結果発表
シャーロックホームズの格好をした探偵同好会の面々と、氷川以外は能面のような仮面をつけている怪盗同好会の部員たちがステージの上に並んでいた。
壮絶な勝負の結果発表ということで、体育館で休んでいる客の興味もあつめている。
途中経過はあまり目立たなかったが、最後の逃走劇は目の前で行われたということもあって、ステージにたつ生徒たちに視線が注がれていた。
会長の鼻の穴がふくらんでいる。
捕まえたのはふたり。それに対して盗られた手帳は咲のひとつだけ。完全勝利とまではいかないが、勝ちには違いない。
「残念だったわね、うちらの勝利で」
となりに立つ氷川に話しかける。
「そうとも限らないんじゃないの?」
涼やかな声。
「なにがよ。どう見てもうちらの勝ちじゃない」
「知らない間に盗まれてるってこともあるかもしれないわよ」
「負け惜しみもたいがいにしておけば? 見苦しいし」
「そこまで言うならひとつ教えてあげるけどね」
氷川が微笑をたずさえる。口紅をしているわけでもないのに、血のように赤い唇。
「ルーキー対決は怪盗同好会が制させてもらったから」
「結衣ちゃんのこと? そりゃ、最後はちょっと逃げられたけどひとり捕まえたことには変わりないし、実質うちらの勝ちじゃない」
「そう思ってるでしょ」
わずかに声を出して笑う。
「そちらの白谷結衣ちゃんが持ってる手帳、あれって本当に本物だったのかしらね。瞳は手先が器用だからちょっと目を離したすきに偽物にすり替えるくらいわけないんだけど」
「大丈夫です、それはわたしがしっかり見抜きましたから」
会話を聞いていた結衣が胸をはる。
氷川は、会長に向けるのとは違った優しい視線を結衣へやった。
「瞳の正体を見破って捕まえたことは評価してあげる。けど友達だからって信用し過ぎちゃダメよ、これは戦いなんだから」
「……どういうことですか」
「いちど瞳に手帳を渡してしまったのが失敗だったのよ。そんなことしたら絶対に瞳は本物を手放さない。今日はいくつ偽物をこしらえていったのか知らないけど、少なくともあなたの想像を超えるくらい入念な準備をしているのよ」
結衣は瞳を見た。仮面で表情はわからないが、ごめんね、というくぐもった声がかえって来た。
「手帳を結衣に返したとき、実は本物じゃなかったの。ばれたら仕方ないかくらいの気持ちでやったんだけど、まさか最後まで気付かれないとは思ってなかった。だから勝負は引き分けだね」
会長の表情がくもる。
これでは勝負は引き分けだ。探偵同好会の勝利はなくなった。
「それに大高くんも秘密があるのよね」
氷川が副会長にむけてスマイルを送る。うつむく副会長。その鼻先へ会長がつめ寄った。
「なにがあったの健輔。ひとりだけなんの攻撃もなかったから怪しいとは思ってたんだけど」
抑えた口調が、逆にこわい。
長身の副会長が会長よりも小さく見えた。
「……なにもないさ」
「ほんとに?」
「なにも」
そっぽを向く副会長。
追いかける会長。反発しあう磁石のように副会長が逃げていく。
「ぜったいなにか隠し事してるでしょ。いってごらんなさい、怒らないから」
「なにもないってば」
「だったら目を合わせて話してみなさいよ。ほらやっぱり後ろめたいことがあるんだ」
「引き分けは残念だが、負けなくてなによりだったな」
「話題をそらさないで。なに? いったいなんなの?」
「…………」
ついにだんまりを決め込んだ副会長にしびれを切らして、会長は氷川のもとへ歩みよった。
「話して。健輔のことなんて思いやらなくていいから。飾らない真実だけを教えてちょうだい」
「そうはいってもねえ」
氷川がちらり、と副会長を一瞥する。
そっぽを向く副会長の両耳は真っ赤に染まっている。
「どうしようか」
「どうするもなにも、もとからなんにもないだろ」
「もう少しウソがうまくならないと怪盗同好会には入れてあげられないな。そうすれば毎日会えるけどね」
「ねえ、会うって誰と? まさかこの女じゃないでしょうね」
「嫉妬してるの?」
