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CASE3 咲

CASE3 咲


「グッジョブ結衣ちゃん!」

 ステージの上で会長が叫んでいる。結衣が怪盗同好会のひとりを捕まえたらしい。喜ばしいことなのだが、なんだかあっさりしすぎていて、逆に実感がわかない。

 腕に腕章をまいた生徒会の役員につれて来られた女の子は、どこか怪盗同好会の会長である氷川と同じような雰囲気をまとっていた。それは多分、外面的なものではなくて、内面的なものだ。

 テレビで見るような、警察が容疑者を連行していくようなシーンとは違い、空気はとても軽い。

 まるで授業がおわってちょっと廊下に出てきたような気楽さ。

 瞳は氷川のほうを見ると、可愛らしく舌を出した。

「すみません、捕まっちゃいました」

「助けてあげるからそこで待ってな」

 はじめて聞く氷川の声は、澄んだ風鈴の音のようだった。涼やかではかなげに消えてしまいそうななかに、こっそりと芯の強さが隠れている。

 中学時代のときに合唱部だったという結衣の声も心地いいが、氷川の声にはまた違った美しさがある。いちど耳にはいったら引き付けて離さないような魅力。

「絶対ですよ」

「やっぱりやめようかな。そこで捕まって恥をさらせばいいんじゃない? ちょうどいい罰ゲームになるでしょ」

「そんなぁ、あんまりですよ部長」

「ねえ咲ちゃん」

 会長が小声で話しかける。

「なんですか?」

「美保は部長って呼ばれてるんだけど。むこうも同好会のはずなのにね。それなのにうちはどうして会長なのかしら」

「仁徳の差じゃないでしょうか」

 さらりと答える咲。

 会長は露骨に顔をしかめた。

「あの女のほうが性格悪いに決まってるじゃない。うちのどこがあの女に劣ってるっていうのよ」

「たとえば、声とか、顔とか」

「そんな外面的なものに惑わされないでちょうだい。性格とかあるでしょ、性格とか」

「まだ氷川さんとは初対面ですし、どんな性格なのかしりませんから。そのぶん、会長はよくしってますけどね。ロクな性格じゃないですけど」

「ちょっとなによその言い草」

「氷川さんって、素敵だなってことです」

「だめよ咲ちゃん、あんな奴に騙されちゃ」

「すくなくとも会長には騙されませんよ」

「あっそ」

 すねる会長の視線の先には、氷川美保の姿がある。

 体育館にいる多くの人々が同じように氷川のことを見ていた。まるでハリウッドスターがステージにいるかのような存在感。

「じゃ、気が向いたら助けてあげる。そんなピンチになるはずないけど」

「お願いしますね」

 そういって瞳は牢屋のなかへ入れられた。

 牢屋とはいっても堅固なおりや看守がいるわけではなく、テープで囲まれた範囲に椅子が置いてあるだけの質素なものだ。そのため、体育館中の好奇の的になるという欠点もあるのだが、瞳はたいして気にしていないようだった。

 萎縮するどころかむしろくつろいでいるようにも見える。

「咲ちゃん、あの子のすぐ近くにいてくれるかしら。たとえ誰かにタッチされたとしてもすぐ捕まえられるように」

「わかりました」

 会長の指示に従って、咲が瞳のすぐそばに立つ。

 そして横目で瞳をじっとうかがいながらまわりを徘徊する。これがいちばん効果のある警備体制だ。

「いつ奪還しに来るかわからないから、周囲の人間から目を離さないようにね。本当なら誠くんを警備に使いたいところなんだけど、本人もやる気みたいだし、ぜひとも一人捕まえてもらいたいものだわ」

「上手くいきますかね」

「信じるしかないでしょ。誠くんにはグラウンドといううってつけの舞台を用意してあげたんだから、それで結果を残せなかったら探偵同好会に必要のない人材ってことになるわね」

「それでも退会させるわけにはいきませんよ」

「当たり前じゃない。道連れになってたまるもんですか」

 会長がいった。

 昼間も佳境ということで、体育館に充満する人の数はどんどん勢いを増してきている。どこを見ても人ばかりだ。牢は、テープのなかにさえ入らなければいいというルールなので瞳のすぐ目の前を大勢の人々が通り過ぎていく。

 いつ怪盗同好会の刺客があらわれてもおかしくない状況だ。

 雑踏のなか一人ひとりを注意深く観察していく作業は神経をすり減らす。それでも咲は手を抜くことなく真剣なまなざしで瞳の周りを警戒している。

 自分が失態を犯したぶんは、ほかの場所で挽回するしかない。そのためにも絶対に瞳を逃がすわけにはいかなかった。これ以上失敗したら、副会長でなくとも坊主にされるかもしれない。

 尼さんになるつもりは、まだない。

 星が五分なら、相手は必ず動いてくる。それを防ぎきることこそが、咲の役割であり、義務であった。


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