ですが、怪盗同好会と探偵同好会はこのように引き分けという結果で了承しましたので、どうぞお帰りください。お手数をおかけしました」

 どうぞ、と会長が一般客たちを誘導する。

 話し合ったわけでもないのにみごとなコンビネーションだ。

「結衣」

 と後ろから声がかかったので振り返ると、瞳の姿があった。

 ほかに怪盗同好会らしき人影は見当たらない。どうやら瞳だけでやって来たらしかった。

「やっほー」

「やっほー、っていってる場合じゃなくて、大変なことになっちゃったね。あたしはなんとなくこの結末も想像してたけど。部長は黙ってイベントをはじめちゃうしさ」

「え? 瞳知らなかったの?」

「部長、引け目があるのか誰にも告げずにひとりで体育館に行っちゃうんだもん。美学に反するから後ろめたい気持ちだったんだと思う。部長はいっつも美学、美学ってうるさいから」

「それうちの会長と似てるかも。会長も名探偵のおきてがどうのこうのってよくいってる」

「あたしはまだよくわからないんだけど、美学って大事らしいよ」

「そうそう。推理を披露するときはさて、からはじめなくちゃいけないとか、いろいろルールがあるんだって」

「そういえば部長も『予告状を出さないなんてありえない!』って叫んでた。今回はイベントだから仕方ないってあきらめてたけど」

 ステージ下でも繰り広げられるガールズトークはとどまるところを知らない。

 慌てて生徒会の役員が収集をつけようとするが、主役である会長ふたりがすっかり乗り気でなくなってしまったのでどうしようもなかった。

 マイクを奪い取った氷川がうまく言い訳をつけて、そのまま優雅に歩いて体育館のそとへ出てしまった。会場は狐に包まれたような空気になっていた。

 けれども、氷川の言葉には妙な説得力があって、騙された気はしない。むしろ生徒会の不手際を恨みたくなってしまうくらいだ。

「はい、今日はこれで解散! 好きにしていいよ」

 会長がゆうゆうとステージから下りてくる。悪びれた様子はなく、それどころか清々した表情をしていた。

「勝負はどうなったんだ」

 副会長が代表して聞いた。

「どうもなにも、引き分けでいいんじゃない? また来年にやればいいんだし。そのときは咲ちゃんに任せるけど」

「それでいいのか。あんなに勝ちたいっていってたのに」

「目的を見失っていたのよ。見当違いな土俵で戦っても仕方ないわ」

 あっけからんといってのける会長。

「だからおしまい。むしろ、勝負はつかないほうがいいのかもしれないわね。怪盗と名探偵、探偵が勝ったらそこで物語はおしまいだもの。何度も脱獄するようじゃカッコがつかないわ」

「みなみがそれでいいなら、こちらは構わないけどな」

 副会長が後ろにひかえる部員たちを見回すと、いちように力強くうなずいた。

 会長が相好をくずす。冬の空のような笑顔だった。

「解散、解散! 文化祭を楽しみましょう!」

 会長が明るく宣言した。

「それなら、会長たちをふたりっきりにしておく必要がありますね」

 そういって咲が神崎を引っ張っていく。神崎はニヤニヤしながら咲といっしょに体育館のそとへ出ていった。それから結衣も意味深長な微笑を浮かべて瞳と歩きだす。

「変わったな、みなみ」

 と副会長がつぶやいた。

 長身の副会長の顔を、会長が見上げる。

「そうかしら」

「それだけ成長したってことだ。世界には、求められていない勝負ってものもあるのかもしれないな」

「どこかに解決しないほうがいい事件があるのと同じように、ね」

 ただ、ふたりで文化祭を回ると冷やかされるので、すこし離れて歩いた。

これにて10月編はおしまいです。

長くなりましたが、読んでいただきありがとうございます。

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