吸い込まれそうに黒い瞳で、氷川が訊く。
会長がふりむきざまに睨みつける。
「そんなわけないでしょ。うぬぼれないでよね。この阿呆が引っこ抜かれでもしたら大変だって心配しているだけよ」
「お互い弱小同好会はたいへんだものね」
3年生たちの会話をそばでききながら、神崎と結衣がこっそり話していた。お互いに怪盗同好会をひとりずつ捕まえたということもあって上機嫌だ。
機嫌がいい理由は他にもあるのだが。
「なにか修羅場みたいですね」
「副会長も隅に置いておけないってことかな。草食系のふりして実はすごいプレイボーイだったりして」
「そうかもしれませんね」
結衣はにじみ出てくる笑みをおさえこむのに必死だ。
声を出したら気付かれてしまう。
「怪盗同好会の会長さんも美人ですよね。普通の人にはないオーラが出ているって感じで。女のわたしでもあこがれちゃいます」
「会長には悪いけど氷川さんのほうが綺麗だし、副会長がふらふらついて行っちゃうのもわかるけどね。どろどろの三角関係も悪くないな」
「じゃあ、わたしも参加してみようかな。おもしろいことになりそうですし」
「やめといたほうがいいと思うけど。会長に八つ裂きにされかねない。白谷さんもまだ死にたくないでしょ」
「――そうですね、女の痴情は怖いです。もし副会長が部室で後ろから刺されるようなことがあったら推理も簡単でいいんですけどね」
「高校生で愛憎劇とは……。現実はメロドラマよりも複雑だな」
「いいなあ、愛し愛される関係ですかぁ。わたしもやってみたいなあ」
「……白谷さん、意外とディープだね」
「そうですか?」
とぼけた表情をしている結衣を見て、この後輩はいつか教師との交際なんかをやってしまうのではないかと神崎は危惧した。今のうちに思考を強制しておかないと危ないかもしれない。
「こんど純愛映画でも見に行こうか。いたってノーマルなやつを」
「デートですか?」
「いや、教育だ」
結衣が首をひねった。
そのときひときわ賑やかな音楽が流れはじめた。軽音部の演奏がはじまったわけではなく生徒会が放送しているものだ。今はやりのJPOP。サビだけではなくイントロから流してしまうあたりが面倒くさい。
5分近くにも及ぶ前奏が終わるとようやく結果発表の段階になった。こころなしか副会長の顔色が悪い。会長に尋問され続けていたせいか、それとも裏から氷川の脅迫じみた言葉を投げかけられているせいか。
どちらにせよいますぐ逃げ出してしまいそうな表情をしていた。
「えー、只今より探偵同好会VS怪盗同好会の対決の結果発表をいたします。お互いに全力をとして戦った結果――」
生徒会の役員が、メモを読み上げながらマイクに声を吹きこむ。
体育館にいやおうなしに響きわたる音声。
「それぞれ2ポイント獲得ということで、引き分けになりました。まさに激闘と呼ぶにふさわしい素晴らしい対決だったと思います。両者の健闘をたたえて、温かい拍手をお送りください」
まばらにはじまった拍手がすぐに会場を包み込む。
会長は不服そうな表情をしていたが、頭を深々と下げた。となりでは氷川と、怪盗同好会の面々がお辞儀をしている。
探偵も怪盗も観客から喝さいを浴びる存在であるならば、礼儀をかかすことはできない。とくに怪盗に関しては厳しすぎるほどマナーを守るのが美学だ。そうでなくては優雅な所業とはいえない。
「なお、引き分けだったため勝負は明日に持ち越されます。イベントの情報については随時報告していきますので、期待してお待ちください」
ふたたび拍手。
どうやらイベントは想像以上に注目されていたらしい。最後の逃走劇が評判だったということもあって、客の評価は上々だった。
結果発表が終わるとすぐさまステージの上にあった会長たちの席が片づけられ、ほかのグループの企画にまわされる。文化祭は過密スケジュールなのだ。一秒の遅れが大きくひびいてくる。
追い出されるようにしてステージをあとにした探偵と怪盗たちは、ひとまず自分たちの部室へ退散することにした。明日も忙しいことになりそうだ。
「瞳、どうしよっか。いまからでも時間は大丈夫そうだけど」
結衣が別れぎわに仮面をつけたままの瞳に声をかけた。
怪盗同好会のほうはパーソナルデータを明かしたくないということで素顔すらも隠している。もっとも、会長である氷川は隠そうともしていない。面が割れたくらいではなんの問題もないということだ。
「べつにいいけど――結衣怒ってないの?」
「どうして?」
「だってあたし結衣のことだましちゃったし……」
「いいよそのくらい。わたしも瞳にやられたって思ったときちょっとたのしかったもん。こっちも捕まえるときにウソついちゃったし、おおいこだよ」
「そっか」
仮面の下から聞こえる声は明るい。
「じゃあ、またあとでね」
「うん」
結衣と瞳はお互いに手を振りあって離れた。
部室にもどると、会長は真っ先に神崎に声をかけた。はずんだ口調。すぐにでも踊りだしそうなくらいだ。
「誠くん、うちの期待に見事にこたえてくれたわね。ライオンは我が子を崖からおとして教育するっていうから厳しい態度をとったけど、その逆境こそが誠くんを強くすると信じてた。それでこそエースピッチャー、ひいては探偵同好会の一員よ」
「ありがとうございます」
端正な顔をはにかませる神崎。
「追いかけっこで犯人を捕まえるなんてまさに誠くんらしいやり方ね。探偵というよりは刑事だけど、それでも全然かまわないわよ。推理小説にはそういうキャラクターも必要だからね」
会長が背伸びをして神崎の頭をなでる。
汗でまだすこし髪が濡れていたが、気にしない。今日のヒーローは間違いなく神崎だ。
「やめてくださいよ、恥ずかしい」
「そういわないで受け取っておきなさい。うちが誠くんを褒めるのはこれっきりかもしれないんだから」
「これからも期待にこたえてみせますよ」
「大口をたたいちゃって。いつもなら容赦なくぶん殴るところだけど、今日は許してあげるわ。精進なさい」
「はい」
神崎があごをひいた。
会長は続けて咲を見た。
「咲ちゃんも最初はどうなることかと思ったけど、結局戦況がわかりやすくなってよかったわ。最後はラッキーな逮捕劇もあったことだしね」
「あそこで逃げられなければあたしたちの勝利だったんですけど。すみません」
「謝ることはないわよ。充分な活躍だったから」
会長が首を振って否定する。
咲は相変わらず申し訳なさそうな表情をしていたが、副会長を見てなにか元気を取り戻したようだった。
「結衣ちゃんはあと一歩だったわね。先制パンチをはなったのはよかったんだけど」
「まんまとやられちゃいました。次は気をつけます」
「でもまあ、期待通りといえば期待通りの活躍だったわね」
そして、副会長の番がやってきた。
氷川から解放され、リラックスしきった表情をしている。ただ、こころなしか白髪が増えているようにも見えた。
「健輔、あんたはいったい何をやってたのかしら。報告にもずっとああ、とか、うん、としか答えないし。お化け屋敷がそんなに怖かったの?」
「怖くはなかったさ。――その、ちょっと途方に暮れてただけで」
「どうしてそんな心境になるのよ。ふつうに守っていただけでしょうが。それになぜか怪盗同好会からの攻撃もなかったし、あんた美保になにか言ったの?」
「そんな卑怯なことはしていない、神に誓って」
「じゃあ、なにが起こったっていうのよ」
「さあな」
すっとぼける副会長。さきほどからずっとこんな調子で、会長をけむに巻いている。なにやら隠しているらしいことは明らかだったが、とくに落ち度も見当たらないので攻略法がないといった感じだ。
「あとで瞳に聞いてみますね」
結衣が口をはさむと、副会長の顔から血色が引いていくのがわかった。
あからさまに動揺している。会長が口元をゆがめた。
「結衣ちゃん、洗いざらい全部聞いてきちゃってちょうだい。報告はみんなの目の前で行うこと。健輔になにをされようともやめちゃだめだからね」
「わかりました」
元気よく返事をする結衣。
「……白谷くん、君はたしか昼ドラのような展開が好きだったような気がするんだが?」
副会長がおずおず尋ねた。
「そうですけど」
平気な顔をしている結衣。副会長は懇願するように結衣の目の前でひざまづいた。
「第3次世界大戦を起こしたくなかったらぜひともなにも話さないでくれ。ぼくはまだ死にたくない」
「構わないわ、どのような手段を使ってでも聞きだしてきなさい」
「ああ……」
頭をかかえ、狂った館に住む老人のようなうめき声をあげる副会長。このまま灰になってしまいそうだ。たとえそうなっても、会長の息吹によってはるか遠くまで飛ばされそうだけど。
それから会長の講評はしばらく続き、ようやくのことで解放されたときには、瞳が時計を見ながら待っているところだった。
これからいっしょに文化祭を回るのだ。
「ごめん、会長がずっと話してて……」
結衣が走って駆けつけると、瞳は結衣の頭をなでた。
「あたしのほうも部長がけっこう怒っててさ。ついさっきまでお説教されてたところだったんだよ」
「そうなの?」
意外だった。
氷川が怒声をあげている光景は想像しにくい。いつも静かに笑っているような人だと思ったのだが。
「ああ見えてけっこうアツい人でさ、探偵同好会にだけは絶対負けるなってげきとばしてたんだよね。それが惜しいところで勝利を逃したっていうからもうカンカン。最後に転ばなければ勝てたじゃんってさ。それにもうひとつ惜しいこともあったしね」
「副会長のこと?」
「そう。そっちの副部長さんね、うちの先輩にみごと誘惑されちゃってお化け屋敷をエスコートして歩いたんだって。そのときどさくさにまぎれて黒い布をケースの上にかけておいたんだけど、逆に落ち込んじゃってこっちの目論見はまったく達成されなかったって話」
「うす暗いお化け屋敷で黒い布をかぶせておけば、暗闇に溶け込んでなくなったと勘違いするもんね。それで副会長あんなに元気がなかったんだ。最後には気付いたみたいだけど」
「そう。慌てていもしない犯人を追ってその場を離れてくれると思ったんだけど、なかなか上手くいかないものね。ずっと見張ってたのに、うなだれるばかりで動こうとしないんだもん。きっと生きた心地がしなかっただろうね」
瞳が笑う。
「きっといまも生きた心地はしていないと思うよ」
「どうして」
「会長がわたしに副会長の隠し事を暴いてこいっていうもんだから、副会長すごく焦ってた。このことを話したらどうなるかな?」
「うーん……よくわかんないけど、大変なことになるんじゃない」
「まあ、そうだよね」
こんどはふたりで声をそろえて笑う。
「やめておいたほうがいいかな、会長に話すの」
「そうだね。平和を望むならそのほうがいいかも」
「じゃあ、このことは聞かなかったことにしようっと」
結衣はスキップして、スカートをひるがえしながら一回転した。ホームズのコスプレはまだ着たままだ。すれ違う人々はちょっと目をとめるばかりで、あまり気にする様子はない。
それよりも容姿のいい二人組が連れ立って歩いていることに関心を寄せている男子のほうが多いくらいだ。
もちろんそんな視線は気にせず、結衣と瞳は談笑しながらアトラクションを回り、それから食べていなかった遅めの昼食をとり、クラスの企画に顔を出したりした。
残念ながら教室にこもって接客にいそしんでいたクラスメイト達は探偵と怪盗の戦いを知らなかったが、それでも別にかまわないと思った。
推理するだけが名探偵だけじゃない。
ハッピーエンドな結末が名探偵なのだ。
翌日もよく晴れわたった朝が出迎えた。
日曜日ということで2日目の文化祭はさらに盛況で、朝からせわしない空気が学校を包んでいる。準備のために早朝から登校している生徒たちは、こわれた備品の修理や、台本の改良などで忙しそうだ。
肌寒さを感じながら結衣が部室のドアをあけると、会長が憮然とした表情で腕を組んで仁王立ちしていた。
「どうしたんですか」
結衣が鞄をおきながら声をかける。
昨日の反省を生かして、マフラーと手袋、それに使い捨てカイロも用意してある。どんな勝負が待ち受けていようと、寒さにだけは負けない装備だ。
「今日さ、すごくにぎわってるじゃない」
「そうですね」
「生徒会も予想以上の人出で、ほかに手が回らないんだって。だからうちらの勝負は昨日もやったし、今日は規模を小さくするんだと」
「はあ」
「それで部長同士の一騎打ちをするってことになったの。信じられる? どんだけ馬鹿にしたら気がすむのかしら。うちらがないがしろにされてるってことよね、これ」
「たしかに」
会長が早口でまくしたてるので、結衣は適当にあいづちを打った。
こういうときは素直にうなずいておくのが一番だ。へたに喋って噛みつかれるよりはいい。
「会長はなにをするんですか?」
「それがね、まだ教えてもらってないのよ。始まるまで秘密だって。どう考えても後回しにしようって魂胆よね。きっとまだなんの案も浮かんでないのよ」
「そうですかね」
「そうよ。せっかくこんどは部員全員で完全勝利を狙おうと思ってたのに」
会長がむくれながら乱暴に椅子にこしかける。
あとから結衣も椅子を引いた。
部室には5人分のホームズの衣装がハンガーにかけられている。今日はこれを着る機会がなさそうで、結衣は残念に思った。もうすこしコスプレを楽しんでいたかったのだが。
「いつ開始なんですか」
「準備がととのい次第、お呼びしますだってさ。脳なし連中ったらありゃしないわ」
会長はいまいましげに吐き捨てた。
「どうしてそんなに怒ってるんですか? 会長同士の対決のほうがスッキリしてていいじゃないですか」
「うちは生徒会の不手際に怒ってるのよ。引き分けなんて想定してなかったにちがいないわ。リスク管理の甘い奴ら」
「そうですね」
「あ、そうだ。健輔の件はどうなった? ちゃんと調べられたの?」
「いえ、聞いたんですけど教えてくれなかったです。秘密だっていってました」
しれっとウソをつく結衣。探偵の技術のひとつとして誘導尋問があるわけなのだが、結衣はとくに練習したわけではなく天性の演技力が備わっているのだ。
「あらそう、残念ね。本人の口を割らせたほうが早いかしら」
「色仕掛けですか?」
「馬鹿いわないの。仮にも女子高生なんだから。健輔とはそういう仲でもないし」
「残念です」
「なにが残念なんだか。そういうませたことばっかり首を突っ込んでると、将来痛い目を見るわよ」
「じゃあ、気をつけます」
あまり真剣ではなさそうな結衣の応対に、会長は肩をすくめた。
「ほお、そんな風になったのか」
部室にきたときはトラの巣に向かうみたいに腰が引けていたのに、会長に真実が伝わっていないと見るや態度をひるがえし、くつろいでいる。
調子のいい人だ、と結衣は思った。
なんだか頭にくるから会長に告げ口してしまおうかと考えて、思考が咲に似てきていることに気づいた。さすがに周囲が敵ばかりでは副会長が不憫だ。せめてひとりくらいは中立がいてもいい。というわけで結衣は話さないことに決めたのである。
「そうよ。いつ来るのかしら」
「会長が負けたらどうするんですか?」
神崎が訊く。
探偵同好会の5人はもうとっくに集合していて、はじまったばかりの文化祭の雰囲気を味わっているところだ。昨日の興奮が冷めやらないかと思ったら、意外と冷静である。
それは、引き分けだったせいかもしれないし、勝負がまだ終わっていないからかもしれない。
「坊主にでもなんでもするわよ。ありえない未来の話をするのは時間の無駄ね」
神崎の質問に、会長がふてくされながらこたえた。
今日はシャーロックホームズの格好をしているのは結衣と神崎だけだ。そのふたりは毎日でも着そうな勢いで気にいっているので、イベントがあってもなくても関係なさそうだった。
「そうか。それはいいことを聞いた」
「文句あるの健輔」
「みなみが頭を丸めるというのも悪くないかもしれないな。イメチェンにもなるし」
「ふん、だ。絶対にあんたの隠し事を暴いてやるんだから、覚悟しておいてよね」
人差し指を突き付ける会長。
どこかで子供の笑い声がしていた。